第30話・父と娘、山越え完了
「またシャボン玉を見せてね」「またね!」「バイバーイ!」
「さよーならー! ありがとー!」
山の頂上までハーピー族に送ってもらった猛たちは、ハーピーたちに礼を言って別れた。杏奈は最後にもう一度シャボン玉を大量に作ってハーピーたちを喜ばせ、美しい別れ方をしたようだ。
「まさか、ハーピー族に送ってもらえるとはな。危険箇所を楽々突破できた」
「いっそ山越え……って言うのは野暮だな」
「ああ。ハーピー族はきっと、この景色を見せたかったんだろう」
「わぁ~……」
山の頂上は絶景だった。
天気も良く空気も澄んでいるおかげで、下界の森やずっと遠くに見える山もよく見える。何より驚いたのは、湖が見えること、そして、湖の近くに大きな町が見えることだ。
「あそこの町で補給をして、湖を越える。その先はエルフの領土だ」
「まだまだ先は長いな……」
「そうだな。だが、下山道は一本道で迷うことはない。大型魔獣も殆ど現れないはずだ」
「そりゃ安心……ってわけじゃないんだろう?」
「ああ。もう二度と油断はしない」
「そうだな」
猛とシルファは、下山道の確認をしている。
杏奈は、クウガを抱っこしながら、プリマヴェーラと喋っていた。
「ねぇねぇプリマヴェーラ。あの町って湖の町なの?」
『そうよ。あの大きな湖の先にはエルフの領土になっていてね。通行するにはエルフの同行者かエルフの許可状がないとダメなのよ』
「町は? 町はどんなの?」
『ふふ、あそこは湖で捕れる魚が美味しいのよ。海に繋がっている湖だから、川魚だけじゃなく海のお魚も捕れるの。ヘタな漁師町より栄えているんだから』
「おぉ~……いいねぇ!」
『町の目玉は遊覧船よ。大きな船で一日掛けて湖を回るの。船上ではパーティーも開かれているわ』
「わぁ~……なんか、すっごく楽しみ!」
『ぴゅいぴゅい、ぴゅいぴゅい!』
「あはは。クウガも楽しみだって!」
湖の町。どうやら、補給だけで終わりそうにない。
◇◇◇◇◇◇
この日は、山の頂上で野営することにした。
日も高く、下山することもできたが、頂上から見る夜景と朝日が昇る瞬間は絶景だとシルファが言うので、時間は早いが野営の支度をする。
テントを組み立て、かまどを準備し、折りたたみ式椅子テーブルを出す。かまども薪も収納に入っているので、一時間もしないうちに準備が終わる。
昼はコボルトの集落で買ったサンドイッチで済ませ、夜は杏奈とシルファに腕を振るってもらうことにした。
だが、夕食の時間までかなりある。
「私は周囲の見回りをしてこよう。標高の高い位置に危険な魔獣が来る事は無いが、万が一と言う事もある」
魔獣は、標高が高い位置になぜか来ない。原因は不明のようだ。
猛や杏奈としても安心できる。いくらチート能力があろうと、危険な事は関わりたく無い。
「あたしも行きたいです! いいですか?」
「すまない。私は上空から「
シルファが言い切る前に、杏奈は自らの身体を浮遊させる。以前、猛のバイクを浮かせた魔法を自分に使ったのだ。
「おいおい、俺は一人か?」
「じゃあ、強力な結界張っとくね。じゃあ行きましょう!」
「ああ。ではアンナ、空の旅と行こう」
「はーい! じゃあお父さん、行ってきまーす!」
アンナとシルファは行ってしまった……しかも杏奈、クウガを抱えて行ったので、猛は正真正銘、たった一人だ。
結界が張られているらしいが、猛にはサッパリわからない。
「さて、何をするか……あ、そうだ!」
猛は、頂上にあった大岩の上に小石を並べ、10メートルほど距離を取る。
ズボンに挟んでおいたハンドガン、M1911コルトガバメントを抜き、マガジンを装填してスライドを引く。
そう、射撃訓練である。
「いざという時、か」
人を撃たなければならない日が、来るかもしれない。
危険を脅かすのは魔獣だけではない。盗賊や悪人が普通に人を殺す世界なのだ。杏奈や深雪を守るために、手を汚すことがあるかもしれない。
この世界に銃は存在しない。少なくとも、拳銃を初めて見る異世界人が、銃に怯えるとは思えない。
だからこそ、引き金を引く最初の一発が勝負となる。
「よし……!!」
マガジンは、いくらでもある。
片手撃ちではなく、両手持ち、狙いを付ける。
猛の射撃訓練が、始まった。
◇◇◇◇◇◇
「たっだいまー……って、なにこれ?」
「お、帰ったか。おかえり」
「……なにしてんの?」
「見ての通り、射撃訓練だよ」
猛の足下に転がる大量のマガジン、10メートルほど離れた場所にある大岩の上にある小石は何個目だろうか。どうやら、射撃訓練の成果はなかなかである。
杏奈はクウガを近くの岩に降ろしマガジンを拾って弄ぶ。
「ほんとは遊んでるんじゃないの~?」
「バカ言うな。これはお父さんの武器だぞ? ちゃんと扱えるようにならないといけないからな」
「ふーん。まぁいいけど。それより、この辺は安全みたいだよ」
そう言って、杏奈は夕飯の支度を始めようとしているシルファの元へ。
時間にして午後の四時頃だろうか。猛は射撃訓練をやめ、クウガにエサを食べさせることにした。
『ぴゅいぴゅい!』
「わかったわかった。エサと水だな」
収納から大きな桶とトカゲ肉を出し、少しずつクウガに食べさせる。拾ってから僅かなのに、少し身体が大きくなったかもしれない。
杏奈に頼んで桶に水を入れてもらい、クウガの口元に持って行くと、そのままゴクゴク飲み始めた。
食事を終えると、水浴びの時間だ。
クウガは綺麗好きなので、ぬるま湯で行水させる。大きめの桶にクウガを入れ、優しく手でもみ洗いするのだ。すると気持ちいいのか、クウガは眼を細めてまったりする……。
『ぴゅいぃぃ~……』
「気持ちいいか?」
『ぴゅぅぅ~……』
身体を洗い終えると、クウガは水を切るようにバッサバッサと翼をはためかせる。すると、ほんの少しだが宙に浮くのだ。成長の早さを実感する。
『ぴゅるるる……』
「よしよし、寝るならバスケットの中でな」
ここまですると、クウガはもう寝るだけだ。朝まで起きることはない。
最近は、プリマヴェーラがクウガをベッド代わりにして寝る。なので、行水をさせないとプリマヴェーラが怒るのだ。
「お父さん、ゴハンできたよー!」
「ああ、わかった」
山頂での時間は、のんびりとすぎていく……。
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