第8話 奇襲

 街のはずれにある教団本部。


 明かりは消え、夜という事もあってか静かなので、傍目にはカルト宗教の本部とは思えない程に普通だった。元貴族の屋敷という事もあり、部屋数は多く立派な庭まであるが、手入れはあまりされてない印象を受けた。壁には蔦が絡まっている。


「魔法陣が出来た。突入と同時に索敵を開始する」


 師匠から小さな魔石をそれぞれ1つ渡される。通信機能を持った物で、師匠からの指示を聞くのに使える。僕は襟にそれを仕込んだ。


「ランド、本当に行くのか? ここで待機していてもいいんだぞ」


 師匠にそう言われたが、僕は首を横に振った。


 これからライカを救うのに僕だけ指を加えて見ているなんて事は出来ない。少しでも役に立ちたい。


「足手まといにならないように頑張ります」


「……分かった。だが無理はするな。お前が死んだらすべての計画が破綻する」


 師匠は僕が一緒に戦うのは反対のようだ。確かに、『亀裂』問題を解決するという大きな目的の為には僕は待機していた方が安全だろう。


 それでも戦闘への参加を承認してくれたのは、おそらく一緒に戦う事で倍率を上げるのと、救出後にライカをパーティーに勧誘する時の事を計算に入れての事だ。何となく師匠の思考パターンは分かる。


「ではでは、そろそろ行きますか」


 レインさんがそう言って剣を抜いた。クラウ様も同じく、軽く槍を振る。

 2人が前衛、僕が後衛という配置で行く。


「健闘を祈る」


 深夜3時、突入。クラウ様が魔法でドアを爆破し、なだれ込んだ。


 広間には誰もおらず、ランプの仄かな明かりが所々に置いてあるだけだった。物音を聞いた信者が部屋から飛び出てきたが、武器も何もなくただ大声で何かを叫んでいた。


「貴様ら! ここがどこだか分かってるのか!?」

「そんなはずは無い! 襲撃は明日のはずだぞ!」

「ネッドが裏切ったのか!? まさか!」


 レインさんとクラウ様はそんな奴らを片っ端から斬っていく。まあ斬ると言っても、切れ味の無い武器で皮膚を撫でるだけでガクンと力が抜けて倒れていく。『捕縛』の魔術が発動している。

 それでもやはり魔法耐性があるらしく、何度から斬らないと効かない者もいたが、2人ともその辺の見極めは完璧だった。


 もともと達人レベルの動きだし、何人倒しても刃こぼれも無い。次々に戦力を削っていく。


 中には異変を察知して部屋の中で息を潜めて隠れた者もいたが、師匠からの的確な誘導でそれを見つけて倒した。おそらく隙を見て逃げようとしていたのだろう。


「くそ、ふざけるな! 神罰が下るぞ! 『選ばれなかった者』のくせに!」


 床にうつ伏せに転がった男が、かろうじて頭だけを持ち上げてそう叫んだ。


「会ったことも無い奴に選ばれて何が嬉しいのかしらね。よっ、と」


 クラウ様がそう言いながら、男の頭を蹴飛ばして気絶させた。本当に王族か。


 奇襲は大成功。

 結局『閃光』は使うまでもなく、屋敷の1階と2階にいた信者達を無力化する事に成功した。20人程の信者は、やはり柄の悪い連中と高齢の教団幹部らしき人物がほとんどだった。たった3人、いや、僕はほとんど何もしていないので、レインさんとクラウ様の2人だけで簡単に制圧出来てしまった。


 さて、あとは地下にいる人質を救出するだけだという所で師匠から連絡が入った。


「地下に10人分の魔力の反応がある。その中の2人にだけ動きがあった。残りの8人が人質だとすると、動いた2人はおそらく敵だ。既に『捕縛』した者の中にレインが見た女魔術師はいるか?」


「……いえ、見当たりませんね」


「ならば気をつけて進め。2人は待ち伏せして様子を伺っている」


 地下に降りる階段はすぐに見つかった。明かりもなく、闇に吸い込まれそうな雰囲気がある。手に持ったランプで下を照らしたが、人の気配をまるで感じない。ある程度の広さがあるというのは確かなようだ。


「人質はおそらく強く拘束されてるだろう。そして魔術師がいるという事は、つまり罠がある」


 魔法陣には、そこに入った相手に影響を与える物がある。

 立地から見て、それが無いとは考えられない。


「僕が先に降ります」

 ここまでずっと役立たずだった僕だ。魔法陣避けくらいにはならないと、これからライカを無事に救出できても、「手伝った」とすら言い難いという打算もある。


「ランド様」

 僕を呼び止めたのはクラウ様だった。

「あなたにはより重要な使命があるはず」


 いつもとは違う声だった。触れられてすらいないのに、首を絞められた時よりも妙に苦しい。


「私なら罠を回避出来る可能性もありますし、魔法耐性もランド様よりはあるので仮に罠にかかっても死ぬ事はありません。それに……」


 クラウ様はいつもの調子に戻って続ける。


「格好良い所を見せて惚れてもらわなくちゃならないんですから。この役目は譲れません」


 隣にいたレインさんがくすりと笑った。


 どこまで本気かは分からないが、ここでぐだぐだ言っていても仕方がない。

 先頭をクラウ様、続いてレインさん、後ろから僕の順番で階段を下っていく。階段は横に狭く、角度は急で、そして長い。地下室はかなり深めに作られているようだ。空気の流れは無いが上階より若干涼しい。


 僕は一応後ろにも注意しつつついていく。何かあれば『索敵』を展開中の師匠から連絡が入るので、通信魔石に耳を傾けるのも忘れない。慎重に、階段を一歩ずつ降りていく。


「降りてすぐの所に1人いる。気をつけろ」


 師匠の忠告通り、更に速度を落とす。だが止まる訳にはいかない。


 クラウ様は意を決したように階段を降り終えた。その時、


「発動!」


 声が聞こえると同時に、クラウ様が跳ねた。足元にあったのは布……いや、絨毯だ。どうやらそれになにかが仕掛けらているらしい。


 暗がりから光が走り、絨毯に繋がっている。生き物のように波打って、クラウ様の動きに対応した。


「……ぐっ」


 次の瞬間には、クラウ様が空中で固定されていた。周囲を円形に光の壁が囲っている。

 意識はあるようだが、身動きは取れず声も出ないようだ。この場合、どうしたら……と、僕が考えるよりも早くレインさんが行動していた。


 暗がりには例の女魔術師がいた。たった今魔術を発動して出来た隙、それを見逃さず、レインさんは手に持った剣で女魔術師を斬った。本身の剣なら間違いなく真っ二つの一撃だが、女魔術師は吹き飛ばされ『捕縛』だけで済んだらしい。


 追撃に動いた瞬間、更に奥から声がした。


「そこまでだ」


 暗闇からぬらりと1人男が出てきた。


 黒装束を着て銀翼の首飾りをぶら下げた中年、明らかに信者だ。装飾の施された杖を持ち、その佇まいからも教団では何らかの役職についている事が分かる。


「レイン、戻ってきたか……」

 男が感慨深げにそう言う。

 レインさんは憎々しげに男を見て答えた。


「……父上」

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