第27話・父と娘、森ゴブリン

 冒険者の小屋で一泊し、猛たちはいよいよ森へ。

 この森を抜けた先は山道だ。その山を越え、渓谷を超え、湖を渡り……まだまだ先は長く、道は険しい。

 森の手前で停車し、シルファが注意事項を述べる。


「いいか、ここから先は強力な魔獣も多く出現する。できるだけ魔獣を回避して進むが、いつかは遭遇するだろう。そのときはとにかく隠れろ。いいな」

「わかった。だが、あまり無理はするなよ」

「そうそう、あたしたちだって戦えるんだから!」

「いや、そうじゃなくてだな……とにかく、シルファ、護衛だからと無茶はするな」

「ふ……タケシ殿は優しいな。善処しよう」

「……」


 普通に心配しただけなのだが、シルファは嬉しかったようだ。

 ちなみに、森抜けは約7日かかる。森を抜けてすぐに山越えが始まる。この道を抜ける冒険者や商人は、最低でも一月分の食力を備蓄してから森に入る。収納持ちの人間を雇ったり、大掛かりな馬車や運搬用の荷車を準備してから森に入るのだ。


 だが、猛の収納があれば、山や森など怖くない。

 食料はもちろん、テントや寝袋、調理道具に調味料。コボルトの集落で買ったお菓子や露店の食べ物も、アツアツホカホカのままで収納されている。

 酒はもちろん、水も入っているが、杏奈の魔法で水も出せるので問題ない。これほどまでに頼りになる人はそういない。


「さて、行くぞ。タケシ殿、アンナ、警戒だけはしててくれ」

「わかった。それと、もし魔獣が出たら、俺は迎撃する」

「……わかった。が、無茶はしないでくれ」

「大丈夫、あたしもいるし!」


 クウガのバスケットの蓋がカパッと開き、プリマヴェーラとクウガがちょこんと顔をのぞかせた。


『なんかすっごい自信ねー』

『ぴゅいー』


 深雪に会う。それが猛の原動力。

 魔獣程度、乗り越えてみせる……猛の心はその名の通り猛っていた。


 ◇◇◇◇◇◇


 森の道は荒れていた。

 ほぼ獣道と言っても過言ではない。だが、猛はむしろ楽しんでいた。


「おとーさんっ、お尻、いったい!!」

「ははっ、我慢しろっ!」


 藪を無理やり突き進み、がったがたな地面を走り、悪路は続く。

 頑丈なハーレー。森の中を進むなんて初めてで、バイク乗りの血が騒ぎだす。

 すると、低空飛行していたシルファが猛と並走し始めた。


「待て、何かいる……」

「む?」


 シルファは地面に下り、猛も停車する。

 杏奈はお尻を押さえながら不満丸出しで猛を睨む。すると、がさがさと藪が揺れ、得体の知れない緑色の肌の小鬼が出てきた。


「森ゴブリン……っち、気を付けろ二人とも。群れがいるはずだ!」

「…………杏奈、防御」

「はいよ!」

『キッキィィィッ!!』


 森ゴブリン。

 小学校低学年くらいの身長に、汚い腰布を巻いた緑の肌を持つ魔獣。

 手には棍棒を持ち、口からは悪臭を放っている。どう見ても友好的な生物に見えなかった。

 

「タケシ殿、シルファ、先ほど言ったように隠れて身を守れ! ここは私が」

「いや、俺と杏奈も戦おう」

「実戦だね!」

「な……お、おい!」


 すると、藪からがさがさと何匹もの森ゴブリンが出てきた。

 棍棒を持っている個体もいれば、人間から奪ったナイフや鎧を装備している個体もいる。数は10~20体ほど。シルファ一人ではきついだろう。

 猛はショットガンを抜き、スピンコックで装填。ハンドガンも抜いて構えた。

 杏奈も杖を取り出し、『こういうのを待ってたのよ、こういうの!』と言わんばかりにワクワクしているようだ。


「まったく、この護衛対象は……」


 シルファは頭を押さえ、弓を取り矢を番える。

 

『キッキーッ!!』


 一匹の森ゴブリンの叫びと同時に、森ゴブリンは一斉に襲い掛かってくる。

 

