お父さん、異世界でバイクに乗る〜妻を訪ねて娘と一緒に〜
さとう
第一章・異世界へ
第1話・父と娘、異世界へ
目玉焼きの焼ける音、お味噌汁の香り、炊きたてご飯のフワッとした香り。
時間は朝の六時半。3LDKマンションの一室に、一人の中年と一人の女子高生が暮らしていた。
料理を作るのは父。家事にはもうすっかり慣れ……ていない。
目玉焼きは形が崩れ、味噌汁はインスタント、炊きたてご飯は水が多すぎたのか、少しベちょっとしている。
家事は専ら父の仕事。華の女子高生である娘は、洗濯機一つ回してくれない。だが、父は文句一つ言わず、家事を淡々とこなしていく。
「よし……おーい
「……んー」
少しクセのついた濡羽色の黒髪をなでつけながら、このマンションの住人である
マンションから電車で四駅先にある女子校に通っており、手にはスマホが握られている。父の
「いただきます」
「んー……」
杏奈は、スマホを弄ったまま朝食を食べ始める。
インスタント味噌汁に、形の崩れた目玉焼き、袋を開けただけのサラダは、もう武内家ではお馴染みの物。
朝食を終えると、杏奈はさっさと家を出てしまった。テーブルに残された食器もそのままに。
「…………あ、洗濯物」
洗濯機を回していなかった。だが、猛の出社時間も迫っている。
「まぁ、明日休みだしいいか」
食器を流しに入れ、仕事道具の詰まったカバンを取る。
そして、杏奈が向かった同じ駅に向かおうとして……部屋の隅にある仏壇を見た。
「……いってくるよ、深雪」
猛の亡き妻、深雪。
妻の死から10年……彼は未だに立ち直れずにいる。
◇◇◇◇◇◇
猛は自転車で駅まで向かい、そこから電車で会社に向かう。
仕事は何の変哲もないサラリーマン。給料はそこそこいいが、毎日同じことの繰り返しで、38歳になっても働くのが嫌になる。
だが、娘の杏奈の大学費用、将来に向けての貯金はしておきたい。猛にも趣味はあるが……妻の死をきっかけに止めてしまった。
「ん?……おかしいな」
駅に到着したが、非常に混んでいる。
電光掲示板を見ると、どうやら脱線事故があったらしい。30分以上の遅れが出ているそうだ。
「参ったな……」
駅の入口で待っていても、電車が動く気配がない。
会社に連絡しようとポケットに手を入れ……。
「…………はぁ~、スマホ忘れた」
玄関に、スマホを置きっぱなししていたことを思い出す。
さて、家に戻ろうかと悩んでいると……。
「ん? あれは杏奈か……あ、そうだ」
娘の杏奈が、一人でスマホを弄りながら駅の入口の壁に寄りかかっていた。
娘からスマホを借り、会社に連絡しよう。そう思い、猛は娘の元へ。
「おーい杏奈、おーい」
「んん? あれ……なに?」
杏奈は、口をモニュモニュさせていた。どうやらガムを噛んでいるようだ。
猛は申し訳なさそうに言う。
「すまん、スマホを玄関に忘れたようでな……会社に連絡したいから、お前のスマホを貸してくれないか?」
「…………ま、いーよ。ほい」
「ああ、ありがと――――
次の瞬間、暴走したタクシーが猛と杏奈を壁に押しつぶした。
◇◇◇◇◇◇
――――――すまない。
ふと、そんな声が聞こえた。
――――――全て、私のミスだ。
男の声。
猛は、何が起きたのかわからなかった。
目を開けると、真っ黒な空間にいた。
「う……っつ、なんだ?」
「うぅぅ……」
「っ……あ、杏奈!? しっかりしなさい、杏奈!?」
「う……あ、あれ、お父さん?」
「杏奈……よかった」
「?……ここ、どこ?」
その質問に、猛は答えられない。
真っ黒な空間に父と娘の二人だけ、荷物も消えていた。
「なにこれ、なにこれ!? あれ、なにがどうなったの? ねえ!!」
「お、落ち着きなさい、杏奈!!」
杏奈を落ち着かせようと肩に手を置くと、声が聞こえてきた。
『本当に、申し訳ない……』
「え……」
「だ、だれ……?」
『私は、生と死の神ルシド。きみたちの世界において命の循環を司っている』
現れたのは、この黒い世界で唯一の白と言うべき存在だった。
白い肌、白い髪、長い耳、眼は真紅に輝き、まるでアルビノのような男性だ。着ている服は民族衣装のようにも見える。
「お、おじさん……だれ?」
『ルシド、そう呼んでくれ、アンナ』
「え、あ、あたしの名前……」
『私は、きみたちの世界の命を循環させる役目を担っている。全ての生命の名を把握しているのは当然だ』
ルシドは、にこやかな笑みを浮かべるが、どうみても人間らしく見えない。猛は警戒し、杏奈の前に立つ。
『タケシ……きみには謝っても謝りきれない』
「……あの、ここはどこですか? 俺と杏奈は、どうなったんです?」
『……全て、私の責任だ』
「どういう……」
すると、漆黒の地面が明るく輝いた。
