第7話 既知の発覚

 続いて僕の課題の報告。

 これに関しては師匠だけで良かったのだが、何故かレインさんもクラウ様も同席して僕の話を聞いていた。


 クラウ様の織ってくれたグローブに、メーターと計測用の魔石をつけてバフ測定器(Ver.2)が完成した。色は黒でサイズはバッチリ。モコっとした見た目の割に通気性が良くて蒸れない。


 手首についたスイッチで測定機能のオンとオフが切り替えられて、オフ状態ならそのまま『蓄積型極大破壊魔法ルイナスカタクリスト』を放つ事も出来る。


 そして肝心の機能のチェックがてらにバフの測定を行ってみた。


 師匠  285%

 クラウ様 283%

 レインさん 328%


 今日1日はほとんど一緒にいなかったのに、今朝よりも更に上がってしまう結果となったレインさん。これといって特別な事はしていないが、微妙に増えた師匠。今日1日ずっと一緒にいた上、一所懸命僕の為に手袋を作ってくれたクラウ様は上がったものの、現時点で最下位。


 当然のようにブチ切れられたが、そんな僕に助け舟を出してくれたのは意外にもネッドさんだった。


「あの、前から気になっていたんですが、これは何を測っているんですか?」

 当然の疑問だ。むしろ今まで黙ってみていたのがちょっと不思議なくらいだ。

「ああ、これは……」

 言いかけた僕を師匠が遮る。


「これはランドから私たちへの好感度を示している。最終的に我々は結婚するが、その時の序列を決めておこうという話になってな」

 ネッドさんが明らかに驚いている。そして奇異の目で僕を見ている。


「何故重婚を……?」

「それは……」

 再び師匠に遮られる。

「それは私達が皆、ランドの事が好きだからに決まっている。そうだろ?」


 2人が頷く。ネッドさんはますます不思議そうに僕を見ていた。


 まあ、言いたい事は分かる。何でこんな冴えない男が、美女達から言い寄られているのか。全く理由がわからないはずだ。だから僕は『亀裂』の件を説明しようとしたのだが、どうやら師匠はネッドさんにその事を秘密にするらしい。


 確かに、作戦の都合上あまり他人にペラペラ喋るのはどうかとも思うが、ネッドさんは信頼出来そうだし、教えても良いんじゃないかと思った。が、師匠の方針に逆らうのはよろしくない。


 仕方なく、僕は黙ってネッドさんからの視線を耐えなければならなかった。

 それから部屋に戻った。師匠はレインさんと違って何も言わず、僕もすぐに眠りに落ちた。

 

「ランド、起きろ」


 ん、……あれ?


 師匠の声に起こされ、僕は目を擦りながら上半身を起こす。カーテンは閉まっている。光もないから窓の外はまだ夜中だ。


「ど、どうしたんですか? 師匠」


 師匠は既にいつものローブに着替えており、僕を見下ろしていた。


 視界の隅に、もぞもぞもと動く何かの影が映った。

 動物……じゃない人間だ。僕は目を凝らす。師匠がランプの明かりを強くした。


「ネッドさん!?」


 影の正体はネッドさんだった。うつ伏せに倒れているが、頭だけは起こして目で何かを訴えている。どうやら声も出ないようだ。何とか頭だけを動かして身体を起こそうとしているが、全身に力が入らないらしい。


「やはり気づいていなかったか……まあいい」


 師匠はそう言うと、何やらごそごそと準備を始めた。


 それから僕はもう1つの事実に気づく。ネッドさん以外に、見慣れない男が3人床に転がっている。黒装束に銀翼の首飾り。味方でない事は確かなようだ。


「今から本部を襲撃に行く。さっさと着替えて準備しろ」


 師匠が僕に命令する。

 何が何やら分からない。


 一体僕の目の前で、何が起こっているのだろう。夢か?


「あ、ランド様起きてる。準備手伝ってあげましょうか?」


 部屋にクラウ様が入ってきた。クラウ様も既に着替えている。後から入ってきたレインさんもだ。


「おやおや? 何が何だか分からないって表情ですね」

 レインさんの言う通り。僕は今、混乱している。


 夜中、床に転がったネッドさん、同じく無力化された敵、今から襲撃?

