第38話・父と娘、エルフの長オババに話を聞く
この日は、シルファの家に一泊した。
ジョロウグモや倒した魔獣は全て、エルフの集落に寄付すると猛は夕食の席で言い、シルファの兄ファリオから大いに感謝される。
猛としては、魔獣の報酬や部位などどうでもいい。この集落に来た理由はたった一つ、深雪かもしれない黒髪の女性の情報を得ることだ。
猛は、ファリオの持つ徳利からお猪口で酒を受ける。
「さ、飲め飲め。男のエルフ料理で申し訳ないが、今夜はゆっくりしてくれ」
「ありがとうございます。っとと」
「エルフのコメ酒が気に入ったようだな。土産にたんまり持って行け」
「いやはや、感謝しかありません」
「ははは。ジョロウグモだけでなく、魔獣を残らず寄付するとは、なかなかできることじゃない。感謝の気持ちだ」
猛は一度、討伐した魔獣を全て家の前に並べ、ファリオを驚かせた。
収納がなければ持ち運べないこれだけの魔獣を、綺麗な状態で運んでいることや、それらをあっさり手放す猛の度量に感激していたのである。
シルファと杏奈は、男二人が酒盛りで盛り上がっているのを見ていた。
「なんかすっかり仲良しだねー」
「兄上も酒好きだからな」
杏奈は酒盛りの男たちを見てから、部屋の隅に敷いたクッションに転がるプリマヴェーラと、同じく風の妖精ウィンカースを見ていた。
『なぁプリマヴェーラ、夜風を浴びに行こうぜ』
『長旅で疲れたのよ。明日にしてちょうだい』
『なんだ、明日なら付き合ってくれるのか?』
『ええ。いいわよ。久しぶりにいっぱい風を浴びたいし、デートしましょ』
『さすが愛しのプリマヴェーラ。愛してるぜ』
『私もよ、ウィンカース』
なんと、プリマヴェーラとウィンカースは恋人同士。
妖精の恋人などロマンティックだなと思い、声をかけるのを躊躇うが……妖精二人がクッションにしているのは、満腹で寝ているクウガだ。
「シルファシルファ、この村に妖精いない?」
「いるけど……人間とは契約しないぞ。そういう決まりだ」
「はぁ~……残念」
杏奈のパートナーは、しばらく見つかりそうにない。
◇◇◇◇◇◇
翌日。
猛と杏奈はファリオとシルファに案内され、エルフの集落最奥にある古い神社のような家に連れてこられた。
神社の前でファリオとシルファは跪き、両手を合わせた。
「オババ様。客人を連れてまいりました」
「オババ様の知識を必要としています。この客人はエルフの集落に富をもたらしてくれました。ぜひ、オババ様の知恵を貸していただきたい」
猛も跪き、ぽけーっとしていた杏奈も慌てて跪く。
すると、神社の観音扉がゆっくりと開き、中から一人の老婆が現れた。
「ふんむ……わしの知恵を必要とする若者よ、入りなさい」
鳥の羽で作った帽子、魔獣の毛皮や骨で作ったローブ、手にはねじくれた枝のような杖を持ち、細い眼は閉じられて見えない。銀色の髪を束ねた長い耳を持つ、エルフの老婆だった。
猛は頭を下げ、迷いなく神社の中へ。杏奈も慌てて後に続き、シルファとファリオも続く。全員が中に入ると、神社の観音扉はゆっくりしまった。
神社の中は香油が炊かれ、甘ったるい香りをしていた。
そして、羽の生えた小さな老人が座布団に座っている……間違いなく、妖精だ。
エルフの老婆はせんべいみたいな座布団に座り、猛たちも座った。
「して、何を聞きたい?」
「この集落に来た人間についてです。五年ほど前、数名の人間グループがこの村に来たと聞きました。そこに、この子とそっくりな黒髪の女性はいたでしょうか……!!」
猛の口調は早く、いつの間にか荒くなっていた。
ファリオが咎めようとしたが、エルフの老婆はクックと笑って手をかざす。
「大事なんだねぇ……無礼な口調も不思議と心地いいわい」
「あ……も、申し訳ございません!!」
「ふふ、五年ほど前……ああ、確かに来たねぇ。遺跡調査をしにきた冒険者だった」
「!!」
猛の心臓が早くなる。止まってしまいそうな緊張だった。
「ああ、似とる似とる。黒髪の娘、その子にそっくりじゃ……不思議な僧侶でな、怪我をしたエルフの若者を無償で治療したり、子供たちと遊んで懐かれていたわい」
「…………な、なまえ、は」
「名前、名前……確か、あの子は、クリント、ロッズ、シェイナ、エミリー……」
「…………」
全く知らない名だった。
猛は歯噛みし、俯き─────。
「ああ、そうそう、黒髪の…………ミユキ、じゃった」
顔を上げ、エルフの老婆に向かって駆けだそうとし、ファリオに取り押さえられた。
杏奈も目を見開き、シルファも驚く。
ファリオに押さえられた猛は、絞り出すような声で言った。
「ど、どこに、その人はどこに!!」
「ファリオ、離してやりなさい。くくく、若い情熱、いい気分じゃ……あたしまで若返った気分になるよ」
「承知しました。タケシ殿、暴れないでくれ」
「す、すみません……それで、その人は、深雪はどこに!?」
「ああ、そいつらなら、ここから東にある聖王国ホーリーに帰還すると言ったよ。遺跡調査が終わり、チームを解散するとか言ってたねぇ」
「聖王国ホーリー……どこだ!?」
「落ち着け、タケシ殿。今地図を広げる」
ファリオが地図を広げ、現在位置のエルフ集落をマーキングし、聖王国の位置にマーキングした。
地図上で見ると、かなりの距離がある。
「ふむ、陸路だと厳しい、海路を使ったほうがいい」
「海か……」
「ああ。エルフの集落を北上するとエルフ族の港がある。そこから聖王国行きの船が出ているはずだ」
「……ありがとうございます!!」
「ちょ、お父さん!?」
猛は立ち上がり、オババに思いきり頭を下げた。
深雪の手がかり、かなり重要な情報を手に入れた。
深雪はやはり冒険者だった。聖王国に向かえば何か手がかり……いや、深雪に会えるかもしれない。
「杏奈、悪いがエルフの集落を観光するのは諦めてくれ。準備ができたら出発する」
「……はぁ~、わかったよ。お父さん」
父と娘の旅はまだ続く。だが、ゴールは見えてきた。
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