第7話 4限:魔導力学

 世界10大奇書と呼ばれる魔術書がある。長い歴史の中で書かれた、常人には理解が困難な本の事で、それぞれにかなり尖った特徴がある。


 解読不能な言語で書かれていたり、人間の皮で装丁されていたり、異世界から来たと言われている程鮮やかな色で描かれた、目の大きな若い女性が表紙に書かれた本など、まさに奇書と呼ぶしかない物ばかりだが、今回ライカが発見したのは1冊で6万7000ページもあり、5m以上の幅がある著者不明の本の一節だった。


 800年以上前の文章なので、表現があまりにも古めかしくて冗長。その内容はというと、著者の見聞きした物がひたすら文章で書かれているという物で、ジャンルとしては日誌に分類されるのだが、時折現実世界には存在しない物の描写がある。


 該当部分を要約すると、こう書かれていた。


「死者の魂はここで滞留し、淀みは塊となって意思を持つ。意思は生命を渇望する邪悪なる怪物と化し、1度ここから解き放たれれば現世の生者を喰らい尽くし、世界を破滅せしめんとするだろう。我、この場所を『黄泉』と名付け、永遠に封印され続ける事を願う』


「『黄泉』、ねえ」


 いつのまにか部屋に来ていたクラウが興味なさげにそう呟いた。


「これがあの『亀裂』の向こう側にある物の正体ってのは少々こじつけが過ぎるのではないのかしら。だってその誰が書いたかも分からない本、6万ページ以上もあって真偽不明でしょ? 適当に書いたって何かしら当たるんじゃない?」


 ライカはふるふると首を振って、同じ本の別の部分を要約した文章を出した。


「『黄泉』に落ちた死者の魂には、微弱な魔力を発し続ける物がある。それは魂を原型とする意思に力を与え、爪や牙、光や熱といった武器を形作って行く。今の『黄泉』は小さく、彼らも生者と比べて非力だが、これらは無限に蓄積していつか人間では太刀打ち出来ない程の強力な何かになるだろう』


 これにもクラウは反論する。


「まあ、確かにそれっぽいんだけど、決定的じゃないですわね」

「……最後に、ここ」と、ライカ。


「『黄泉』と行き来の出来るこの『亀裂』は、全くの偶然によって開いた物であるのだろう。既に亀裂は閉じてしまったが、これが再び開く時がいつか来ないとも限らない。その時には何らかの対策が取れているといいのだが」


「『亀裂』、という表現が出てきた以上、無視は出来んな」

 ずっと黙って聞いていた師匠が呟き、ライカの抜粋した紙を受け取った。

「学園長に報告してくる。専門家の意見を聞くべきだろう」


 それにしても、こんな訳の分からない長い長い本の一部分を覚えていたライカの記憶力が恐ろしい。分冊された物が街の図書館にあって前にそれを読んだ事があると言うのだが、もはやこれは本を読むのが好きというレベルではなく、歴とした才能の1つだ。


「ライカ、すごいな」

「……えへへ」


 僕が素直に感想を述べると、ライカは照れたように笑っていた。


「もし『亀裂』を別の方法で何とか出来れば、ランドは私とだけ結婚すれば良い。……だから頑張って思い出した」


 ……結局動機はそこか。


「でも『亀裂』の封じ方もその『黄泉』の攻略法も全然書いてありませんでしたわよね? 結局サニリアの案で行くしか無いですわ」


 クラウがあっさり言い放ち、ライカの表情が曇る。

 さらにクラウは何かを勝ち誇ったように続ける。


「全く、役に立ちませんわねえ〜」

 珍しくライカが人の目を見ていた。明確な敵意を持って睨んでいる時は流石にそうするらしい。

「ひっど。いや笑うケド」


 ミスティさんはライカが持ってきた情報にあまり興味を示していなさそうだった。


「まあでも、とりまクラウの言う通りじゃね? その『黄泉』の情報がリアルガチだとしてもさ、『亀裂』が徐々に広がってるのは止められねえし、その先に怪物がいる以上吹っ飛ばすしかないっしょ」


