第29話・父と娘、山越えとハーピー族

 森を抜けると、柔らかな日差しが猛たちの身体を包み込む。

 木々に覆われた森をついに脱出し、広い街道に出た……が、すぐ目の前に大きな山脈が見え、猛と杏奈はガックリした。

 シルファが空から降りて、猛に言う。


「冒険者の小屋どころか町や村もない。このまま山越えをするしかない」

「わかってる。シルファは山越えの経験があるんだよな?」

「ああ。五年ほど前に一度通った。少し険しい道もあるが、大丈夫だ」

「よし……じゃあ、行けるところまで行こう」

「お父さん、進む気満々だね」

「っふ……」


 猛はアクセルを吹かし、ハーレーダビッドソンの叫びを聞く。

 山越えは任せろ、そう言っているような気がして、猛のテンションも上がる。

 シルファは再び空に舞い上がり、猛たちを先導するように飛んで行き、猛もその後に続いて走り出す。

 

 森ゴブリン、ジャイアントカリブーと、森では魔獣に遭遇したが、恐怖は殆どなかった。むしろ、猛の中では昔の血が騒いでいた。

 暴走族時代、特攻隊としてケンカに明け暮れていた頃……幼馴染みの深雪に心配をかけつつ、青春時代を満喫していたあの頃を。

 怖い物などなかった。メンツや腕っ節だけが全てだったあの頃の記憶が……。


「お父さん!!」

「っと……な、なんだ?」

「なんだじゃない。さっきから呼んでるのに返事しないで……」

「ああ、すまんすまん。ちょっと昔を思い出していた」


 背中合わせの会話も、とっくに慣れた。

 杏奈は指揮棒みたいな杖を振ると、小さなシャボン玉が杖先からいくつも飛び出しては宙を舞う。これに驚いたのはプリマヴェーラだ。


『わぁ! なにこれなにこれ!』

「え、シャボン玉だけど……暇潰しの」

『しゃぼん、だま? すっごい透明で綺麗……うっひゃ!?』


 プリマヴェーラがシャボン玉に触れると、パチンと割れた。

 すると、空を飛ぶシルファも興味深そうに猛と並走する。


「美しい……アンナ、これはいったい」

「え、シャボン玉ですよ? もしかして知らない?」

「……?」

「杏奈、ここじゃシャボン玉は知られてないみたいだな」

「うん、驚いた」


 バイクに乗ったままシャボン玉を出すと、後方に飛んで行く。その光景を見ながらシルファとプリマヴェーラは頬を緩ませて飛んでいた。


「美しい……」

『ほんと、きれ~……』

「あはは。こんなのでよかったら何発でも……って!! シルファさんシルファさん!? なんかきた!!」

「む?」


 なんと、後方から 大きな鳥が……いや、人が飛んできた。いや……人手はない。人と鳥が合体したような、奇妙な生物だ。

 猛はバックミラーで確認し、ショットガンを抜く……が。


「待て、心配ない。あれはこの山に住むハーピー族だ」


 ハーピー。

 人間の身体に大きな翼、足は猛禽類のような爪があり、全身が体毛に覆われた、女性の姿をした種族だ。

 数匹、いや数人のハーピーが、ふよふよ飛ぶシャボン玉に興味を引かれ出てきたらしい。


「お父さんお父さん、ハーピーだよハーピー!! うわぁ~……すっごぉい!!」

「と、止まったほうがいいか? 挨拶とか」

「そうだな。せっかくだし挨拶していこう。普段は人前に姿を見せることは殆どない、ハーピー族の縄張りでもあるし、普段は何もしないが、姿を見た以上は挨拶くらいしたほうがいい」

「わかった。止まる」


 バイクを止めて降りると、数人のハーピーがバッサバッサと翼をはためかせながら猛たちの周囲を飛んだ。

 猛はガチガチに緊張しているが、杏奈はハーピーの神秘さに心奪われている。


「ねぇねぇ、この丸いふわふわ、なになに?」

「触ると破裂しちゃった!」

「面白いね、それにとっても綺麗!」

「はいはい! それ、あたしの魔法です!」

「お、おい杏奈!」


 怖い物知らずの杏奈は、ピョンピョン跳ねながらアピールする。するとハーピーたちが杏奈に群がり、わいやわいやと質問攻めだ。


「すごいすごい! ねぇあなた、もっと出せる?」

「もちろん! いきますよー……そぉぉれっ!!」

「きゃあっ!」「すごーい!」「ふわふわ、いっぱーい!」


 杏奈はたくさんのシャボン玉を生み出した。

 何十何百どころじゃない、数千数万個のシャボン玉を、見渡せる範囲いっぱいに生み出したのだ。

 ハーピーだけじゃない、シルファもプリマヴェーラも驚き、シャボン玉を知っている猛も、この幻想的な景色に心奪われた。


「すごい……これが、マホウ」

『ふわぁ~……長く妖精やってるけど、こんなの見たことないわ』

「すごいな……どこぞのパーティー会場みたいだ」


 殺風景な山の景色を彩る、数万のシャボン玉。

 ハーピーたちは大満足。普段は人前に出ないと言われているが、杏奈に興味を持ったのか、こんなことを言った。


「気に入ったわ。あなた、お名前は?」

「あたし、魔法使いの杏奈です!」

「アンナね。いいものを見せてくれたお礼に、この山の頂上まで運んであげるわ。もちろんお仲間さんたちも!」

「え、ほんと!?」

「うん! このふわふわ、すっごく綺麗だったし!」


 猛とシルファは顔を見合わせる。


「シルファ、こんなことってあるのか?」

「いや、ハーピー族が人間を運ぶなど聞いたことがない。よほど気に入られたようだ」

「よ、喜んでいいんだよな?」

「ああ。頂上まで運んでくれるというのなら受けるべきだ。登りの道中、危険な箇所もいくつかあるからな」

「お父さん、シルファ、ハーピーさんたちが運んでくれるってさ!」


 こうして、杏奈のおかげでかなり楽ができた一行だった。


 ◇◇◇◇◇◇


「う、おぉぉぉぉぉぉぉ……こ、これは」

「はいはい、おじさん動かないでねー」

「うわぁぁ~……すんごぉぉぃ……」

「でしょう?」


 猛と杏奈は、ハーピーに運搬してもらっている。

 ハーピーがロープを持ち、そのロープに腰掛ける。つまり、ブランコに乗るように空を飛んでいた。

 猛は落ちたら死ぬと恐怖していたが、杏奈は無邪気にはしゃいでいる。ちなみにシルファはクウガを抱っこしながら、ハーピーの後ろを飛んでいた。


「かなり近道になったね!」

「あ、ああ……思いも寄らない近道だがな……」


 ハーピーのおかげで、数日かかる頂上までの道を、たった一時間のフライトで到着することができた。

 杏奈の魔法がこんな形で役に立つとは。猛はそう思い、無邪気に笑う杏奈を見て苦笑した。


 エルフの集落はまだまだ先だ。


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