 そして何より、どうしてみんなそんなに落ち着いているんだ!?


「ちょ、ちょ、ちょっと、どういう事か説明して下さいよ!」


 狼狽える僕に、師匠は呆れたように言う。


「……まだまだ観察力が足りないな」


 それはその通りだ。

 僕は支度をしながら師匠の説明を聞く。


 結果から言えば、ネッドさんは敵だった。『銀翼の運命団』の信者であり、行商人達を殺してライカを誘拐した犯人の1人だ。そして今夜、この宿屋でも同じ事をして僕達の寝込みを襲うつもりだったらしい。3人の男は行商人達を襲った犯人と同一人物という訳だ。


 そしてその事を、何故か僕以外はとっくに気づいていた。だからこそこうして返り討ちに出来た。


「い、一体いつからネッドさんがスパイだと気づいていたんですか?」

 僕の質問にレインさんが答える。

「最初からだよ。こいつがどこに隠れてたか覚えているかい?」

「えっと確か……宿屋の物置だったような」


「死体の持ち物まで剥ぐ奴らが物置を調べないはずがない。金目の物が置いてあるかもしれないだろ?」


 言われてみれば確かにそうだ。もし犯人がネッドさんと無関係なら、そこで鉢合わせにならないはずがない。


「まあ、それだけだとただ単に間抜けな襲撃犯って可能性もあるけどね」


 クラウ様が説明を引き継ぐ。

「決定的なのは行商人の用心棒が『耐魔スクロールを使用したのを見た』って言った所。前にも言ったけど、ある程度腕の立つ奴らなら、スクロールを使用する所は例え仲間でも見せない。切れ間がバレるリスクがあるからね」


 確かに、それはクラウ様が言っていた。ネッドさんの「見た」という発言は矛盾している。

「そもそも」

 最後に師匠が自信たっぷりに言う。

「私の耐魔スクロールが欠陥品なはずがない。大方、私との取引の際にこいつが別のスクロールと入れ替えたんだろう」


 そしてネッドさんを睨む。


 僕以外の全員は、ネッドさんの発言から推理してすぐに気づいていた。

 更にはあえてそれを黙っておいて泳がせた。僕は全く気づかなかった。これが実力の差という物なのだろうか。


「ランド君は全く気にしてなさそうだったから、あらかじめ教えておいても良かったんだけどね、結構顔に出るタイプだからな。自然に振舞ってもらうには黙っておいた方が良いと思ったのさ」


 レインさんの発言に師匠が異論を挟む。


「私は少しくらい疑っているかと思ったがな。過大評価だったようだ」


 うっ、なんか悲しい。


「そのおかげでこいつをまんまと罠に嵌められたんだから、むしろランド様のお手柄よ!」

 クラウ様の無謀な擁護。

「さて、そろそろ行こうか。こいつは我々を襲う前に一旦教団に戻って連絡を取った。つまり教団側は我々の襲撃を12時だと勘違いしている。逆に奇襲をかけてやろう」


 スパイだと気付いていたからこそ、誤った情報を流す事にした訳だ。

 あの作戦会議自体が作戦だったという事になる。


 しかもそれらをほとんど相談せずに「暗黙の了解」としてしれっとこなした。

 改めて思う。恐ろしい人達だ。


 とにかく、これでライカを奪還出来る可能性が大きく上がった事は間違いない。僕は急いで着替えながら師匠に尋ねる。


「という事は、作戦会議で話していた作戦は無しって事ですか?」

 『閃光』『索敵』『捕縛』の流れの件だ。


「いや、内容は変わらない。ただ、手順を逆にする」

「逆に……ですか?」

「ああ、現にこいつらは既に『捕縛』されている」


 確かに、ロープなどで結ぶまでもなくネッド達は床に伏せて起き上がれないようだ。『捕縛』が既に発動している。


「説明は後にしよう。あまり時間がない」

「わ、分かりました」


 こうして、僕にとっては全く予想外の形で教団襲撃作戦が始まった。

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