 本当に教授資格を持っている人なのかという疑惑はここにきた初日からまだ拭えていない。


「っつーわけで、ランドちゃん。サニりんもどっか行ったし、あたしの授業受けちゃう?」


 うーん、時間もったいないし、本当に教授かどうか確かめる為にも、受けちゃうか。


「オッケー。そうと決まったら善は急げだね。ぶっちゃけあたしは教科書通りに教えるの苦手だからさ、まずは実物を見せるよ」


「……実物、ですか?」

「うん。あたしの担当する科目なら、そっちの方が早い」


 科目その4「魔導力学」。

 科目その5「魔導工学」。


 名前は似ているが、取り扱っている範囲はかなり違う。魔導力学の方では魔術行使時における魔力の流れを理論化し、新たな魔術の開発や効率化を行う事を目的とする。いわゆる研究を主とした魔術師の基礎的な学問であり、これを収めなければ教授資格は得られない。


 魔導工学は元々魔導力学から発展した学問であり、魔石や杖や様々な魔力を用いた装置などの技術面を研究する。


 魔導力学の応用分野はあまりにも多岐に渡るが、分かりやすい例で言うと教団襲撃時に師匠が使った「索敵」がそうだろう。魔法陣から魔力を放射しそれを反射した対象を補足する。この魔術を扱うには魔導力学の修得必須であるので、師匠が完璧にマスターしているのも当然という訳だ。


 また、この科目においては潜在魔力が人より多い方が有利なのもポイントの1つだ。潜在魔力が大きければ大きい程、枝分かれさせたり、流れを加速させたり、観測を容易にしたり、とにかく研究においても実践においても役に立つ事は間違いない。


「だからさあ、サニやんの潜在魔力ってマジで低すぎてヤバみだから、あたしが弟子の時はめっちゃ研究手伝ったったわ。んであたし出禁にした後はどうしてんのかなって気になってはいたんだけど、ランドちゃん見て納得したし。こんだけ魔力あったらデカい研究機材もいらねーわな」


 学園内を移動しながら、ミスティさんはペラペラと喋っていた。


 僕はここに来て初めて旧研究棟の外に出たので緊張しているが、ミスティさんにそれを気にする様子は一切ない。


「ちょっとちょっと、なんか答えてよ。あたし1人で喋ってるみてえじゃん」


 旧研究棟を出る際、僕はこの学園の制服を貸し出され、更に怪しげな白い仮面まで被せられた。

 その「実物」とやらを見るために移動が必要なのだそうだが、流石に死人が歩いているのを誰かに見られるのはまずい。


 しかしその分僕の格好は目立ってしまっていた。


「ミ、ミスティさん、その実物って何なんです?」


「いやーそこはサプライズっしょ。見てからのお楽しみでよろ」


 正直この人の「実物」なんて恐怖でしかないが、それでも僕は従うしかない。この広大な学園で、1人で置いていかれたら旧研究棟に戻れる自信がない。


 ミスティさんに誘われるまま建物に入り、廊下を歩いていると前から3人組の女の子達がやってきた。こちらに気づくと嬉しそうに近寄ってくる。


「ミスティ教授! 今日もメイクばっちりですね!」

 中でも一際元気そうな子がそう言った。ミスティさんの持ってきた写真の中にいた子だ。

「いやほぼすっぴんだからこれ! 化粧なんて秒よ秒」

「うっそだぁ!目の下めっちゃキラキラしてますよ!」

「あたし生まれた時からこんな感じよ?」

「だとしたら生物科で研究すべきですよ! あはははは!」


 残った2人も適当な冗談を言いあって、なんだか妙に楽しそうだ。慕われているのだろう。


「あれ? こちらの方は?」


 1人が僕に気づいて質問した。僕は声を出すのもまずいかなと思いミスティさんに助けを求めた。


「ああ。セフレよセフレ。嘘、嘘。ごめん。未来の旦那様」


「またまた教授ったら」

「やだーいつも何度でも下品ー」

「……で、本当は誰なんです?」


「ん? いや未来の旦那様ってのはマジだよ?」


 3人が一瞬だけ固まった。


「あたしもぼちぼち結婚かなってね」

「え……でもこの方、まだお若い感じがしますけど……?」


 仮面で顔は見えないが、背の低さと雰囲気でバレてしまったらしい。


「15ぉ〜」

「15ォ!?だってミスティさん今年でにじゅうろ……」

「だぁらっしゃい!!!」


 実物って結局何なんだよ!

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