けつ!」

『グッゲ!?』


 だが、杏奈の魔法壁が、ゴブリンの突進を止めた。

 猛はハンドガンを構え、引き金を引く。


『ギャップ!?』『ゲッペ!?』『ブギッ!!』

『ウッゲッ!?』『ギャッ!?』『ゴペッ!?』


 鉛玉が壁を突き抜け、森ゴブリンたちに命中する。

 片手撃ちでは当たらないと言うが、意外にも猛の撃った銃弾はゴブリンたちに命中した。猛も意外だったのか驚いている。


「片手撃ちか……やはり、映画のようにはいかない」


 反動で手がしびれた。

 ホールドオープン状態のハンドガンをハーレーのタンクに置き、猛はバイクから下りた。

 ショットガンを構え、杏奈の張った壁をガンガン叩く森ゴブリンたちに狙いを定める。


「さっさと失せろ、ベイビー」


 ズドン!! カシャ、ズドン!! カシャ、ズドン!!

 冷静に狙いを定め、猛はゴブリンを屠っていく。

 サングラス越しの目が見えないことに恐怖したのか、森ゴブリンたちは壁を叩くのをやめ、脱兎のごとく逃げ出した。


「さすがだな、タケシ殿」

「む……終わったのか」

「ああ。アンナの壁のおかげでな」


 シルファも、壁越しに精霊術を使い、森ゴブリンを一掃したようだ。

 キラータイガーと同じように、首をスッパリと切断して森ゴブリンを仕留め、仕留めた数は猛よりもはるかに多い。

 だが、数は問題じゃない。ここにいる全員が無事だった、それが何より大事だ。


「さ、急いでここから離れるぞ。血に匂いを嗅ぎつけた大型魔獣が来ないとも限らない」

「わかった。杏奈、行くぞ」

「うん。ねぇねぇシルファ、ゴブリンの素材はいいの?」

「ああ。あれは臭いからな……触れたくない」


 3人は、急いでこの場から離れることにした。


 ◇◇◇◇◇◇


 森ゴブリンとの遭遇から2時間ほど走り、そろそろ空が赤くなってきた。

 

「タケシ殿、アンナ、野営の場所を探そう」

「わかった」

「岩場を背に、なるべく目立たない場所を探す。少し待っててくれ」


 シルファは急上昇し、ほんの数分で戻ってきた。

 ちょうどいい場所を見つけたと案内されたのは、大きな岩がある場所だった。背は高い崖になっていて、落石でもないかぎり危険はない。この岩壁を背に、大きな岩の陰にテントを立てる。

 テントは、タック特製の迷彩柄。森に溶け込むような配色で、折り畳み式で組み立てやすいものだ。

 テントは猛が2つ用意し、杏奈とシルファには夕食を任せる。

 火は調理が終わったら消しておく。魔獣の中には熱を感知する大きな蛇もいるそうだ。

 テントの準備を終え、猛はクウガのバスケットを開けた。


『ぴゅいぴゅい、ぴゅいぴゅい』

「はいはい。エサと水だな」


 猛はクウガを抱っこして太ももに乗せ、収納からトカゲ肉を取り出し、クウガに食べさせる。すると、『もっとよこせ』と幼い翼をバタバタさせる。

 まだまだ生まれたばかり。食欲旺盛で元気いっぱいだ。エサは満足するまで食べさせる。

 食事を終え、クウガはばっさばっさと翼を動かし、眠くなったのかそのまま寝てしまった。

 再びバスケットに戻し、猛のテントの中に入れておく。


「おとーさんっ、ご飯できたよー!」

「ああ、今行く」


 今日のメニューはホットサンド。

 冒険者の間ではよく食べられている定番の夕食らしい。

 塩気のある肉と野菜をパンにはさんだもので、なかなかの美味さだった。

 猛は酒瓶を収納から出し、シルファに勧めたが断られた。なので、一人で晩酌する。


「そういえばシルファ、あの森ゴブリンって、ここにはけっこういるの?」

「ここだけじゃない。どこの森にも必ずいるのが森ゴブリンだ。ゴブリンは環境適応能力が非常に高い魔獣でな、海ゴブリンや砂ゴブリン、街中に潜む町ゴブリンもいる」

「ま、町ゴブリン……ゴブリンってなんでもありなの?」

「単体では大したことはない。だが、やつらは群れを形成するから厄介なんだ」

「なるほどな……」


 ゴブリン。これからの冒険で、幾度も出会う魔獣である。

 魔獣を殺した猛は、妙な爽快感があった。


「ふ……俺もまだ若いのかな」

「は? お父さん何言ってんの?」

「いや、別に」


 少しだけ、異世界はいいかもしれないと感じた猛であった。


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