第31話・父と娘、湖の町クインに到着

 猛たちが山頂で野営をした翌日の早朝。


「わぁ~……」

「すごい……」

「美しい……二人に、これを見せたかったんだ」


 シルファが猛と杏奈に見せたのは、朝日が昇る瞬間だ。

 日の光が夜を切り裂き、ゆっくりと、ゆっくりと登ってくる。

 光が猛たちのいる山頂まで届くと、暗かった下界に一気に光が差し、美しい緑の山がエメラルドに輝いた。


「久しぶりに見たが、この景色は変わらない……自然は雄大だ。決して変わらない美しさが、ここにはある」

「ああ。本当にすごい……こんな景色を見ることができるなんて」

「お父さん、お母さんと見たいでしょ?」

「……ああ」


 杏奈に見透かされ、猛は頬をポリポリ掻く。

 深雪と杏奈が隣にいて、この景色を眺められたら……もし深雪が見つかったら、三人でキャンプをするのも楽しいかもしれない。

 杏奈は朝日を堪能したのか、バーベキューコンロの元へ。


「さ、朝ごはんにしよっか。食べたら出発、今日中に町まで行こう!」

「随分と張り切ってるな……」

「だって湖の町だよ!? 気になるし楽しみ! ね、プリマヴェーラ」

『ふふ、そうね。あたしも久しぶりだし、楽しみかも』

「プリマヴェーラ、アンナとずいぶん仲良くなったな」

『そう? シルファ、やきもちしなくても、あたしはあなたの精霊だから安心してね』

「ああ、わかってる」


 プリマヴェーラを肩に乗せ、シルファは杏奈の手伝いを始めた。

 猛も、クウガのバスケットを開け、クウガに餌をやる。

 トカゲ肉ばかりだと飽きるので、オーク肉や野菜も食べさせる。クウガは食べられればなんでもいいのか、肉も野菜もモリモリ食べた。


 杏奈の作ったホットサンドを完食し、猛はバイクを出してエンジンをかける。

 テントや火の後始末を終え、シルファと共に確認した下山ルートを、再度確認する。

 目指すは、湖の町。湖を船で超え、エルフの領土まで進む。


「お父さん、シルファ、せっかくだし湖の町で何日か泊まろうよ。遊覧船とか乗ってみたい!」

「しかしだな……」

「美味しいお酒もあるみたいだよ? お魚も有名な町だから、お父さんも楽しめると思うけどなぁ~」

「っ……あ、杏奈、お前という奴は」

『タケシもわかりやすいわねぇ』

「ふふ、そうだな。これは観光するしかなさそうだ」

「っく……やれやれ」


 杏奈とクウガを乗せ、バイクは下山ルートへ走り出す。


 ◇◇◇◇◇◇


 下山は、緩やかな斜面の一本道だったので楽だった。

 シルファの護衛に、杏奈の暇つぶしのシャボン玉、猛はシャボン玉を見てはしゃぐシルファを眺め、のんびりとバイクを走らせる。

 日差しが強いのか少し暑いが、バイクを走らせることで受ける風が心地よく、流れた汗も冷えて気持ちいい。


「ふぁ~……なんか眠い」

「寝るなよ。落ちたら怪我じゃ済まないぞ」

「はぁ~い……」

「ほら、シャキッとしろ。町が見えて来たぞ」

「うそっ!!」

「うわっ!? あ、危ないぞ!!」


 杏奈と猛は背中合わせで座っていたが、急に杏奈が振り返り、猛の両肩を掴んで立ちあがった。これに猛は驚き、スピードを緩めてしまう。

 すると、上空のシルファがスイーッと猛と並走した。


「タケシ殿、バイクを見られたくないのなら、そろそろ下りるとしよう。この辺りは冒険者が魔獣狩りに来る場所でもあるからな」

「ああ、わかった。杏奈、止まるぞ」

「はーい!」


 バイクを止め、クウガのバスケットを持ち、収納する。

 猛の荷物はショルダーバッグにクウガのバスケット、ハンドガンをズボンに挟み、ショットガンを背負っている。

 杏奈は肩掛けバッグに魔法の杖のみ。シルファもカバンと短剣、矢筒と弓だけだ。

 町までの距離は数キロ。この程度なら徒歩で行ける。


「町に着いたら」

「宿、そして買い出しでしょ。もう何回も聞いたって」


 シルファの言った通り、若い少年少女とすれ違ったりした。薬草採取や、魔獣の討伐などの依頼を受けた冒険者グループらしい。

 杏奈は興味深そうに見ていたことに猛は気付いたが、気が付けば町が目の前にあった。


「着いた!」

「ああ。なんというか……傾斜がすごいな」

「湖の町クイン。またの名を傾斜の町だ。山と湖の間に作られた町だが、こうしてみると言い景色だろう?」

「ああ。山頂で見る朝日とはまた違う景色だ」


 山の傾斜の途中に作られた町、といえばわかりやすい。

 坂を下り、湖まで傾斜が続いている。なので、町の入口に到着すると、見下ろすような格好になるので、町の全容が簡単につかめた。

 湖沿いが港になっており、大きな船や倉庫がいくつも並んでいる。傾斜の中央付近に大きな建物が並び、猛たちがいる入口近くにも商店や宿が並んでいるようだ。


「コボルトの集落と違うな……あちらは森だったが、ここは港町といった感じだな」

「それよりもお父さん、湖……」

「ああ、広い……」


 湖、らしいのだが……あまりにも広かった。

 湖の奥には陸があるのだが、全く先が見えない。山頂から見下ろすのとまったく違う。

 それに、潮風の香りに少し生臭い魚の香りが混ざっている。


「ここは海鮮物が有名だ。タケシ殿、いい店をいくつか知っているが……どうだ?」

「いいな。では、宿を取ったら行くか」

「ちょっとちょっと! あたし未成年! ってかシルファ、あたしにも町を案内してよー!」

「はは、悪かった。では午前中はアンナに付き合い、午後はタケシ殿に付き合おう」

「お父さん、シルファと浮気しちゃダメだからね!」

「バカを言うな。俺は深雪一筋だ」

「ふ……では、行こう」


 三人は、湖の町クインに入った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る