第16話・父と娘、ペット枠?に出会う。

 猛と杏奈は、ゴリラゴンドラで再び町に降りた。

 猛の手には町のマップがあり、エールバーにチェックが入っている。それ以外にも、コボルトの経営するバーや居酒屋、飲食店などにチェックマークを入れていた。


「お父さん、また飲むの?」

「だ、ダメか? オズの実酒しか飲んでないし、カフェではステーキしか食べてないし……ここらで軽ーく一杯だけ。せっかくの祭りだしな」

「まぁいいけど。飲むのもいいけど、あたしにも付き合ってよね。あっちに雑貨店があるみたいなの!」

「ほぉ、コボルトの雑貨店か。そっちも面白そうだな」

「でしょ!? じゃあさ、飲み物買って行こう!」

「ああ、わかった」


 猛は、マップを頼りにエールバーを目指す。

 町の形は、リング上になっていて、この中央広場は円の中心だ。入り組んだ道もないので、目当ての店はすぐに見つかった。


「おお、ここだ」

「エールバー……ほんとだ。ビールみたいなの飲んでる」


 店内はウェスタン風のバーみたいなログハウスで、コボルトや獣人たちが店内や外のスペースで酒を楽しんでいるようだ。

 飲んでいるのは黄色い泡立った飲み物で、ガラスのような入れ物でゴクゴク飲んでいる。


「ゴクリ……」

「へぇ、けっこう美味しそうかも。あたしも飲んでいい?」

「ダメだ」

「ぶー」


 二人は店内へ入り、カウンター席に座る。

 店主は柴犬のようなコボルトだ。ランニングシャツ一枚で鍛えられた上半身をしている。さっそく注文を取りに。


「らっしゃい。ここは初めてかい?」

「はい。あの、エールとはどういった飲み物でしょうか?」

「おいおい、エールを知らないのかい? エールは麦で造った液体に亜術をかけるのさ。そうすると、獣の神の恵みで酒に変化する。しかも、神のイタズラのおまけ付きさ」

「神のイタズラ?」

「ああ。飲めばわかるぜ! そっちの嬢ちゃんもかい?」

「あ、は「この子には果実水で」……ぶー」

「あいよっ!!」


 柴犬コボルトは、透明なグラスを用意し、樽の中から柄杓で黄色い液体を入れる。

 それを猛の前に置くと、グラスに手をかざした。


「獣の神の恵みをここに」


 すると、柴犬コボルトの腕にぼんやりと文字が浮かび上がる。

 ルミミエから習った。亜術は身体に意味のある入れ墨を彫り、獣の神に祈りを捧げることで発動すると。


「お、おぉぉっ!!」

「わぁ、すっごい!」


 グラスに注がれた黄色い液体が、ボコボコして白い泡が生まれる。


「さ、飲みな」

「いただきます! っごぷっごぷっごぷっごぷ……っっっっぷぁぁぁっ!! うんまぁぁぁいっ!!」


 完全なビールだった。冷えていて炭酸が効いている。

 そう、神のイタズラとは炭酸のことだ。久しぶりに飲むビールの味に猛は涙が浮かびそうになる。

 杏奈には果実水が出され、ちびちびと飲んでいた。

 猛はすでにお代わりを注文している。


「お父さん、美味しい?」

「ああ! こんな美味いビール……いやエールか。は、久しぶりだ!」

「嬉しいねぇ。ほらお代わりだ!」

「あざっす!!」


 結局、エールバーで2時間ほど酒を飲む猛だった。


 ◇◇◇◇◇◇


 猛は少し酔っていた。

 エールを五杯も飲み、つまみにトカゲ肉まで注文していたのだ。

 気付けば、空はオレンジ色に染まり始め、祭りは夜の部に入ろうとしていた。


「お父さーん……」

「す、すまんすまん……その、雑貨屋は?」

「もう閉店だよ。せっかくいろいろ見たかったのにー」

「すまん。本当にすまん! 久しぶりに飲むビールが美味くて、つい……」


 杏奈はジト目で猛を見るが、すぐに笑った。


「ま、いいけどね。お祭りは明日もあるし。それに、明日はシェイニーちゃんと一緒に回る予定だから!」

「そ、そうなのか?」

「うん。それと、夜にはコボルトのダンスがあるの。あたし、シェイニーちゃんと合流して踊ってくる!」

「お、おい。アランさん一家の邪魔は……」

「いいの! そ・れ・に、夫婦水入らずの時間も必要でしょ?」

「む」


 アランとドロミアのことだろうか。杏奈は、猛より男女のことをわかっている。

 いつの間に合流場所も決めたのか、杏奈は猛に言う。


「じゃ、お父さんは先に帰ってて。ばいばーい!」

「お、おい。あまり遅くなるなよ!」

「はーいっ!」


 そう言って、杏奈は人混みの中に消えた。

 猛は、宿に戻ろうとゴリラゴンドラを目指す。酔いのせいかあまり恐怖心はなく、二度目のゴンドラを楽しみつつ大樹の宿の部屋へ戻る。


「っはぁ……けっこう飲んだなぁ」


 この世界には、蛇口がある。

 蛇口を捻ると水が出た。木製カップに水を入れ、一気に飲み干す。

 少し落ち着いた猛は、広いベランダに出た。


「ふぅ……明るいな」


 夕方だがかなり明るい。

 祭りの期間、町は眠らないらしい。カンテラの光が町を優しく照らし、とても美しく温かい光景が広がる。

 椅子に寄りかかり、空を見上げ――――。


「ん?」


 枝の上に、大きな鳥の巣があった。

 よく見ると、ヒナが二羽いる。ピーピー鳴きながら親を待っているようだ。

 だが、少し様子がおかしい。


「……ケンカしてるのか?」


 二羽のヒナは、どうやらケンカをしているようだ。

 白いフワフワしたぬいぐるみみたいなヒナは、幼いながらも翼を広げ、互いをバシバシ叩き合っている。いつの間にか猛は頭上を見上げ、ヒナのケンカに見入っていた。


「おいおい、やめろって……親鳥は何してるんだ。って……え?」


 いた。

 親鳥は巣の真上の枝に止まっている。

 まるで、ヒナ同士のケンカを見ているようだ。

 顔は白く、身体は茶色い。まるでハヤブサのような猛禽類だが、尾だけは長い。

 そして、ヒナのケンカが決着。翼で打ちのめされたヒナは、巣の中で丸くなっていた。怪我でもしたのだろうか。

 すると、親鳥が巣に戻る……。


「ったく。子供のケンカくらい止め―――」


 猛は、最後まで言えなかった。

 何故なら、親鳥はケンカに負けたヒナを咥え――――巣から落としたのである。


「ばっ……なにしてんだ!?」


 猛は上着を脱ぎ、落下するヒナを受け止めた。

 ヒナは生きている。

 だが、怪我をしてるのか元気がない。弱々しくピィピィ鳴いた。

 猛は、思わず上空の親鳥を睨む。だが、親鳥は興味がないのか、ケンカに勝ったヒナにエサを与えていた。

 

「まさか、弱いから捨てたのか……?」

『ぴぃ、ぴぃぴぃ……』

「お前……」


 ヒナは、子犬くらいの大きさだろうか。白くフワフワしている。

 親に未練があるのか、巣の方を見てピィピィ鳴いている。だが、親鳥はもうその鳴き声に興味がないのか、新たなエサを求め飛び去った。


『ぴぃ、ぴぃぴぃ。ぴぃぴぃ』

「…………とりあえず、怪我の治療か」


 猛はヒナを抱え、室内に戻った。

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