第6話 謝罪
慎重にクラウの身体を船内のベッドに運んだ。触っただけでも体温が極端に低下しているのが分かったので、すぐに毛布を三重にかけ、ライカにはお湯を用意してもらった。
クラウに意識は無いが、眉間にしわを寄せてうなされている。呼吸は浅く、指先は凍るように冷たい。服を脱がすと黒い塊が接触した部分が赤く腫れており痛々しい。黒い塊は影も形もないが、クラウの中に入ってしまったのだろうか。
「……ちっ。まずいなこれ」
ミスティがクラウの脈を計りつつそう言った。自分自身に対する怒りのせいか、今までに見た事のない険しい表情をしていた。
「今から細胞活性の魔法陣用意するから、ランド、クラウの様子を見てて。状態が変わったらすぐ呼んで」
僕はクラウの側に寄り、強くその手を握る。
「クラウ! クラウ!」
名前を何度も呼びかけるが、反応は無い。自分の出来る事の少なさが嫌になる。
レインさんが撃たれた時は原因がはっきりしていたので、出来るかどうかは分からなかったがどうすべきかは分かった。だが今目の前にある窮地には、全くもって何をしていいのか検討がつかない。
「……あの黒い塊は、死者の魂が具現化した物。……それなら、今クラウの身体には生と死が混在している」
ライカは手に持ったノートを読みながら続ける。
「大事なのは、命への執着。死者より深くそれを持てなければ、クラウは……」
その先は分かっていた。僕はあえて聞かずにクラウの名前を何度も何度も呼び続ける。
すると、うっすらとだがクラウが目を開いた。どうやら意識を取り戻したらしい。目だけを動かし僕を確認すると、今にも消え入りそうな声でこう言った。
「ランド……ごめん」
何故だ。何故謝る? ミスティを庇って倒れ、何故僕に謝罪するのか、全く分からない。
「謝られても困る。頼むから死なないでくれ」
「ランド……」
「クラウ。今ミスティが魔法陣を用意してくれている。きっと助かるから、死ぬんじゃない」
「ごめん、ランド。ごめん」
クラウの目尻には涙が溜まっていた。
何となく、僕はクラウが謝っている理由が分かってしまった。
「私は……私はずっと……わがままだった。……ランドの気も知らないで、勝手な事ばかり、してた」
「そ、そんな事ない。何度も助けられたよ。感謝してる。だから謝らなくていい」
少しだが、クラウが首を横に振った気がした。
「……いい。気にしなくて、いい。私が死んだら……代わりを見つけて。私よりもっと好きになれる娘」
バフ倍率を測ってから、いや、もっとずっと前から、クラウはきっと悩んでいたのだろう。どれだけ会話を重ねたとしても分かり合えるかは定かではない。国を追われ、不安な中で、他の女の子と勝つ為に競争し続ける事はすごいストレスになっていたに違いない。
クラウの表情が気持ち安らかなのは、死ぬ事でそんな重圧から逃れられるという思いもあるのかもしれない。
……。
馬鹿な事を言うな。
そんなの、許してたまるか。
「……クラウ、ごめん!」
僕は身を乗り出し、クラウの唇に自分の唇を重ねた。
最初に会った日、クラウが僕にそうしたように、僕も勝手にそうさせてもらった。
顔を離すと、クラウは僕の取った行動に驚いているようだった。
「……ラ、ランド?」
「生き返るまでやめないからな」
再び唇を重ねる。勢い余って今度は舌が少しだけ入ってしまった。その感触の柔らかさにびっくりして顔を離してしまったが、一呼吸置いてもう1度キスする。
「クラウ、結婚しよう」
クラウが笑った。僕には確かにそう見えた。
……。
ミスティの用意した魔法陣の効果もあってか、クラウの容態はどうにか安定した。今は落ち着いて眠っているが、いつまた死の淵に追いやられるかは分からない。根本的な対策が必要だ。
ライカにクラウの様子を見てもらえるようにお願いし、何か身体を温める物が無いか探しにリビングに戻ってくると、ミスティが僕を見て謝りだした。
「ほんっっっっっっとにごめん! 油断してた。この3日特に何も無かったから、『黄泉』とか言って全然楽勝じゃんって思ってたわ正直。もっと慎重になるべきだった」
もちろん、ミスティを責める気なんて最初から全然ない。謎の存在が目の前に現れたらそれを解き明かしたくなるのが魔術研究者の性だ。実際、黒い塊には触れてはいけないという事が身を持って理解出来た。
「クラウ起きたらマジで詫び入れないとなぁ。何したら許してくれるんだろ。ていうか、どうする? 一旦『亀裂』から元の世界に戻る?」
ミスティの質問に、僕はパーティーリーダーとして答える。
「いえ。今はとにかく、目的地を目指しましょう。ユキに接触すれば師匠と交信が出来ます。それまでにクラウの状態を出来る限り正確に把握します。師匠なら何か分かるかもしれません。船の速度を上げましょう。計測器に回している魔力を推進に戻してもらえます?」
結局は師匠頼みの他力本願だが、今から戻るよりは目的地へと向かった方が早いはずだ。
「……ぐふふ」
ふと気がつくと、ミスティが僕を見て不気味な笑いを浮かべていた。
「いやあ、随分リーダーっぽくなってきたねえ? 初めて会った時は正直頼りなかったけど、『亀裂』来てから急激に男らしくなってんじゃん?」
そんな事はないと思うけど、ミスティは楽しそうだ。
「やっぱサニっちょがあっちに残ったのはランドの子離れの為なのかねえ?」
「子離れって……僕はもう15ですよ」
ちょっとムキになったのは認める所だが、ますますミスティを調子に乗らせてしまった。
「まあそれよりも、手でしてもらった事の方が大きいのかな」
ミスティが片手を空中で縦に振る。黄泉まで来たというのに相変わらず下品な人だ。
「出発してから3日か……あれだったらあたしが抜いてあげよっか?」
僕はそれを無視して立ち上がり、なるべく毅然とした態度で言った。
「と、とにかく、そろそろクラウの様子を見てきます」
クラウが眠っている部屋の前に来ると、ライカの声がした。最初は1人で喋っているのかと思ったがそうではない。どうやら、クラウの目が覚めたようだ。
僕がドアノブに手をかけた時、クラウの声でこんな台詞が聞こえた。
「死にかけて良かった」
ぎょっとして、僕は手を止める。盗み聞きはどうかと思ったが、その言葉の意味を確認しておいた方が良いと思い、聞き耳を立てる。
「……どういう事?」と、ライカ。
「だって、ランドがプロポーズしてくれたのよ? 私が1番最初。私だけに。私と結婚するって。一生を賭けて君だけを愛するって言ってくれたの」
流石にそこまでは言ってないが、確かに、プロポーズはした。
「今まで悩んでたのが馬鹿みたいだわ。男がこの私を好きにならないはずが無いもの。状況に飲まれて弱気になってた」
……ああ、いつものクラウだ。まだ問題は解決していないが、ちょっとした安心感がある。
「……今から刺すから、動かないで」
ライカがそう言った。
まずい! 僕は勢いよくドアを開ける。
クラウは自ら服の胸元を開けている。
ライカの手には体温計。どうやら脇に刺そうとしたらしい。
「……なんかごめん」
僕はそう言って、ドアを閉めた。
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