第6話 3限:性質学

 選択科目その3「性質学」


 魔術史、術師倫理は試験の合格しやすさという基準で選んだ部分があるが、その点において性質学は選ぶ理由にならない。何故なら、性質学は28種中2番目に合格率が低い科目であり、3年間真面目にこれを学んだ人でも、あえて試験を避ける事さえある難易度の高い科目だ。


 それでも僕はこの科目を選択せざるを得ない。

 何故なら、これが師匠の最も得意とする科目であり、僕もこれを中心に学んできたからだ。


「初めに言っておくが、私はお前にいわゆる『試験対策の勉強』を教えるつもりはない」


 久々に師匠と2人きりになった。ライカは今日も図書棟に行っており、クラウは師匠に追い出された。ミスティさんは顔すら見せていない。


「でもそれだと試験に受からないんじゃ……」

「お前が良い魔術師を目指すと言うのであれば、試験に受かる事を目的に勉強をする事ほど非効率的な事はない。試験はあくまで己の実力を試し、評価を分かりやすく可視化する為の物であり、実力以上の評価を得る事に意味はない」


 確かに、師匠の言いたい事は分かる。でも今の僕達には『亀裂』問題の解決という最も優先しなければならない目標があり、試験に合格する事はその目標に1歩近く事のはずだ。


 いまいち納得していないのが師匠にバレたのだろう。師匠は僕に冷ややかな視線を向けて言う。


「お前は、今まで私に教わった事を信じていないのか?」

「そ、そんな事は……」

「ならば安心しろ。基礎から始まりこの5年間でお前に教えてきた事は、確実にお前の実力になっている。レインが生きている事がその証拠だ」


 僕が教団で使用した『移植』は、性質学を応用した魔術の代表的な物だ。


「私でも出来なかった事を咄嗟にやってのけたお前がこの試験程度受からないはずがない。そう思え」

 師匠にそこまで言われると、何だかそんな気がしてくる。

「試験対策はしないが引き続き性質学の勉強は教える。今までより多少駆け足でな」


 ……。


 3時間後、そこにはあまりの詰め込み具合に頭が破裂し机に突っぷす僕の姿があった。


 どうやら、今までの授業速度はかなりの手加減をされていたらしい。


「少し、可能性の話をしようか」


 休憩に入ると、師匠は本を閉じてそう切り出した。


「君がレインに与えた魔石心臓だが、アレを完全に理論化し、術式への適応が可能になれば何が出来ると思う?」


 僕は机に頬を当ててひんやりとする感触を楽しんでいた。

 休憩中なのだから、本当は何も考えたくはないのだが、おそらく師匠にとってちょっと頭を使う世間話みたいな物は休憩の内に入るのだろう。


「えーと……何ですかね」

「真面目に答える気がないのなら、何か罰を与えるべきかな」

「ま、待ってください。えっと、あれですか? 例えば使用者の意思で動かせる義肢、とか?」


 きちんと機能する心臓が出来たのなら、そんな事も出来るかもしれない。

 事実、そういう研究をしている魔術師は沢山いる。


「正解だが凡庸な答えだ」

 休憩とは一体……。

「私ならこう考える」


 ゼロから人間を1人作れるのではないか?


「……え?」


 師匠の言った意味が分からず、僕は聞き返す。


「ゼロから人間を1人作れるのではないか、と言った」


 確かにそう言ったらしい。


「いやいや、それって……」


 人間を模したリアルな人形を作るのとは全く違う。魔術による人間の生成は、禁忌中の禁忌だ。


「心臓は出来た。骨、血、筋肉の類は私ならいくらでも精巧に作れる。内臓、神経、感覚器官はゼロから作れば拒否反応は起きない。あと必要なのは脳くらいだ」


 師匠の口ぶりに悪ふざけや冗談といったニュアンスは少しも無い。

 問題が解決すれば、今日からでも作り始めそうな雰囲気。


「……師匠って術師倫理の単位取ってました?」

「あんなくだらん物は学問とは呼べない。本来こんな事情が無ければランドにはもっと有益な勉強をして欲しかった」

「それ、術師倫理取ってる学生さんに絶対言わないでくださいね?」


 とはいえ、こうなった師匠を止める事など僕には出来ない。やると言ったらいつかやるだろう。僕に出来るのはせめてその日がなるべく遠くにある事を祈るだけだ。


「……まあいずれにせよ、まずは魔石心臓の組成を解き、新たに作る方法論を作り上げなければならないがな」


 いずれにせよとにかく今は勉強あるのみという結論になる。


 やたら緊張感のある休憩が終わり、勉強を再開した時、乱入者が同時に2人現れた。


「緊急で見て欲しい物があるんですケド!」

「ランドに聞いて欲しい事があります……」


 ライカとミスティさんの2人が僕の机の両端に手をついて、僕に迫った。


「今は私の授業時間だ」


 師匠がそう言うと、ライカは気まずそうに俯いたが、かと言って出て行く気配はない。ミスティさんは「まあまあそう固い事を言わないでさぁ」と師匠を窘めた。どちらもすごい勇気だ。


「……それで、何だ?」


 師匠はミスティさんの方に尋ねた。僕はライカの方が若干気になったが、主導権を握ったのはやはり年長者だった。


「はいこれ、新しい花嫁候補」


 そう言って、ミスティさんは手際よく10枚の写真を机に並べた。


「とりま彼氏いなくて顔がかわいい子を適当に見繕って来た。ランドちゃんの好みが分かんねえからさ、この中から2、3人顔で選んでくれたら連れてくるよ」


 ミスティさん、全然こちらに顔を見せないと思ったらこんな事をしていた訳だ。


 確かに残り2人の花嫁を選ぶのも大事な事ではあるが、こんな風に写真を見せられて「じゃあこの娘で」なんて言うのはちょっと相手にも悪い気がする。


「……ミスティ、相手にどこまで喋った?」

「まだ何も喋ってないっスよ。ただフリーで、口が固そうで、問題が無くて、かわいい娘ってだけ。まあ、ランドが選んだ娘を呼ぶ時は、それなりに事情を話さないとですケド」


 ミスティさんの言う通り、写真の娘の容姿はどの方もかなり高いレベルに見えた。

 彼氏がいないという部分の調査も含めて、選定はかなり時間がかかっただろう。


「……で、これのどこが緊急なんだ?」


 師匠が威圧感たっぷりに尋ねると、ミスティさんも流石にちょっとビビったようだった。


「い、いやあ、さっさと花嫁の枠埋めた方が良いかなっと思って……」

「……まあいい。ランド、さっさと選べ」


 僕は写真に目を落とし、1人1人の顔を見る。が、いまいちピンと来ない。どの人も美しいし頭が良さそうだが、王都での花嫁オーディションの件がちょっとトラウマになているのかもしれない。


 僕は、助けを求めるのが半分、許しを乞うのが半分のつもりで、ずっと黙って僕をじっとり見ているライカに話を振った。


「ライカの方は、何の用事だったんだ?」

「どうせ大した事ではないだろう」と、師匠。


 ライカはむすっとしながらも答える。


「……『亀裂』の向こう側にある物の正体が分かりました」

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