第34話・父と娘、遊覧船を満喫

 遊覧船は、ゆっくりと走り出した。

 気候も穏やかで天気もいい。潮風も心地よく、デッキには大勢の人が湖上を眺めていた。

 もちろん、猛と杏奈の二人も。


「お父さん、バイクもいいけど船も最高だよねー」

「ああ。それに見てみろ、この湖の透明度……プランクトンが少ないのかもしれん」

「そういうリアルな感想はいらない。異世界の湖だし、プランクトンがいるかどうかわかんないじゃん」

「そ、そうだな……」

「それより、船内で何か食べようよ。このために朝食少なくしてきたんだからさ!」

「ああ。と、杏奈……酒を飲んでも」

「いいけど、あたしは介抱しないからね」

「……じゃあ一杯だけ。一応言っておくが、お父さんは酒に強いんだぞ! 学生の頃から飲んでいるからな」

「いや自慢にならないし。未成年じゃん」

「…………」


 杏奈は、しょんぼりした猛と一緒に船内へ。

 豪華客船のような船内は、入ると円形の大型ホールがあり、壁に

沿って店が並んでいる。しかも、行列までできていた。


「どこも混んでるな」

「仕方ないよ。それよりあたし、甘いの食べたいな」

「甘いのか……お、あそこに『ホワイトパールのクリームアイス』ってのがあるぞ」

「お! さすがお父さん、いいとこ見つけたね!」


 件のアイス屋には、二十人ほど並んでいる。人間だけじゃなく、エルフや獣人、背中に翼の生えた翼人もいた。

 さっそく翼人の後ろに並ぶ猛と杏奈。

 翼人の翼は大きく、羽もきめ細やかで美しい。杏奈は思わずつぶやいた。


「キレー……こんな綺麗な翼、見たことないかも」


 すると、翼人が振り返りほほ笑む……女性だった。


「ふふ、ありがとう。翼を褒められるのは嬉しいわ」

「い、いえ、いきなりごめんなさい……」

「いいのよ。それと、知らないようだから教えてあげる。翼人の翼を褒めるのは、求婚に値する行為だから、覚えておいてね」

「うぇぇっ!?」

「ふふ、女の子に褒められたのは初めてかも♪」


 翼人の女性は、クスクス笑いながら杏奈の頭を撫でると、アイスの受付カウンターに向かった。いつの間にか順番が来ていたようだ。


「び、びっくりしたぁ~……求婚だって求婚」

「俺も驚いたぞ……杏奈、思ったことをすぐ口に出すのはやめなさい」

「は~い……」

「全く、そういうところは深雪そっくりだな」

「お母さん?」

「ああ。あいつも、思ったことをすぐ口に出すやつだった」


 猛は懐かしむように笑い、アイスの順番がやってきた。


 ◇◇◇◇◇◇


 ホワイトパールのクリームアイス。

 キラキラした真珠のような球体に、真っ白な液体がかかっている。器はかなり冷えているので、持つととても気持ちいい。

 スプーンが付属していたので、真珠を一つ掬って口の中へ。


「っ!! なにこれ美味しい~♪」

「驚いた……真珠みたいだが、アイスなのか。しかもこのクリーム、生クリームみたいな味がする」

「あ、パンフレット発見。えーっと……この真珠は、湖で養殖した『クリームパール貝』の真珠をそのまま使用しています。だってさ」

「へぇ……食べられる真珠か。しかもこの生クリーム、甘さ控えめで真珠とよく合う」

「だね。こんなおいしいアイス初めてかも!」


 アイス屋のパンフレットを自分のカバンにしまい、他の店を物色する杏奈。

 アイスもいいがビールが飲みたい猛は、飲み物を売っている店を探す。すると、『ブルーオーシャン』というサイダーを売っている店を見つけた。


「杏奈、ジュースが売ってるぞ」

「え、ほんと? サイダーのお店かぁ」

「行くか?」

「うん!」


 ドリンク屋には、酒も売っていた。

 猛は冷えたエールを買い、杏奈はブルーオーシャンを買う。

 冷えたエールが甘い口の中を流し、爽快感を猛に与えた。


「っくぁぁ~……美味い!」

「このブルーオーシャン、すっごくサッパリした甘さかも! しかも果物の果肉がいっぱい入ってて美味しい!」

「よし、おかわりを」

「あ、あたしも!」


 二人はしばし、船内の飲食店を満喫した。


 ◇◇◇◇◇◇

 

 船内の散策を終えると、デッキが騒がしくなっていることに気が付いた。

 

「あ、人魚さんが出てくるみたい!」

「ほぉ、これは見ないとな」


 遊覧船が湖の中心近くまで来たようだ。

 この真下は人魚の住む町があるらしく、人魚たちが芸をして遊覧船の観光客を楽しませてくれるらしい。

 猛と杏奈はデッキの柵まで近づき……見えた。


「おお、人魚……」

「すっごく綺麗……」


 下半身は魚、上半身は美女の人魚が、遊覧船と並走していた。

 しかも一人じゃない。たくさんの人魚が並走し、ジャンプしたり踊ったり歌ったりしている。人魚の歌声には人を惑わす力があると聞いたことがある杏奈だが、確かに魔性の歌声だと思った。


「すごい……」


 風呂場で謳うと音が反響すると言うが、人魚は歌うだけで声が反響した。

 子守唄のような優しい旋律が周囲に響き、観光客たちを魅了する。

 そして、一人の人魚が亜術を使う、湖の水がイルカのような形になり、遊覧船を飛び越えたのだ。

 しかも、一匹じゃない。水のイルカに人魚が掴まって飛んだり、人魚が投げキッスして男たちを魅了している。さすがの猛も人魚から目が離せなかった。


「美しい……こんな光景が見れるとは」

「あたし、この町に来てよかったかも……」


 人魚のショーは、観客たちを魅了した。


 ◇◇◇◇◇◇


 遊覧船の観光が終わり、猛と杏奈は宿へ戻った。

 部屋に戻ると、二日酔いから覚めたシルファが出迎える。


「おかえり。遊覧船はどうだった?」

「さいっこうでした! 人魚のショーがすっごく綺麗で、もう最高!」

「そうか。楽しんでこれたようで何よりだ」

「……シルファ、二日酔いは平気か?」

「あ、ああ……タケシ殿には醜態を見せた。だが、もう大丈夫だ」


 シルファは胸を張る。顔色もいいようで、すっかり元気になったようだ。

 すると、テーブルにいたクウガが飛び、猛の肩に止まる。


「っと、何だお前、寂しかったのか?」

『ぴゅぅるるるる……』

「お、お、おとーさん!? クウガが飛んだよ!?」

「ああ。グリフォンの成長は早いな」

「ふむ……少し気になることがある」

「ん?」

「いや、生後二月ほどで飛べるようになるのがグリフォンの特徴だが、体毛も茶色に変化するのは生後半月ほどからでな……話を聞くと、このグリフォンは生まれて一月ほど経過しているのだろう? だが、体毛は白いままだ」

「……確かに」


 クウガは、真っ白だ。

 ハヤブサは、首から下が茶色いのが特徴なのだが、クウガは白いまま。色の変化らしき兆候もない。

 だが、猛に甘えるように顔を擦りつける姿は、愛らしさしか感じない。


「まぁ大丈夫だろう。このまま成長を見守ろう」

『ぴゅるるる……ぴゅいぃぃ』

「いいなー……あたし、本気でお供の妖精を見つけようっと」

「さて、夕食はまだか? 近場にいいレストランがある。みんなで行こうか」


 湖の町最後の夜は、静かに更けていった。

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