第2話・父と娘、異世界に降り立つ

 蒼い空、白い雲、風に乗って香る草木……。

 まばゆい光から眼を覚ますと、猛と杏奈は広大な草原に立っていた。


「う、わぁ……ここ、異世界なの?」

「そう、らしい……日本、じゃないよな……?」

「あ、見て!!」


 杏奈が空を指さすと、プテラノドンみたいな鳥?が飛んでいた。

 それだけじゃない、地上にはツノの生えたウサギが、群れで跳ねていた。


「なんだあれは……」

「わぉ、異世界って感じ~♪」

「杏奈、気を付けろ。どうやらここは―――「ファイア!!」


 杏奈が手をかざし「ファイア」と唱えると、掌から火球が飛び出した。

 大きさはバレーボールほどで、大砲で撃ち出したような速度で飛び、近くの岩に激突するとそのまま消えた。


「…………」

「すっげ! マジで魔法じゃん! あの白い神様、マジのマジで神様じゃん!」

「…………杏奈」

「ねぇねぇ! すごくない?」

「杏奈!!」

「わっ……なに?」


 猛は、杏奈を叱った。


「危ないマネをするな!! ああもう、これが現実というのはわかった。でもな、今の火の玉?で、危険な動物が寄ってきたらどうするんだ!! 命の危険だってあるんだぞ!!」


 今さらだが、猛と杏奈は丸腰だった。

 杏奈は女子校の制服で、猛は出社途中なのでスーツのままだ。異世界ということは受け入れるしかないが、情報の少ない状況で、迂闊な行動は命取りだ。

 杏奈はぶすくれていた。


「はぁ~……わーったよ、じゃあどーすんの?」

「とりあえず、ここがどこか調べよう。全く、こんな草原に送ってくれるとは、ルシドとかいうやつ、気が利かないな」

「どこか調べるって、どうやって? ドローンでも飛ばすの?」

「そんなのあるわけないだろう。地道に歩……」


 ここで、猛はようやく思い出す。

 歩く必要なんてない。杏奈が炎を……魔法を使ったなら、自分にもあるはずだ。

 杏奈も察したのか、ぶっきらぼうな声で言う。


「あのさ、バイクがあるんじゃね? 出してよ」

「ああ、オレもそう思ってた」


 猛は、手をかざして念じる。


「バイク、来い」


 地味な掛け声でも、反応してくれた。

 すぅーっと、地面から金属の塊が……バイクが現れたのだ。


「おぉ……」

「うわっ……なにこれ?」

「バカ!! ハーレーダビッドソン・ファットボーイを知らんのか!? おぉ、このショットガンマフラー……素晴らしい!!」

「…………バイク、詳しいの?」

「ん? ああ、昔ちょっとな……」


 バイクに頬擦りしそうな猛にドン引きする杏奈は、あることに気が付いた。


「ねぇ、なんかあるよ?」

「ん?……こ、これは!? まさか、そうか!! オレの記憶から再現したって言ってた……そういうことか!!」

「は?」


 バイクには、一丁のショットガンとハンドガンが差してあった。それだけでなく、黒いジャケットにブーツ、ズボンと、なぜか服までセットであった。


「サングラスまであるし……マジでなにこれ?」

「ああ、これはな。父さんが大好きだった映画で使われたバイクなんだ。未来から来たロボットが過去を……「あー言わなくていいよ。それで、どうすんの?」

「もちろん、着替えるさ」

「…………」


 猛のテンションが高く、杏奈はちょっと付いていけなかった。

 娘の目の前で着替える猛。当然、杏奈は気持ち悪そうな眼で猛を見て目を逸らし、スーツは適当に畳んで、バイクに付いていた防水カバンに入れた。


 全身を黒いジャケットとブーツで固めた猛。

 ニコニコ顔の猛は杏奈に聞く。


「どうだ、似合うか?」

「……びみょー」

「む、ならこれでどうだ?」


 サングラスを掛けるが、どうにも杏奈は気に入らない。 

 なんというか、髪型が頼りないのだ。適当すぎる七三分けは、ジャケットやブーツと全くマッチしていない。短く切りそろえ、立てた方が絶対に似合う。


「ぜんぜん似合ってない。髪型キモいせいかも」

「……そ、そうか。床屋なんてないよなぁ」

「あるわけないじゃん!! あ、町に行けばあるんじゃない?」

「町……そうだな、町を探すか。よーし、じゃあ乗れ!!」

「え」


 猛はハーレーダビッドソンに跨がり、エンジンをかける。手慣れているように見え、杏奈はちょっとだけカッコいいと思った。


「懐かしい、この感じ……まさか、異世界でバイクに乗れるとは」

「メットはー?」

「アメリカでは必要ない」

「ここ異世界なんだけど……」


 拳銃をズボンに挟み、ショットガンをバイクに差す。こうすると、映画の主人公になったようで、猛のワクワクは止まらない。

 杏奈は、密着するのが嫌だったので、背中合わせでタンデムシートに座った。


「じゃあ行くか。異世界の冒険へ!!」

「テンションあたしより高いんですけどー」


 ギアを入れ、バイクは走り出す。

 

「ちょ、いったいいったい! 振動でお尻いったい!」

「はははははっ、すぐに慣れる! 飛ばすぞ!」

「ちょーっ!?」


 父のバイクに乗った娘の抗議は、テンションの高い父に聞こえていなかった

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