第33話・父と娘、遊覧船に乗る

 日本酒に出会えたこと。それがこの異世界に来て最も嬉しいことになった猛は、シルファの友人であるエルフのカッシュの屋台で、浴びるように酒を飲んでいた。

 この世界の酒は、甘いビールみたいな『エール』か、薄いウィスキーみたいな『麦酒』、ちょっと酸っぱいワインがメインだった。

 だが、エルフの集落で作られる『コメ種』。これは純粋な日本酒だった。

 この発見は大きい。エルフの集落で買う機会があれば、樽やケースごと買おうと心に誓う。

 

屋台に来て二時間ほど経つ。

夜になり、星空が輝いている。日本時間でPM8時頃だろうか。酔いも回りいい気分だが、シルファは止めようとしない。それもそのはず、シルファもだいぶ酔っていた。


「ささ、飲め飲めタケシ殿、わらしの故郷のさけ、たんまりのんどくれ」

「ああ、いただきます」

「おめーら、かなり酔ってるな……」


 店主のカッシュが苦笑しながらコメ酒を飲み、おつまみに煮物を出す。

 おでんのような、味が染み出た野菜の煮物だ。猛は透き通った大根のような煮物を箸で切り分けて口へ運び……。


「うまい! さすがエルフ最高の料理人!」

「おう。ちなみに、オレの店で扱っている食材は、故郷から取り寄せてるんだ。美味いのは当たり前だぜ」

「おぉ~、エルフの集落からですかぁ」

「ああ。湖の対岸はエルフの領土で、そこにも港町があるんだ」


 猛はコメ酒をおかわりし、いつの間にか突っ伏しているシルファをチラ見しながらカッシュと話した。


「あのー、つみれはありますか?」

「つみれ? なんだそれ?」

「おでんでよくあるじゃないですか、魚のすり身と卵を混ぜて、団子状にして煮込むやつ……」

「ほぉ……そんな料理があるのか?」

「ええ。俺はおでんと言ったらつみれでしたねー……」


 猛も相当酔っているのか、この世界にないつみれの話をしていた。

 他にも、ちくわやはんぺん、つぶ貝、こんにゃく、しらたきなど、この世界にないおでんの話をして、カッシュを驚かせる。

 カッシュは真面目に聞いているらしいが、猛にはどうでもいい。居酒屋の定番がもつ煮込みだとか、締めに食べるラーメンの美味さの話を必死にした。

 この世界にない料理を、エルフの料理人に話す。


 これがのちに、『カッシュの居酒屋』が大繁盛するきっかけになるとは、この時の猛は知る由もなかった。


 ◇◇◇◇◇◇


 それから二時間ほど飲み、猛とシルファはカッシュの居酒屋を後にした。

 夜はますます深まっているが、歓楽街は眠ることがない。猛たちが来た時よりも賑わいを見せている。どうやら、ここが眠りにつくのは朝方だ。


 猛は、シルファをおぶって歩いていた。

 大人っぽいから酒に強いのかと思ったがそうではなく、むしろ弱い部類に入るかもしれない。コメ酒五杯ほどで突っ伏し、眠ってしまった。

 猛は、星空を眺めながら、宿へ向かって歩く。


「うん……いい夜だ」


 潮風が心地よく、火照った身体を冷ましてくれる。

 おぶったシルファが動くたびに胸が潰れ、柔らかい感触が背中に伝わるが、見た目は娘と同年代のシルファに欲情することはない。むしろ、子供っぽい姿を見れたことが嬉しかった。


「……ふぁ?」

「ん、起きたか。もうすぐ宿に着くから、そのまま寝てていいぞ」

「んん~……ありがと、おにいちゃん」

「……え?」

「ふぅん……」


 シルファは、また眠ってしまった。

 お兄ちゃん……きっと寝ぼけているのだろう。猛は深く考えず、シルファを背負ったままだと上り坂がきついことに、ようやく気が付いた。

 

 宿に着き、すっかり酔いがさめた。

 軽いとはいえ、シルファを背負って坂登りだ。三十八歳の身体にはだいぶ堪える。

 すると、4階のベランダから杏奈の声が聞こえた。


「あー……ようやく帰ってきた」


 静かなので、声がよく通る。

 ベランダの柵に頬杖を突き、ジト目で睨む杏奈がいた。シルファを背負っていることにも起こっている。


「あ、杏奈。遅くなっおぉぉぉぉぉぉぉっ!?」


 杏奈に謝ろうとした瞬間、身体がふわりと浮き上がり、杏奈のいる4階のベランダまで運ばれた。言うまでもなく、杏奈の魔法による浮遊だった。


「た、ただいま」

「おかえり。お愉しみだったようですねぇ?」

「あ、まぁ……き、聞いてくれ、日本酒があったんだ。それでつい飲みすぎて……あと、おでんみたいな煮込みもあってだな」

「ふーん……ずいぶんと楽しんでたようですねぇ?」

「うっ……」

「シルファもべろんべろんだし、明日の出発は無理かもね。こうなったら何日か滞在して、町を観光するしかないなー」

「うぐ……そ、そうだな」

「あ、あたしも今度は一緒に行くからね。お父さんにシルファを背負わせると、いやらしいことしそうだしー」

「ば、バカなことを言うな! いいか」

「シーッ……起きちゃうよ」

「む」

「じゃあ、あたしシルファをベッドに運ぶから。お父さんはシャワーでも浴びてきたら?」

「…………ああ」


 杏奈は、シルファを浮かせてベッドへ運んだ。

 猛はベランダで星空を見上げ、満点の空がこんなにも美しいと感じていた。


『シルファに変なことしなかった?』

『ぴゅいーっ!』

「するか!」


 いつの間にかベランダの柵に座っていたプリマヴェーラとクウガに、猛は突っ込んだ。


 ◇◇◇◇◇◇


 翌日、猛たちは湖際までやってきた。

 

「わぁ……港っぽい」

「港だぞ」

「お父さんうるっさい」

「…………」


 大きな船、漁船。魚を積み下ろししている屈強な獣人たち、歓楽街に劣らない出店が並び、肉ではない魚の焼ける匂いが漂ってきた。

 そして、港に停泊している一隻の船が、今回の目的だ。


「遊覧船! この湖を一日かけて回るのかぁ……楽しみ!」

「船に乗るなんて学生以来だな……」

「乗ったことあるの?」

「ああ。中学の頃、修学旅行で」


 バイクに憧れを抱いたのは、中学に入ってすぐの頃だった。

 当時はバイクの免許は16歳で取得できたし、今のように大型や中型などと区別もなかった。なので、免許とバイクのために、中学からバイトをしていたことを思い出す。


「そんなことより、早く遊覧船のチケット買ってよ!」

「おま、そんなことって……せっかく昔懐かしい思い出が」

「船の上でもできるでしょ! はやく!」

「はいはい」


 猛は、遊覧船乗り場にある事務所で受付をする。大人二枚でチケットを買うと、パンフレットも一緒にもらった。

 チケットを手に杏奈の元へ戻ると、チケットとパンフレットを強奪される。


「なになに……え、マジで!? お父さんお父さん、この湖に人魚が出るんだって! 途中、人魚の水中ショーがあるみたい!」

「ほぉ……人魚か。面白そうだな」

「よし! 早く乗ろう!」

「ああ」

「シルファさんの分まで楽しまないとね!」

「…………ああ」


 シルファは、二日酔いで動けなかった……。

 プリマヴェーラとクウガに看病を任せたので、たぶん大丈夫だろう。

 せっかくなので、今日は親子で楽しもう。猛は杏奈と一緒に、遊覧船に乗った。


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