第36話・父と娘、クウガの成長

 対岸の港に到着する頃には、すっかり日が暮れていた。

 船から降り、港沿いのビジネスホテルみたいな煉瓦造りの宿で一泊する。夜でもにぎやかな港の酒場街に誘惑されたが、杏奈が睨んだので諦めた。

 翌日、猛たちは港町から出て街道へ。

 バイクを収納から出してエンジンをかけてチェックし、杏奈はクウガのバスケットをタンデムシートに括り付けようとしていたが……。


「わわっ、クウガ?」

「ん?……っと、なんだ?」

『ぴゅぅるるるる……』


 クウガはバスケットから飛び出すと、猛の肩に止まったのだ。

 クウガの掴み方が上手いのか、殆ど痛みを感じない。ふわふわな白い身体を猛の顔に擦り付け、気持ちよさそうに『ぴゅるる』と鳴いた。


「どうやら、バスケットは卒業のようだ」

『あーあ。あたしの寝床なのに~』


 シルファが腕を組みながら微笑を浮かべ、シルファの肩に座るプリマヴェーラは不満を漏らした。

 猛は、肩に止まるクウガを指で軽く撫でる。


「ふ……落ちるなよ?」

『ぴゅいぃぃっ!!』


 この日から、猛の肩はクウガの特等席になった。


 ◇◇◇◇◇◇


 エルフの集落まで10日ほどかかるらしい。

 食料や旅に必要な消耗品はたんまり買った。10日どころか2~3か月は平気である。

 バイクに跨り、サングラスをかけ、肩のクウガを軽く撫でる。

 杏奈は背中合わせに座り、シルファは風の力でふわりと浮き上がる。全ての準備が整うと、猛のハーレーは発進した。

 

「ふむ、整備された……というよりは、自然な道だな」


 今までの街道は、柵が設けられていたり、岩や小石が取り除かれ綺麗に均されていたが、港町から出て続く道はそこまで整地されていない。

 馬車が通ったような跡はあるが、雑草や小石が伸びっぱなしで柵もない。獣道よりひどくはないが、人間の手があまり加えられていない……つまり。


「お、おとーさんっ! ゆ、揺れる揺れるっ!」

「我慢しろ。それより、喋ると舌を噛むぞ」

「わわわっ」


 そう、走る度に揺れ、杏奈を苦しめた。

 クウガは肩の上で平然としている。よく見ると、ふわふわな羽毛が少しずつ抜け、立派な鳥の羽に生え変わり始めている。

 話で聞くグリフォンは、ハヤブサのような姿になる。首から上が白く、身体全体は茶色くなるはずなのだが、クウガは真っ白なままだった。


『ぴゅうるるるる……』

「うーん……まさか、突然変異か?」

『ぴゅい?』

「まぁいい。お前はお前だからな」

「お父さん何言ってんの?」


 やや荒れた道を進み、大きな川沿いに近付いた。

 川には鯉みたいな大きな魚がパシャパシャ跳ね、猛と杏奈を驚かせる。


「わぁ~……綺麗」

「ああ。デカいな……錦鯉みたいだ」

「あれはマダラスクラッシュ、肉食の魔獣魚だ。人間など川に落ちれば数秒で骨になるぞ」

「「…………」」


 シルファの容赦ない解説に黙りこむ猛と杏奈。

 マダラスクラッシュは、そんな二人に見せつけるように水面を飛び跳ねていた。


「じゃ、じゃあ行くか」

「うん。き、綺麗なことに変わりないし」

『あはは、この先も凶暴な魔獣が出てくるから、気を付けてねー』


 プリマヴェーラがケラケラ笑い、クウガの背中に飛びついた。

 

 ◇◇◇◇◇◇


 それから半日ほど進み、洞穴を見つけたのでそこに泊まることにした。

 シルファが凶暴な魔獣がいないか確認し、杏奈が強力な結界を張る。

 あとは夕飯の支度やテントを張り、いつも通りの野営が始まる。

 杏奈はすっかり夕飯係となり、シルファも協力して食事の支度をした。

 猛も、テントを張るのに慣れ、クウガに餌を与え、杏奈が買ったブラシで丁寧にブラッシングしてやる。すると、羽毛がぽろぽろ落ちていく。


「うーむ。やっぱり白い……成長はしてるんだがなぁ」

『ぴゅるる』

「おとーさんっ、ごはんできたよー!」

「ああ、わかった」


 テントの中にクッションを敷くと、クウガはその上まで飛んで収まり、スヤスヤと眠り始めた。寝る姿はバスケットにいたころと変わらない。

 サンドイッチにステーキ、スープの夕食を取りながら、シルファに聞く。


「ここからは集落や町の経由なしで、エルフの集落まで行けるんだったか?」

「ああ。この領土にはいくつかエルフの集落があるが、私たちが向かうのは集落の中でも特に大きな場所だ。近道も知っている」

「そこで、お母さんかもしれない人の情報を聞くんだよね?」

「ああ。シルファ、里長に話を」

「わかっている。任せろ」


 シルファは豪快にステーキを齧り、ワインで流し込んだ。

 猛もサンドイッチを齧りながら、カッシュの店で分けてもらった日本酒をキュッと飲む。サンドイッチと日本酒、なかなか合う。


「深雪……」

「大丈夫。きっと会えるって」

「ああ……そうだな」


 エルフの集落まで、あと少し─────。

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