第13話・父と娘、コボルトの集落へ到着。

 森を抜けた。

 吸血蜂は追ってこない。アランの落ち着き様から、たいした脅威ではないようだ。

 バイクを止め、後ろにいるマックスを待つと、ほんの一分ほどでやってきた。

 マックスは猛の隣に止まると、くぅーんと唸る。


「『速いな、負けたぜ』、だそうです。ははは、タケシ殿、マックスに認められたようですぞ」

「そりゃ嬉しいですな。ありがとう、マックス」

『うぉん!!』


 吸血蜂の脅威を乗り越え、猛は再びバイクを走らせる。

 目的地は、森の先にある冒険者小屋。そこで一泊して先へ進み、次の冒険者小屋で一泊。その後、コボルトの集落へ到着というルートだ。

 吸血蜂の脅威を過ぎれば平和なもので、魔獣などは現れない。

 異世界の風景を満喫しながら走り、本日の宿となる冒険者小屋に到着した。


「ふぅ、到着ですな」

「はい。お疲れ様です。マックスも」

『うぉうっ!!』


 冒険者小屋の造りは全て共通。最初に泊ったところと同じだ。

 アランたちは荷物を降ろし、小屋の隣にある厩舎にマックスを入れる。するとマックスはごろりと寝ころび、すぐに寝息を立て始めた。


「か、かわいい~♪ ねぇお父さん、マックス可愛い!」

「そうだな。一緒に寝ころびたくなる」

「だね~」


 アランたちの荷物運びを手伝い、夕食の支度をする。

 今日もコボルト料理だ。杏奈も手伝い、猛は代わりに酒を提供した。

 昨晩と同じく、男二人は飲みすぎてダウン。女だけの時間が過ぎて翌日。再び出発した。


 コボルト親子との旅は、猛と杏奈にとって新鮮だった。


 ◇◇◇◇◇◇


 そして、ついにコボルトの集落に到着した……。


「ここが、コボルトの集落へ向かう入口です」

「ここが?……森、ですかな?」

「ええ。コボルトは森に集落を作るのですよ」

「へぇ……」


 到着したのは、何の変哲もない森の入口。だが、人の出入りが多い森の入口だ。

 コボルトはもちろん、人間や他の獣人たちも多く出入りしている。さらに、森の奥から楽し気な音楽も聞こえてきた。

 猛は、アランの荷車近くにバイクを止め、こっそりと収納する。バイクはあまり人目に付かないようにしたかった。

 すると、杏奈とシェイニーが荷車から降りてきた。


「なんかめっちゃ楽しそうなんですけどっ!」

「アンナちゃん、一緒に出店を回ろう!」

「うんっ!」

「あ、待て杏奈!」


 杏奈は、シェイニーと一緒に行ってしまった。

 すると、アランが荷車から下り、ドロミアも下りてくる。


「はは、シェイニーも一緒ですし大丈夫でしょう。タケシ殿、私とドロミアはマックスと荷車を置いてきますので、先に行っててもらってよいですかな?」

「え、ええ。わかりました」

「では。後ほど」

「失礼しますね、タケシさん」


 アランとドロミアは行ってしまった。

 専用の駐車場でもあるのかと猛は思うが、とりあえず杏奈とシェイニーの元へ向かおうと歩き出す。

 人間、獣人、コボルトが森の奥へ歩いていく。アランのような荷車に乗ったコボルトや、マックスのような大型犬を連れたコボルトもいる。大型犬の犬種も様々で、柴犬やブルドッグの大型犬もいた。


「観光客か……すごい数だ」


 人間の観光客だろうか、森に向かうグループもたくさんいる。

 カバンを背負い、カタログのような羊皮紙を見る夫婦、若い少年少女たち、老人会のようなグループと、みんな楽しそうに歩いている。

 森の道を進み、音楽や喧騒が大きくなってきた。

 そして────────。


「お、おぉぉ……これが、コボルトの集落か!」


 そこは、森の町だった。

 ログハウス風の建物や、木の上にあるツリーハウス、かまくらのようなドーム型の家もあれば、大きな葉を組み合わせて作った屋台のような物もあった。

 広場は本当に広い。たくさんの出店やパフォーマーがいる。この広場だけで何千人いるのか猛にはわからない。

 