そこには、見覚えのある建物、人、そして……。
「な……」
猛と杏奈は驚愕した。
見慣れた駅は、地獄と化していた。
高齢者タクシー運転手による暴走事故により、二人の男女が死傷した。高齢者タクシー運転手は逃走しようとしたが取り押さえられ喚き、即死と思われし男女が2名、救急車によって運ばれていく。
その2名は――――――。
「見るな杏奈ッ!!」
「っひ……」
見覚えのある、なんてもんじゃない。
どうみてもそれは、猛と杏奈だった。
猛は杏奈を抱きしめ、悲しげに目を伏せるルシドを睨む。
「あ、あんた……こんなの見せて、どういう」
『死んだのだ、きみたちは……だが、きみたちの命はまだ、循環の流れに組み込むには、運命から逸脱している。これは私のミスだ……二度目の、ミスだ」
「何を、言って……」
『受け入れてくれ。タケシ、アンナ……きみたちは、死んだのだ』
猛は頭を抱え、杏奈は呆然とした。
◇◇◇◇◇◇
『きみたちの死は、予定外のことなのだ』
ルシドがそう言うと、呆然としていた猛と杏奈は顔を上げる。
「予定外? どゆこと?」
『そのままの意味だ。本来、きみたちはここで死ぬハズではなかった。だが、過去の因果の流れがここできみたちに影響を及ぼしたのだ』
「どういう、ことだ?」
『……本当に、すまない』
ルシドは、再び頭を下げた。
そして。
『武内深雪……彼女の死が、きみたちの因果を狂わせ、迎えるはずのない死を迎えてしまった』
猛は、無意識にルシドに手を伸ばすが、スルリと抜けてしまう。
まるで立体映像。そう思う間もなく、猛は手を伸ばす。
『聞いてくれ、大事な話がある』
「深雪……深雪の死が、なんだって!?」
『落ち着け、説明する』
「ちょっと、やめなってば、ねぇ!!」
「……杏奈」
杏奈が、猛の腕を掴んで制止させる。
ルシドは頷き、説明を始めた。
『武内深雪、彼女は本来、老衰で死を迎える予定だった……が、私のミスで、死を迎えてしまった』
「ッ!!」
「やめなって!!」
『だから私は、ミユキに第二の生を与えた。私が管理する世界で、新しく生まれ変わったのだよ』
「え……み、深雪が?」
『ああ。私の管理する、私の世界だ。そこでは私の意のまま……と言っても、直接の干渉はできないがね』
「それで?」
『きみたちを、そこに送りたい。望むなら、特殊能力を付加しよう。何でも思いのままだ』
「え、マジ? それって、チート能力ってやつ!?」
『ああ』
すると、再び地面が明るくなり、航空図のような景色が広がった。
『規模は地球と同程度、文明レベルは地球の中世といったところか。きみたち風の言葉で言えば、魔獣やダンジョン、魔法や剣の世界だ』
「す、スッゴい……うそ、じゃあ、冒険者みたいなのもいんの?」
『ああ。いる』
「すっご! じゃああたし、すっごく強い魔法使いにして!」
『わかった』
「…………」
猛は、ルシドを睨む。
「深雪は……深雪は、この世界にいるのか?」
『ああ。どこにいるかはわからんがね』
「……会えるのか?」
『記憶は受け継いでいる。本人の希望で、成長しても『武内深雪』のままの姿だ』
「…………」
『どうする? きみは……なにを望む?』
猛は、亡き妻の顔を思い出す。
猛は昔、暴走族に入っていたことがある。
深雪は幼馴染みで、猛のバイクに乗りたいと言ったことがあった……でも、当時の猛は『俺のバイクに女は乗せない』と言って、乗せなかった。
結婚して子供が生まれ、20代後半になり……結局、気恥ずかしくて深雪を乗せることがなかった。
そして、深雪は事故で死んだ。
バイクに乗せてやることもできず。
一度でいいから、タンデムシートに乗せて、海辺のツーリングがしたかった。
「……バイクに、乗りたい」
「は?」
『バイク……どれどれ』
ルシドは掌を猛に向け、頷く。
『わかった。いいだろう……きみの中にあるバイクのイメージを掴んだ。望み通りの物を与えよう』
「………ああ」
「え、ちょ、バイク?」
『では、異世界で第二の生を楽しんでくれ……さらばだ』
「え、バイクって……え!?」
黒い世界が純白に染まっていく。
猛と杏奈の異世界生活が始まる。
死んだこと、運命、何もかもわからない。でも、猛の中には一つの目的が生まれた。
もう一度、妻に……深雪に会いたいという思いが。
◇◇◇◇◇◇
新作公開しました!
最弱召喚士の学園生活~失って、初めて強くなりました~
https://kakuyomu.jp/works/1177354054921002619
久しぶりに新作公開です。
召喚獣、召喚士、学園モノです。
よかったら見てね!
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