第32話・父と娘、湖の町を散策
湖の町クインは、坂の町だ。
坂を下り、宿を探すことになるが、杏奈は最初から決めていた。
「高い場所の宿にしよっ、そうすれば、町も湖も一望できるし!」
「確かに、いい案だな」
「そうだろうと思って、近場の宿に向かっている。私も同じことを考えて、何度か泊まったことがある宿だ」
シルファの案内で向かったのは、4階建ての煉瓦造りの宿だった。この町の建物は煉瓦造りが多い。理由はもちろん、湖からの潮風による腐食を抑えるためだ。
湖だが、海から流れてくる海水量が多く、町に吹く風は潮風と変わらない。なので、潮風対策に腐食しない煉瓦を使った建物が多いのである。
宿に入り、空き部屋を確認すると、三人部屋が一つだけ空いていた。
猛は悩んだが、シルファは迷わず部屋を取った。
「いいのか?」
「……何がだ? ちょうどいい部屋が空いてるではないか」
「いや、俺みたいな男と一緒の部屋で」
「…………???」
「あーもう、お父さん、そんなこと気にしなくていいの! ほら行くよ!」
「あ、ああ」
どうも、シルファは本気でわかっていない。
他人の、しかも男と同じ部屋に寝泊まりするということに忌避する感覚は、この世界の人間にはあまりないようだ。
最上階の部屋に入ると、ベッドが三つ並び、ベランダまであった。
荷物を置くと、杏奈はさっそくベランダに出る。
「わぁ~……すっっごくいい景色!」
シルファおすすめの宿は、町と湖が一望できた。
観光客や冒険者がガイドブック片手に歩いたり、露店も多く並んでいる。湖には大きな船や小舟が浮いており、ゆっくりだが動いていた。
シルファは、荷物を置いて杏奈の隣に立つ。
「港には新鮮な魚貝を出す店が多くある。それと、この町は装飾品も有名でな、よかったら案内してやろう」
「行きます! やった、すぐ行きましょう!」
「ふふ、そうだな」
「お父さんお父さん、お父さんも行こう!」
「ふぅ……勘弁してくれ、少し疲れた」
「えー……もう」
「アンナ、タケシ殿を休ませてやろう。女同士で買い物をして、おいしいスィーツでもどうだ?」
「行く!」
杏奈は、一瞬で猛のことを忘れ、シルファの背を押して宿から 出て行った。
シルファとプリマヴェーラの案内で、杏奈は町を満喫するだろう。
猛は、夜に向けて少し休むことにした。
「美味い魚介の店……酒……ふふふっ」
『ぴゅいぴゅい! ぴゅいぴゅい!』
「おっと悪い、出してやるからな」
クウガのバスケットを開けると、クウガは短い距離ながらバサバサ飛び、なんと猛の肩に止まった。これには猛も驚いた。
「お前、なんだ……可愛いじゃないか」
『ぴゅいーっ!』
「でも、少し痛い……」
クウガの爪が肩に食い込んでいた。すると、クウガは気を遣ったのか、猛の肩から降りてベッドの上に着地。そのまま翼を畳み丸くなると、スヤスヤと眠ってしまった。なんとも可愛い姿に、猛も苦笑する。
「よし、俺も寝るか……」
せっかくなので、クウガと一緒のベッドで猛は眠りに付いた。
◇◇◇◇◇◇
「お父さん、お父さん!」
「ん、んん~……んん~? あぁ、杏奈か?」
「もう! もう夕方だよ? クウガも一緒になって寝てたの?」
『ぴゅぅぅ……』
猛が起きると、いつの間にか抱きしめていたクウガも起きた。
杏奈はたくさんの買い物袋を置き、猛からクウガを強奪し、フカフカな身体を抱きしめてモフモフを堪能していた。
「おい、こんなに買って……」
「お金ならシルファが出してくれたよ。それに、あたしも冒険者登録したから、これからは稼げるんだから!」
「んなにぃ!?」
