第35話・父と娘、湖の町にさよなら

 遊覧船に乗り湖を満喫した翌日、猛たちは町で買い物をした。

 エルフの集落までまだ遠い。午前中は食料を買い、午後に高速艇で対岸へ、そして対岸の港町で一泊し、明日はエルフの集落へ向けて出発する。


「焼き魚に刺し身、燻製と……肉も買いたいな。クウガのエサ用も買わないと」

「町の名産は魚だが、肉も売っている。精肉店に案内しよう」

「頼む」

「ねぇねぇシルファ、パンとかケーキのお店は?」

「もちろんある。ちゃんと案内するさ」

「やった!」


 買った物は、片っ端から猛の収納へ。

 何が収められているのか、不思議と猛の頭の中に浮かぶ。これも収納の力なのかわからないが、何を入れたか忘れないのはありがたい。

 食料にお菓子に酒にジュース、杏奈の服や猛の下着、野営をして思いついた足りない道具や、どこでも火を熾せるように薪も大量に買う。


 途中、この町に来る途中で襲われたジャイアントカリブーも冒険者組合で換金した。

 死にたてホヤホヤのジャイアントカリブーは、肉と骨とツノが高く売れた。合計120万ドナの儲けになり、資金もまた増えた。


「定期的に、ヤバい魔獣を狩ろう!」

「やめろ」


 杏奈がそんなことを言い出したので、慌てて止める。

 猛としては、安全な旅をしたい。いくら杏奈の魔法のバリエーションが広くても、猛のショットガンが強力でも、危険なことはしたくなかった。


「対岸の先にある渓谷は野良ドラゴンが現れる。ドラゴンを狩れば一生食べるのには困らないぞ?」

「お父さん、ドラゴン狩ろう!」

「おい、さっきの話聞いてたか? やめなさい」

「えー……旅のお金は多くあったほうがいいでしょ? 宿や食事だってタダじゃないし、お母さんと暮らすことになったら家も建てなきゃだし」

「む……」


 意外にも、杏奈は先のことを考えていた。

 確かに、深雪を見つけたあとのことはまだ考えていない。この世界に住む以上、住居は必要だし、杏奈だって嫁に行く。お金はいくらあっても困らない。それに、猛は収納持ちなので、資産がいくらあるか誰にもわからない。


「…………うーむ」

「お父さん、マジでドラゴンのこと考えてる?」


 住むとしたら、やはり大都市のほうがいいだろうか。

 猛としては、広い草原が近い、集落以上やや大きな都市以下のところに住みたい。できれば畑があればいい。家庭菜園をしてみたいと深雪は言っていた。住居は二階建てがいい。待て待て、町から少し離れた場所に家を建てて、バイクで買い物に出かけるなんてのもいい。深雪を後ろに乗せて走るのもいい─────。


「……タケシ殿はどうしたんだ?」

「放っておいていいよ。たぶん、これから先のこと考えてるんだろうしね」

「これから先? 先ほども言ったが、渓谷を」

「違う違う。あ、あそこに喫茶店ある。お昼も近いし入らない?」

「ああ、かまわない。タケシ殿、行こう」

「…………」

『固まってるわねー』

『ぴゅいぃぃ!』


 プリマヴェーラに頬を叩かれ、猛はようやく覚醒した。


 ◇◇◇◇◇◇ 


 お昼を食べ、港へやってきた。

 今回は遊覧船ではなく、対岸に渡る高速艇だ。

 流線型のモーターボートみたいな船で、定員は10名と少ない。シルファがチケットを買い、猛たちはさっそく乗りこんだ。


「これは『駆動術』の一種でな。魔石に電気を貯め、その電気を利用してパドルを動かす」

「駆動術……なるほど」


 モーターボートの両脇と後部に、水車のような水かきが設置されている。

 これを電気の力で回して漕ぐようだ。手漕ぎよりは何倍も早いだろう。

 何隻か似たような船があり、猛たちの乗った船は、運転手含めて4人だけだ。

 ジェットコースターのような椅子に座ると、運転手が言う。


「では対岸に向けて出発します。1時間ほどで到着しますので、湖の景色を楽しみながらお待ちください」

「はーいっ!」

「こら、静かにしなさい」

「ふふ、アンナはいつも元気だね」

『けっこうスピード出るから舌噛まないでねー』

『ぴゅぅるるるる』


 猛は、振り返って港を……湖の町を見た。

 美味しい酒や魚料理、大きな駆動術を使った遊覧船、観光にはもってこいの坂道の町。

 今度は深雪も連れていきたい。そう思った。


「では出発します」


 高速艇が走り出した。

 左右のパドルと後部のスクリューが回転し、時速100キロ以上の速度で湖の町から遠ざかっていく。

 まるで遊園地の遊具。それくらいのスピードに驚きつつ、これが一時間も続くのかと軽く絶望した。


「いやっほぉぉぉっ!!」

「ふ、私の方が早いな」

『シルファってば負けず嫌いねぇ』

『ぴゅるるる』


 猛以外は平気そうにしていた。

 

「こ、これ……ヤバい」


 早く、早く到着しろ……猛は顔を歪め、祈ることしかできなかった。


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