第15話・父と娘、チェックイン

 カフェで食事を終え、猛と杏奈は一度、宿へ向かうことにした。

 

「アランさんが紹介してくれた宿、すごいよ。アランさんの職業って商人だけど、扱う商品は高級家具なんだって」

「そうなのか?」

「うん。ここじゃないコボルトの町に工房とお店を構えてて、コボルト職人が作る高級家具を、人間や獣人のお店や宿に卸してるみたい」

「お前、詳しいな」

「シェイニーちゃんから聞いたの。シェイニーちゃんって社長令嬢なんだね」


 杏奈の話では、アランの商談先はこの町の高級宿で、そこに卸す家具の打ち合わせをするらしい。打ち合わせと言っても商談自体は成立しているので、今回はやはり旅行がメインみたいだ。


「シェイニーちゃんも久しぶりの家族旅行だって言ってたし、やっぱり邪魔しちゃ悪いよね」

「そうだな。でも、宿を手配してくれたお礼はしないと。アランさんたちは何日滞在するか知ってるか?」

「えっと、お祭りは10日あるから、7日は滞在するって言ってた」

「じゃあ、一日くらいは酒に誘えるな。これだけ広いなら、夜も営業している居酒屋くらいあるだろう。奢らせてもらおうか」

「あ、じゃああたし、シェイニーちゃんの宿にお泊りしたい!」

「そうだな。深雪も探さないといけないし、しばらくここに滞在するか」


 祭りの喧騒を進み、アランが手配した宿へ。

 町の中央に来ると、出店や人であふれていた。


「あ、ここだよ。これ」

「お、おい。噓だろう……?」


 町の中央も中央、ど真ん中にあるのは、一本の大樹だ。

 大樹の上には鳥の巣代わりの木箱と思いきや、どうやら宿泊用の家らしい。

 どうやって上まで、と思いきや……蔦と木製のゴンドラがゆっくり上下している。驚いたことに、ゴリラの獣人が四人がかりでウッホウッホと蔦を手繰り寄せていた。


「こ、これなのか?」

「うん。ここにアランさんのお店で買った家具を入れるんだって。アランさんの口利きで、普通料金で泊まっていいってさ」

「そ、そうか……」


 高層ビルを見上げる田舎者みたいな感覚だった。

 エレベーターなどない人力のゴンドラで上まで向かう。猛は考えただけで胃が重くなる。


「ほら、行こう」

「ま、待て杏奈」


 杏奈は、ゴンドラ近くにある受付小屋に向かい、中にいるコボルト女性の受付と楽し気に話し始めた。

 猛はついに認めた。


「こ、怖いな……」

「お父さん、チェックインできた! これ、部屋の鍵!」

「あ、ああ」


 割符みたいな鍵を杏奈から受けとり、二人はゴリラゴンドラ(杏奈命名)に向かう。

 まんまゴリラだが、言葉は通じるようだ。


「お客さん、少し揺れますぜ!」

「おかまいなく! よろしくお願いしまーす!」

「じゃあいくぞ!」

「「「おぉうっ!!」」」


 ゴリラ獣人が、大樹の真上に伸びている蔦を、両手で手繰り寄せ始めた。

 すると、ゴリラゴンドラがゆっくり上昇する。


「うっほ、うっほ!」

「「「うっほ、うっほ!」」」


 息がぴったりで、揺れも少ない。

 だが猛の顔は青い。なぜなら、ゴンドラは木製、蔦はまんま蔦だから。もし切れたら地面に叩き付けられ即死は免れない。


「おお、高いー!」

「あ、杏奈! 揺らすんじゃない!!」

「大丈夫だって。落ちたらあたしの魔法で浮かせてあげるからさ!」

「…………」


 娘がこんなに頼もしいとは……と、猛は思った。


 ◇◇◇◇◇◇


 ゴンドラが到着すると、枝の上に敷かれた床板の上に下りた猛と杏奈。

 床板はしっかりした造りで、落ちないように手すりも付いている。

 ここから猛たちの泊まる部屋まで徒歩だ。


「えっと、二の枝四号室だって」

「二の枝……なるほど、二本目の枝か」


 枝の先はそれぞれ別の宿泊部屋に繋がっている。猛と杏奈の部屋は二番目の枝の先にある四号室だ。

 看板も出ていたので迷わず到着する。


「ほぉ……家というか、木箱だな」


 割符を差すとロックが開き、室内へ。

 中は十二畳ほどの広さでベッドが二つ。ベランダもあり、なんとシャワールームまであった。これには杏奈が大喜びした。


「シャワーあるし! やったぜ!」

「……浴槽はない、か。まぁそこまでは我儘だな」


 金属製品が一切使われていないシャワールームだ。シャワーヘッドは木製、シャワーホースは木の根のように見える。どういう原理なのか不明だが、木製蛇口をひねるとお湯が出た。

 少し歩き疲れたのか、猛はベランダに出て木製チェアに座る。

 天気も良く、日差しが暖かい。こんな日は野球中継でも見ながら昼間のビールを飲みたい……そう考え、苦笑する。


「お父さん、チェックインしたしお祭りお祭り!」

「ま、また行くのか? 少し休ませてくれ」

「ったく、まだ四十にもなってないのにオジサンアピールしないでよ。まだ三十代なんだし、脂っこい物食べても、昼間っからお酒飲んでもいいからさ、。せっかくの異世界を堪能しよう! それに、町に出ないとお母さんを探せないよ?」

「お前、正論責めだな……わかったわかった」


 まだ若いと言われたのが嬉しいのか、猛は椅子から立ちあがる。

 そうだ。この世界に来たのは祭りのためじゃない。妻を、深雪を探すためなのだ。

 杏奈も楽しそうだし、深雪を探すこともしないといけない。休んでる暇はない。


「あ、見てこれ。下にエールバーっていうお酒飲むところあるみたい」

「なにっ!?」


 杏奈の手には、いつの間にか町のマップが握られている。どうやら部屋にあったらしい。

 マップを見ると、現在位置と町の全体図、そして出店している店の名前が書いてあった。確かに、エールバーと書いてある。


「エール、確かビールのことだな。よし行こう、サッパリした冷たいビールを飲みに行こう」

「お父さん、急に元気になったね」


 猛と杏奈は、再び祭りに参加することに。

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