「それより、シルファさんと飲みに行くんでしょ? あたしはプリマヴェーラとクウガと一緒に、近くのカフェでケーキでも食べてくるね」
「お、おい、一人で」
「大丈夫! 宿の目の前にあるカフェだから!」
そう言って、杏奈は部屋を出て行った。
すると、入れ違いでシルファが入ってきた。着替えたのか、ラフな服装になっている。短剣だけを装備し、シンプルなシャツとスカートを履いていた。
「起きたか。では行くぞ、いい飲み屋があるんだ」
「ああ。わかった……と」
猛の腹が、グゥゥ~と鳴いた。
シルファはクスッと笑い、猛は苦笑する。
湖の町の海鮮料理と酒を求め、二人は夕方の町に繰り出した。
◇◇◇◇◇◇
宿から15分ほど歩くと、歓楽街に到着した。
屋台ストリートとでも言えばいいのか、広い通りにたくさんの屋台が並び、いろいろな種族の人たちが酒や食事を楽しんでいる。
猛は、この光景に興奮していた。
「おぉぉ~……いやはや、出発を数日遅らせるべきか」
「ふふふ、アンナもそう言ってたよ」
「で、オススメはどこだい?」
「こっちだ」
屋台と屋台の間を通るように歩く。
獲れたての魚を捌き、舟盛りを作っていたり、鮎のような魚を串に刺して焼いたり、大きな魚の兜をそのまま煮込んだり……空腹の猛には辛い光景が続く。
シルファは、一軒の屋台の前に止まる。
「カッシュ、景気はどうだ?」
「シルファじゃないか!? はは、五年ぶりくらいだな。元気にしてたか?」
「ああ。客人と一緒でな。いいか?」
「当たり前だ。再会を祝して、最初の一杯は奢ってやる」
シルファと同じ銀の髪を逆立てた、耳長の男性……エルフだった。
筋骨隆々で日に焼け、銀の髪も痛んでいる。額に手拭いを巻いて魚を捌く姿は職人にしか見えない。
経営する屋台も、今はあまり見ないおでん屋台のような、三人掛けの小さな屋台だった。ここで酒と魚を提供しているようだ。
横長の椅子に、二人並んで座る。
「こいつはカッシュ、エルフの集落から出てこの屋台を経営している」
「よろしくな。シルファとは1500年くらいの付き合いでなぁ」
「よろしくお願いします。タケシです」
「美味い酒を出す友人だ。十年に一度顔を見るくらいでちょうどいい」
「違いねぇ! ほれ、エルフの集落から取り寄せた『コメ酒』だ。兄さん、コメ酒は初めてだろう?」
「コメ、酒……」
もしやと思い、差し出されたグラスを受け取る。するとそこには、透明な、少し甘い香りのする独特な酒が……日本酒が注がれていた。
「そんな、まさか……」
「じゃ、乾杯しようぜ!」
「お前も飲むのか? 客の前で」
「いいだろ? 同族だし気にすんな! じゃあ乾杯!」
「乾杯」
「か、かんぱい……」
猛はコメ酒をキュッと飲む……。
「あ、あぁ……美味い、美味い……っ!!」
「お、おい……泣いてるぞ、シルファ」
「た、タケシ殿? どうしたんだ?」
「美味い、このコメ酒……おかわりを!!」
「うおっ、お、おお。なんだ、エルフの酒が気に入ったのか?」
「さいっっっこうです! コメ酒最高!!」
「ははは、嬉しいねぇ。おいシルファ、いい客連れてきてくれたな」
「あ、ああ。私も驚いてる」
「よぅし、酒もいいがオレの手料理も喰ってくれ。この町の魚とオレのエルフ族の料理人としての腕、堪能していってくれよ?」
「よっ、エルフ最高の料理人!!」
「おっ、いいね!! 任せとけ!!」
コメ酒は、日本酒だった。
気分の良くなった猛はカッシュと意気投合し、シルファも交えて夜遅くまで飲み明かしたそうな。
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