最終話・夫婦と娘、家族の絆は永遠に

 宿屋・『武内亭』。

 客室は8つしかない宿。下町なのだが評判も良く、美人女将の作る食事はとても美味しい。それもそのはず、日本で得た料理の知識を盛り込んだオリジナル料理ばかりなのだから。

 天ぷら、煮物、漬け物と言ったおつまみや、お菓子作りが好きな深雪のスィーツとコーヒー、ガッツリ食べたい人も多いので、牛丼や豚丼、チャーハンといった主食系も豊富にある。


 女将が美人なので、下町の独身男は皆女将を狙っていたのだが――――、一年ほど前に、女将は結婚してしまった。

 結婚相手はなんと、一年前のゴブリン・スタンピードから町を救った英雄の親子である。

 大恋愛の末に結婚ということになっているのだが、なぜか熟練夫婦のような雰囲気……それが町の人々の評価だった。

 今までは女手一つで宿を切り盛りしていたが、男手と看板娘ができた『武内亭』の経営はずいぶんと楽になったと思う。料理好きの女将は、ランチタイムを始められるくらいにまで。

 お金を稼ぎ、宿の一階の食堂をもう少し広くしたいのだとか……だが、それはもうしばらく先の事になるだろう。


 何故なら――――女将の深雪は、妊娠したからだ。


 ◇◇◇◇◇◇


 猛は、客室の掃除を終えて洗濯を済ませ、宿の裏手で洗濯物を干していた。

 天気も良く、絶好のツーリング日和だが……。


「猛、手伝うわ」

「深雪!? お、おい動くなって、身体が……」

「バカね。運動不足はかえって悪いのよ? 杏奈のときもそうだったのに……忘れちゃった?」

「む、うぅ……その、心配でな」

「ほんとに、もう……」


 深雪は、庭の隅に止めてあるハーレーダビッドソンを見た。

 最近乗っていないのか、シートをかけられたまま沈黙している。


「それより、もう乗らないの? 今日は絶好のツーリング日和じゃない」

「…………お前を乗せたしな。もうお役御免だよ」

「あら、もったいない」

「ふ。今は宿屋の主人のが合ってる。バイカーは卒業だ」


 猛は、宿屋の主人として働いている。

 料理人は深雪、宿の管理は猛が行う。日本で掃除や洗濯はやっていたので、以外にも料理以外の家事スキルは高い猛は、すぐに仕事も覚えた。


「深雪、一階の拡張の件だが、子供が生まれて落ち着いたら大工に依頼しよう。資金も貯まってるし、お前好みの内装で始められそうだ」

「ええ。ふふ、楽しみ……自分のお店って夢だったのよ」


 この世界では、調理師免許は存在しない。深雪の腕前ならどこでも通用するし、なにより、深雪の料理を求めて泊まる客も少なくない。

 

「宿を拡張したらバイトを探さないとなぁ」

「ええ。あなたのお手伝いと、私の調理補佐……あぁ、考えるだけで楽しいわね」

「ああ。杏奈もいるが、あいつは冒険者家業で忙しいからなぁ」

「ふふ、魔法使いアンナね」


 魔法使いアンナの名は、ゴブリン・スタンピードの戦いで一気に広まった。

 武内亭で暮らし始めた頃は、宿屋の看板娘として働いていたが、どこで聞きつけたのか弟子入りの術士が多く集まったのだ。

 

「結局、最初の一月だけの看板娘だったな……」

「ふふ、毎日帰って来るからいいじゃない」


 杏奈は、聖王国ホーリーを拠点として、シルファとコンビを組んで冒険者家業に精を出している。

 だが、どんなに忙しくても毎日帰って来る。そして、深雪の作るご飯を食べて、この家で寝て、「いってきます」を言って出て行くのだ。

 それが嬉しくもあり、少し心配な猛と深雪。


「帰る場所はここにあるんだ。あの子も17歳だし、恋愛の一つでもしてくれればなぁ」

「あら、杏奈が彼氏を連れて来たらどう思う?」

「…………む」


 とたんに渋い顔の猛。

 深雪はクスクス笑い、青空を見上げた。


「猛」

「ん?」

「神様には、感謝しなくちゃね」

「おいおい、元の原因はその神様だぞ?」

「そうね……こんな言い方はないかもだけど、この世界に来てよかったわ」

「ん~……まぁ、そうだな」

「新しい命も授かったし……どんな名前にしようかしら?」

「男か女か……はぁ、この歳で二人目か」


 深雪の大きくなったお腹を見て、猛はだらしない顔をする。

 ふふふと笑った深雪は歩き出し、ハーレーダビッドソンのシートカバーをめくった。


「み、深雪?」

「やっぱり、乗らないともったいないわ。それに私、あなたの大きな背中に抱きついて、風を感じたいもの」

「そ、そうか?」

「ええ。子供が生まれたら、また乗せてちょうだい……ね?」

「……ああ」


 猛は、ハーレーダビッドソンのタンクに手を触れる。

 深雪は猛の手に自分の手を重ね、そっと寄り添った。


『ぴゅいーっ!!』

「っと、クウガ……」

「ふふ、嫉妬しちゃったのかな?」


 クウガが猛の肩に止まり、甘えるように身体を擦りつける。

 そして、タイミングよく庭に現れたのは杏奈とシルファだった。何もない場所からいきなり現る……杏奈の魔法の一つ、『瞬間移動テレポーテーション』だ。

 

「たっだいまーっ!! あ、ちょうどよかった、聞いて聞いて!! あのね、シルファと一緒にコボルトの集落のお祭り行ってきたの!! そこでマホガニー商会のみんながお店出してて、アランさん一家もいたの!! シェイニーちゃんと久しぶりにお喋りしてさ、お土産も」

「お、落ち着け、落ち着け……シルファ、なんとかしてくれ」

「ほらアンナ、タケシ殿が困っている。話したいことは山ほどあるだろうが、まずはお茶にでもしよう」

『シルファ、お腹減ってるみたいなの! ねぇミユキ、ご飯にしよう!』

「ぷ、プリマヴェーラ!!」

「はーい。じゃあみんな、ご飯にしましょうか。杏奈、手伝ってくれる?」

「うん! お母さん、コボルトの集落で買った調味料があるの! 見て見て」

「はいはい。じゃあ中へ入って……」


 杏奈は深雪の腕にじゃれつき、シルファは苦笑しながら後に続き、クウガの背にくっついたプリマヴェーラが宿の中に飛んで行く。

 猛も宿の中へ入ろうとして――――バイクに目を向けた。


「深雪にはああ言ったが……お前との旅、最高に楽しかったぞ」


 猛は自分の愛車にそう語りかける。

 物言わぬ鉄の塊ではない。このハーレーダビッドソンも、深雪を探すための大事な仲間だった。

 

「また、風になろう―――今度は、愛する妻を乗せて」


 ハーレーダビッドソンは、太陽光を受けてキラキラと輝いていた。





 ――完――




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お父さん、異世界でバイクに乗る〜妻を訪ねて娘と一緒に〜 さとう @satou5832

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