第14話・父と娘、祭りを満喫
杏奈と猛は一緒に歩き出す。
人の喧騒やパフォーマーの動き、コボルトの音楽隊が奏でるメロディやイベントの様子を眺めながら歩く。
「お父さんお父さん、あれ見てあれ! コボルトグラップルだって!」
「ん、どれどれ」
木製の囲いの中に、上半身裸でハーフパンツを履いただけのコボルトが、総合格闘技をやっていた。
上半身裸だがモフモフだ。でも、鍛え抜かれているのか肉の盛り上がりが普通とは違う。
コボルトの犬種? も、ブルドッグみたいな顔つきで、互いに睨みあいながら殴り合う光景に、観客たちは興奮していた。
もちろん、相手を死に至らしめるようなものではない。スポーツのような格闘技だ。
「いっけーっ!」
「おお、そこだ、やれやれ!」
いつの間にか、猛と杏奈も魅入っていた。
人間とは違う野生の戦いが、日本という地方国家で育った二人の感性を刺激する。人間、獣人、コボルトの観客に交じり、二人も声を上げていた。
そして、決着。コボルトはボロボロになりつつ最後の一撃を互いに食らわせ、一人は崩れ落ちもう一人はふら付きながらもしっかりと立つ。
「試合終了! 勝者ブルマン!」
「うぉぉぉぉんんん!!」
ブルマンというブルドッグのコボルトは雄叫びを上げ、観客も爆発した。
そして、ブルマンは倒れたコボルトに手を差し伸べガッチリ握る。この行為に、思わず猛は拍手し……それが伝染したのか、周囲は拍手喝采となった。
「お父さん、ちょっと恥ずかしいね」
「あ、ああ。こういう時に拍手はしないのか……?」
「あはは。ねぇねぇ、叫んだらのど乾いた。ジュース飲みたい」
「そうか。じゃあ、お前の言ってたカフェに行くか」
「うん!」
次の試合が始まるようだが、猛と杏奈は会場から離れる。
「…………そういえば」
「ん、どしたの?」
「あ、いや……なんでもない」
「?」
猛は、杏奈と一緒に歩きながら思った。
杏奈がまだ小さかった頃、深雪と三人で夏祭りに出かけたことがあった。
杏奈は買ったばかりの浴衣を見せびらかし、深雪も一緒に浴衣を着て猛をドキドキさせた。『似合う?』なんて言われ、猛は言葉が出なかったことを覚えている。
こうして、祭りを杏奈と楽しむのは何年ぶりだろうか。
「マジでどったの?」
「いや、それより腹減ったな。行くぞ」
「あ、場所わかんないでしょー?」
深雪が、どこで何をしているのかわからない。
もしかしたら、猛とは違う伴侶を見つけて幸せに暮らしているのかもしれない。もしかしたら、10歳の少女かもしれない。もしかしたら……。
可能性はいくらでもある。
でも、どんな形でも深雪に会いたい。会えば……猛は、ようやく先に進める気がするから。
未だに、深雪の死を吹っ切れない猛。
会って、ちゃんと伝えたいことがある。
◇◇◇◇◇◇
杏奈が案内してくれたのは、大樹というべき大きさの『樹木』だった。
「これが、喫茶店?」
「うん。ほら見て、根っこが浮き上がって屋根みたいになってるでしょ?」
普通の木は、大地に根を張って養分を吸収するのが普通だが、この大樹は違う。根の一本一本がクラゲの足みたいにグネグネして、根を張るというより根を突き刺しているという表現が正しい。そのおかげで、幹と根の間が空洞になり、そこがカフェスペースになっていた。
「ここのすごいところは、二階にも席があるところ。木の中は空洞になってて、そこにカフェテリアがあるんだって!」
「二階とは……お、あそこに階段があるぞ」
「んふふ。いい? これは木じゃなくて、根っこの集まりなの。だから幹に当たる部分には空洞があって、そこにスペースを作ることができるんだって」
「と、シェイニーちゃんが言ってたのか?」
「うっぐぅ……そ、そうだよ! 別にいいでしょ!?」
「ははは、悪かった悪かった」
「むぅ」
猛は、杏奈の頭をポンポン叩く。
嫌がれるかと思ったが、杏奈は頬を膨らませながらも受け入れた。異世界に来てから、猛と杏奈の距離はグッと近くなった気がする。
カフェに入ると、杏奈は迷わず二階に上がる。
「やたっ、窓際ゲット!」
テーブルも木の根が蜷局を巻いたような形で、椅子も木の根を加工したものだ。ここまで自然に囲まれた空間は初めてと、猛は顔をほころばせる。
すると、コボルトの女給さんが、木の皮に書かれたメニューを持ってきた。
「いらっしゃい、メニューをどうぞ」
「ありがと、おねーさん!」
「まぁ、お姉さんなんて嬉しいわ」
「あ、あはは」
杏奈としては褒めたつもりはないのだが、外見ではコボルトの年齢を図ることはどうもできない。
とにかく、メニューを見る。
「あたし、この『切り株風パンケーキ・樹液シロップがけ』で。飲み物はライチジュース!」
「俺は……『黒オークのステーキ』と、飲み物はこの『コピ』で」
「コピ? なにそれ」
「さぁな。おすすめらしい」
「コピはこの辺りじゃみんなのんでるわよ。ちょっと個性的な味だから、大人の味って言われてるけどね」
コボルトの女給がそう言ってメニューを下げた。
料理ができるまでの間、猛と杏奈は窓から外を見る。
広場にはたくさんの人が集まっている。人間、獣人、コボルト……上から見るとわかる。アランが言った通り、黒髪はほとんどいない。
赤い髪、緑の髪、金髪銀髪、ピンクの髪……黒髪はいない。
「お母さん、いた?」
「…………いや」
「そっか。ま、そう簡単に見つからないでしょ」
「そうだな」
杏奈に応えつつも、窓の外を見る猛。
杏奈は頬杖を突き、猛に聞いた。
「お母さんってさ、どんな人だった?」
「ん?」
「あたし、6歳だったからあんまり覚えてない」
「……そうだなぁ。お前にそっくりだよ。無茶なところとか、髪の色とか」
顔は生き写し、とは言いにくかった。
杏奈は、若い頃の深雪にそっくりだ。会えばきっと驚くだろう。
「お待たせしました~!」
「あ、きたきた! おぉぉっ、切り株パンケーキ!」
杏奈の前には、ワンホールサイズの切り株風パンケーキが置かれた。木製のナイフとフォークに、シロップの容器も木製だ。
猛のステーキは木製の皿に大きな葉っぱが敷かれ、その上に黒い肉がジュウジュウ音を立てている。見た目は黒焦げだが、黒オークという生物の肉は黒いらしい。
「烏骨鶏みたいだな」
「ウコッケー?」
「黒いニワトリだよ。肉も内臓も真っ黒なんだ」
「ふーん。よし、いただきまーす!」
「ゆっくり食べなさい」
「はいはい!」
今は、杏奈との時間を大切に。猛はそう考え、木製ナイフとフォークを手に取った。
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