「集落というか、一つの町じゃないか……すごい」


 これだけの規模なのに、森の中を思わせる。

 大型犬が当たり前のように闊歩し、ブルドッグの大型犬の背にシートを敷いて乗っている人もいる。

 焼いたトカゲ串を手に持ち談笑する若者グループや、丸太の椅子に座り同じく丸太のテーブルに屋台飯を並べて笑う家族、コボルトの曲芸師によるジャグリングに集まる獣人たち……どれも、猛が知らない光景だ。


「って、俺一人か……う、急に心細いな」


 日本ならともかく、ここは異世界。

 しかもいろんな種族が集まるお祭りだ。早く杏奈を探そうと思う猛。


「と、その前に……腹が減った」


 今日は、コボルト祭りの日ということで、朝食を軽めに、昼食は芋団子一個しか食べていない。せっかくだし、猛も腹ごしらえすることにした。


「さて、俺も楽しむか。深雪にいい土産話ができそうだ。それに、深雪もここに来ているかもしれないからな……」


 ◇◇◇◇◇◇


 猛は、財布の中身をチェックする。

 杏奈の服とスーツを売ったお金が50万ドナ。10万は杏奈の服で消え、20万ドナずつ杏奈と分けた。

 財布の中には、一万ドナ札が20枚ある。杏奈曰く、物価は日本と変わりないそうだ。なので、一万ドナ札あれば豪遊できるだろう。

 あちこちからいい香りがする。せっかくなので、異世界の出店を満喫したい。


「お、あれは……」


 猛が最初に目を付けたのは、コボルトが営業する酒屋だ。

 立ち寄ってみると、甘い香りがした。


「へいらっしゃい! 兄さん、一杯どうだい? 一杯たったの200ドナだ!」

「安い。ところで、これは?」


 笹の葉みたいな葉を編んだカップに、どぶろくみたいな液体が入っている。

 匂いからして酒のようだ。


「こいつは森で育てた『オズの実』を発酵させて作る酒さ。コボルトの間じゃ普通に飲まれるが、人間や他種族には珍しい飲み物みたいでね。けっこう美味いぜ? 一杯どうだい?」

「じゃあ一杯。それと、万札で申し訳ないが……」

「ヘイ毎度っ!」


 たった200ドナの飲み物に一万ドナ札を出すのに抵抗したが、店主のコボルトは特に気にしていなかった。日本だと舌打ちされるかもしれない行為なのに。

 おつりは日本と同じだ。千ドナ、五千ドナ、そして硬貨。計算しやすく、猛にとってありがたい。

 笹っぽいカップを受け取り、質問した。


「あの、この入れ物は?」

「ああ、使い捨てだから町のゴミ箱に捨てていいよ。オズの葉で作った入れ物にオズの実の酒、全て自然の物だから捨てても土に還るのさ」

「おぉ……」


 日本ではありえないエコに、猛は感動した。

 さっそくオズの実酒を口に入れると……。


「ん、甘いな。甘酒みたいだ」


 けっこうな甘さだ。酒と言うより甘酒、ジュースに近い。

 こう甘いと、冷えたビールで喉を潤したくなる。それと、塩気のある肉を豪快に齧りたい。そう思い、キョロキョロ周囲を見渡し……。


「あ、お父さん」

「杏奈!?」

「よかったぁ。シェイニーちゃんとアランさんたちが宿を紹介してくれたよ。お父さんを探してたんだけど、まさかお酒を飲んでるとは……」

「の、喉が渇いたんだ。それより、アランさんたちは?」

「うん、宿に荷物置いて、家族で回るってさ。あたしも誘われたけど遠慮しちゃった。せっかくの家族旅行だしね」

「そうか。じゃあ杏奈、俺と回るか?」

「うん、お腹減ったし。あとさ、あっちにすっごい大きなカフェあったの! 行こう行こう!」

「はは、わかったわかった」


 父と娘、コボルト祭りを楽しむのはこれからだ。

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