第四章・聖王国ホーリー

第40話・父と娘、夜の話

 目的地はエルフ族の港。

 猛のハーレーは、荒れ道を進む。不思議とアクセルに力が入り、いつもより早い速度で走っていた。

 シルファ曰く、港まで三日ほどの距離。だが猛は、一日でも早く港に向かい、聖王国ホーリーへの船に乗りたかった。

 一日でも遅れてしまえば、深雪の手がかりが消えてしまう。そんな焦りがどこかにあったかもしれない。

 だが、オババのくれた情報は五年も前の話だ。深雪が聖王国ホーリーにいる保証はないし、深雪と一緒にいたチームメンバーもすでにいない可能性がある。

 猛は、それでも急いでいた。


「お父さん、おとーさん!!」

「ん、ああ……どうした?」

「どうしたじゃない!! 安全運転してよ、危ないってば!!」

「あ、ああ……すまん」

「もう、焦らなくたって大丈夫だって!! お母さんの情報は五年も前の話なんだよ?」

「…………」


 だからこそ、急がなくてはならない。

 深雪の情報が消えてしまう前に、深雪のいる可能性がある聖王国ホーリーへ。

 すると、空を飛ぶシルファがスイーっと下りてきた。

 猛はバイクを止める。


「タケシ殿、焦る気持ちはわかるが……そろそろ野営をしよう」

「いや、まだ進める。まだ明るいぞ」

「ダメだ。ここから先は見通しが悪い。安全を考えるならここで野営をして、明るくなってから出発するべきだ」

「しかし……」

「お父さん、いい加減にしなよ……あたしやシルファだっているんだよ? 自分のことばっかり考えてないでさ……」

「…………すまん」


 猛は謝り、バイクのエンジンを止めた。


 ◇◇◇◇◇◇


 夕食を終え、猛はテントに入った。

 クウガはすでに寝ている。


「…………深雪」


 ようやく摑んだ手がかり。

 深雪が死んでから、杏奈との会話は目に見えて減った。

 慣れない火事に奔走し、会社に勤め、趣味を捨てた。杏奈も家では喋らず、父と娘の時間はほとんどないと言っても過言ではない。

 でも、異世界に来て深雪が生きていると知り、杏奈は子供の頃みたいに笑うようになった。猛も、杏奈と家族のような時間を取り戻せてうれしかった。

 やはり、深雪がいないと……猛はダメなのだ。

 

「お父さん、入るよ」

「……ん、ああ」

「ちょっと話ある」

「…………」


 杏奈が猛のテントに入ってきた。

 モコモコした寝間着に着替えており、寝ているクウガに手を伸ばして一撫でした。

 猛は起き上がり、杏奈と向かい合う。


「お父さん、お母さん大好きだね」

「は?」

「ん~……お父さんってさ、お母さん死んでからず~っと苦しそうにしてて、あたしにかまけてる余裕なかったでしょ? あたしもお母さんのことしか考えてないお父さんのこと嫌いだったし、ろくにしゃべりもしなかったけどさ……」

「あ、ああ……そ、そんなことは」

「ある。お父さん、お母さんのことばっかり考えてた。お母さんが死んだのに納得してなくて、毎日泣いてた……そんなお父さんがあたし、嫌いだった」

「…………」

「でも、今はもう違う。お母さんのことだけじゃない、あたしのことも見てくれてる。きっと、お母さんが生きてるって知って、余裕出来たからだよね」

「む……」

「だから聞いておきたいの」

「…………」


 杏奈は、猛の目をまっすぐ見て言った。


「お母さん、どうなってても受け入れられる?」

「……え」

「お母さん、こっちの世界で結婚してるかもしれない。お婆ちゃんや子供って線は消えたけど……どんな状況でも、受け入れられる?」

「…………」


 オババは、五年前の深雪は『少女』だったと言った。情報が不完全で年齢などはわからなかったが、老婆や子供ということはない。猛と同年代か、年下かもしれない。

 記憶と容姿はそのままで、人生をやり直している深雪は、結婚して子供がいる可能性だってある。先送りした問題が、目の前に現れた。


「…………」

「お父さん、お母さんを……祝福できる?」

「…………わからん。でも、俺は深雪に伝えたいことがある。ずっと言えなかったことが……それを伝えれば、たぶん」

「はぁ~……一途だね」

「お前にもいつかわかるときが来るさ……」

「ま、いいや。とりあえず、聖王国ホーリーまでには考えといてよね。あたし、お母さんに会いたいけど、今の幸せを壊してまで会いたいとは思ってないからさ」

「…………」

「じゃ、おやすみ」


 杏奈はテントから出て行った。

 今の幸せ……そう、深雪にも今の幸せがある。

 それを壊すかのしれない。それでも、猛の内に秘めた言葉を伝える必要はあるのだろうか。


「…………」

『ぴゅうるるる……』


 猛は、誤魔化すようにクウガを撫でた。


 ◇◇◇◇◇◇


 それから、魔獣に遭遇することなくエルフの港に到着した。

 港というより農村に近い。だが、停泊している船は立派な物で、船体の両脇に巨大な水車が付いていた。どうやら駆動術で動かすらしい。

 

「オババの紹介状があるから、一等客室に入れるぞ」

『えへへー、オババは風エルフの最高権力者だからね。水を司る水エルフにも顔が利くのよ!』

「水エルフ……ああ、髪が青いな」


 港にいるのは当然エルフ。だが、シルファと違い髪が青い。瞳も青く、海のようにキラキラ光っていた。

 

「聖王国ホーリーまで10日ほど船の上だ。買い出しを済ませて乗船するぞ」

「ああ、わかった」

「船旅楽しみ~♪」

『ねぇねぇ、お菓子買って!』

『ぴゅいーっ!』


 聖王国ホーリーまで、あと十日─────。

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