第9話 5限:魔導工学

「あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁぁぁ……やっべこれ、あっ……あっ……イク……」


 空飛ぶ船、授業中、教授と2人きり。

 一体何をしてるんだと僕は僕に問いたい。


 寝室と書かれた扉1枚を隔てた向こう側で、どうやらミスティさんは絶頂を迎えたようだった。僕は自分の腕にかけられた2つのブレスレットを苦々しく見つめる。

 片方は、この船の動力源、もう片方は、今ミスティさんの身体を慰めている魔石に繋がっている。


 身体はダルく、立ち上がるのも億劫だ。僕は机に突っ伏しながら、ミスティさんの行為が終わるのを待った。


 30分ほどして、ミスティさんがよろよろになって出てきた。汗だくで、髪が乱れてるが、妙につやつやしている。ミスティさんはびっしょびしょに濡れた魔石を机の上に置くと、服を整えて座った。


「最高だった……」


 感慨深げにそう呟いて、僕の背中をさする。ちゃんと手を洗ったのか聞きたかったが、答えには期待出来ない。


「……これがミスティさんの授業だとしたら、試験は諦めます」

「なんでよ!?」


 年齢も経歴も僕よりはるかに上の人だが、本当に理由を聞いているのだとしたら相当なアホだという事は言わせて頂きたい。


「魔ナニーの事怒ってんの? でもこれ汗流すから健康にも良いし、顕在魔力も鍛えられるんだよ? あ、それとも1人でやってた事? いやーでもまだ流石に魔ナニー姿を見せるのは恥ずかしいっつーか……将来結婚するって言ってもちょっと段階は踏んで欲しいっつーか……」


 それからもどうでもいい事をたらたらと喋るミスティさん。

 僕はそれを無視して片方のブレスレットを外そうとしたが、ミスティさんがそれを止めた。

「あ、ブレスレットそのままつけてていいよ。魔石側のスイッチを切れば魔力の供給も止まるから」


 そう言って、ミスティさんが触れると魔石から光が失われた。身体は少し楽になった。僕は立ち上がり、甲板に出る。


「あ、あれえ? なんか機嫌悪いねえ?」


 勝手に自分の片腕をえげつない行為に使われて、機嫌を良くする奴がいたらそいつはただの変態だ。


「うーん……ちょっと言いにくいんだけどさ、またやって欲しいんだよねえ?」


 ミスティさんは猫撫で声で僕の後をついてきて、腕に掴まった。

 僕は船のへりに両手を置いて、綺麗な空気を吸いながら景色を見ていた。


「あ、分かった。あたしだけ楽しむのが不公平って事ね。はいはい」


 そう言いながら、僕の股間にすっと手を伸ばすミスティさん。僕は即座にその手を払い、今までの人生の中で感じた事もない程冷たい感情を向けながら睨んだ。


「何その目……ぞくぞくするんだけど……」


 僕のありったけの軽蔑も常軌を逸した変態の前では効果は無かったようだ。


 少し、昔の話をしよう。


 両親を亡くし、ライカの家で世話になっていた僕を、師匠は見つけてくれた。

 師匠は魔術の達人で、村の人からは魔女と呼ばれて恐れられていたが、僕には悪い人には見えなかった。長く続いた戦争で、魔術は簡単に人を殺せる事が証明されていたし、話に出す事さえ恐ろしい魔術はいくらでもある。だけど、師匠が魔術を用いて人を傷つける所は見た事が無かった。


 結局、どんな物だって使い方と使う人次第で毒にも薬にもなる。だから弟子入りして魔術師になるよう薦められた時、僕は師匠のような良い魔術師になれるように頑張ろうと思った。


 その結果がこれである。


 性器を刺激して快感が得られるように、遠隔で魔石に魔力を流し込むように依頼され、それに従う。これのどこか良い魔術師なんだ。死んだ両親に何と報告すればいいのか。


「あ、分かった分かった。あたしにだけやるのが不公平って事ね。それなら他のメンバー用にも作ろうよ。そのグローブにブレスレットの機能を組み込んで、妻全員の股間に魔ナニー用の魔石を仕込んでいつでも操作出来るようにするの。ナイスアイディアじゃね!? やべ、そんな事考えてたらまた濡れてきた」


 この人、どうにかして『亀裂』の向こう側に送り込めないかな?


 もう何を言っても無駄だと悟った僕は、なるべく遠くを見た。最初は怖かったが、慣れるとやはり景色は良いし、上からの眺めは気持ちが良い。


 その時、視界に見慣れない物が映った。


「……ん? あれって何ですか?」

 その方向を指差し、ミスティさんが確認する。


 地面をぞろぞろと動く1本の黒い線。目を凝らすと、それが人間の集団だと分かった。先頭集団が掲げているのはこの国の国旗。

 武装した兵士達が、こちらに向かってきている。その数は1万、いや2万はいるように見えた。


「……こりゃちょっとヤバいかも。オナってる場合じゃないよ」


 ミスティさんはそう言って操舵席に戻り、学園に向けて舵を切った。


 ……。


 学園長室。半強制的に僕も連行され、同席させられた。


「……来てしまいましたか」


 見た物を報告すると、学園長はそう言ってため息をついた。


「ちょっと、どういう事なのよ。説明して」


 ここに来る途中、クラウと師匠も合流した。師匠は黙っているが、クラウが何も言わない訳はない。


「まさか国と学園で戦争になるんスか? 流石にそれはないっスよね?」

 ミスティさんの質問に学園長は少し考えた後、答える。

「そうならないように私がいます」


 その言葉に、肩をなでおろす2人。僕も同じくだが、国と学園への思い入れはおそらく2人の方が強いだろう。


「おそらくですが、彼らはこの学園の研究成果を前借りしに来たのでしょう。新たな魔術、教育中の魔術師、そして開発中の魔導兵器」


 学園長はミスティさんを見る。つい先程まで僕が乗っていた船も、言うまでもなく立派な魔導兵器の1つだ。


「そして学園に拒否権を持たせない為に、あれだけの兵を率いてきた。私は殺されるかもしれませんが、戦争は起こりません」


「いやちょっと待てし。学園長、死なないでよ」


 学園長から少し笑みがこぼれた。


「ええ、ただ殺されるつもりはありません。それに私が死んだ所で結果は変わりませんし」

「ていうか、何でそんな急に?」と、クラウ。「資金は国が出してるんだし、もっと時間をかけて研究成果を確かめた方が……」


 言いかけて気づく。僕も同じくだ。


「おそらく、『亀裂』が軍の手に負えないくらいに広がったのだろう」


 今まで沈黙を守っていた師匠が口を開いた。


 僕が王都で『亀裂』の映像を見たのが約2ヶ月前。それから、徐々に徐々に広がっているとすれば、怪物の指だけではなく腕くらいが入ってきているとしてもおかしくはない。


「ええ、その通りでしょうね。学園からも『亀裂』の状況を報告するように使者を送っていますが、3日前から連絡がありません。おそらく、既に命は無いでしょう」


 僕が思っていたよりも早く事態は進行し、状況は悪化している。変態女の魔ナニーに付き合っている暇などないのだ。


「いずれにせよ、いきなりは攻撃を仕掛けてはこないはず。まずは交渉からでしょう。ミスティとランド、同席してもらえますか?」


「……え?」

 ミスティさんは教授だから分かる。

 だが何故僕がそんな重要な交渉に参加しなければならないのか。


 僕のそんな疑問を読み取ったのか、学園長が教えてくれた。

「ランド、あなたは既に、我が国の最高戦力なのですよ」

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