第8話・父と娘、異世界の旅へ

 バイクは、ゆっくりとマホガニーの背中に着地した。

 猛は、生き物の背中にバイクを乗せるわけにはいかないと、慌ててバイクを収納する。すると、牛人のモーガンとドワーフのタックが猛と杏奈を出迎えた。


「やぁやぁ、英雄の帰還だぁ!! がーっはっはっは!!」

「……ああ、そうだな」


 二人とも、とても嬉しそうだ。

 猛の手には、ショットガンを撃った衝撃が未だに残っている。やや興奮しているのか、猛も笑顔で頭を下げた。


「ご無事で何よりです。お怪我はありませんか?」

「ああ、全くもって問題ねぇ。いやぁ~助かった!! おめーらは命の恩人だぜ!!」

「はは……」


 猛は、誰かに感謝されるなんて何年ぶりだろうと思っていた。

 熱烈に、純粋に、タックとモーガンは猛と杏奈に感謝の言葉を贈っている。嬉しくもあり、照れもある。

 すると、マホガニーの背にやって来たのは……。


「っと、終わったようだね」

「いやぁたまげたわ、アンナ、あんたの元素術……いや、亜術かい? あたしにゃサッパリだよ!」

「んふふー……今のは魔法です!」

「マホウ……ふーむ、知ってるかい、ババロア」

「わたしが知るわけないさね」


 杏奈は、蛇人のババロアと魔女のルミミエの元で、自慢げに胸を張る。

 猛は苦笑するが、今くらいはいいだろう。

 

「ふぅ……」


 空は蒼く、気球のような綿毛はもう飛んでいない。

 岩ミミズも、遥か後方で粉々に砕け散った。もう、マホガニーを脅かす脅威は消えたはずだ。

 タックは、猛の背中をバンバン叩きながら言った。


「さぁ酒だ! 英雄に乾杯しようぜ!」


 この日は、宴会となった。


 ◇◇◇◇◇◇

 

 この日の夜、マホガニー商店の住居となっている四階で、宴会を開いた。

 料理をするのはババロアで、見たことのない野菜や肉を使った炒め物、大きなトカゲの丸焼き、デザートにはたくさんの果物が出された。

 もちろん、お酒も出た。

 杏奈は未成年なので、果物を搾ったジュースで乾杯した。杏奈は「異世界なんだしいいじゃん!」と言っていたが、猛が却下した。

 マホガニーは草食なので草原の草を食み、夜になるとぐっすりと眠ってしまう。

 猛たちは酒を飲みながら、これからの予定を話した。


「さっきも言ったが、オレらは近くの村や集落を回る。オメーらはどうするよ?」

「…………」


 このまま、タックたちと一緒に行くのもいいかもしれない。

 でも、猛たちの目的は、この世界にいるはずの、猛の妻を探すことだ。


「俺たちは、先に進みます。それと、みなさんに聞きたいことがあるのですが……」

「ん、どうしたんだい?」


 猛はババロアを……正確には、ババロアに寄りかかって眠っている、杏奈を見た。


「深雪という女性に心当たりはありませんか? 杏奈と同じ黒髪なんですが」

「ミユキねぇ……珍しい名前だけど、知らないねぇ。ルミミエ、あんたは?」

「う~ん、あたしも聞いたことのない名だ。こんな綺麗な黒髪だと、相当な美女だろうねぇ」

「……俺の、妻……です」


 猛の妻は、日本時間の10年前、28歳で死亡した。

 この世界の時間の流れはどうなっているかわからない。10歳の可能性もあるし、もしかしたら老婆になっている可能性もある。

 ルシドは、「姿と名前は深雪のまま転生した」と言っていた。なら、手がかりは名前と、濡羽色の黒髪。そして……杏奈だ。


「杏奈は、深雪の若い頃に生き写しなんです。本当によく似ている……」


 愛おしそうに見る猛に何か感じたのか、ルミミエは手を伸ばし、杏奈の頭を撫でる。


「タケシ、この子は素直でいい子だ……大事にしなよ?」

「ええ。自慢の娘です。でも、ちょっと無鉄砲なところもありますけどね」

「そうだね。でも、それがこの子のいいところさ」


 大人たちだけの宴会は、朝方まで続いた。


 ◇◇◇◇◇◇


 それから1日、猛と杏奈はマホガニー商店の世話になった。

 食事をもらったり、旅に必要な物を用立ててもらったり……さすがに悪いと言ったが、「命の恩人だ、金はいらん!」と、四人に押し切られた。

 猛と杏奈は、マホガニー商店が向かう村で深雪を探した後に、出発する。

 この世界の地図をもらったので、村や町をしらみつぶしに探す予定だ。

 そして、岩ミミズと血吸い綿毛の襲来から3日後、集落が見えて来た。


「おーい、見えたぞー!!」


 タックが声を掛けると、ババロアたちは忙しく準備を始めた。

 どうやら、集落に入ってすぐに店を開くらしい。住人たちが直接、この家の中に入って商品を選んで買うのだ。日本の移動商店と何ら変わりない。

 なので、猛と杏奈はここでお別れだ。

 タックたちが開店準備を終えると、集落はもう目の前に迫っていた。

 別れの時がきた。タックたちは全員、一階に集まる。


「タックさん、ルミミエさん、ババロアさん、モーガンさん。本当にお世話になりました」

「ババロアさん、この服大事にしますね! ルミミエさん、面白いお話ありがとう! タックおじさん、モーガンさんも、いろいろお世話になりました!」


 猛と杏奈は、頭を下げて礼を言う。

 

「なぁに、世界は広いようで狭い。また会えるさ、いや、また会おう! まだまだおめーさんには飲ませ足りねぇぜ、この英雄!」

「…………いろいろ、ありがとう」


 タックはガハハと笑い、モーガンは不器用に微笑む。


「アンナ、あんた用にいくつか服を作っとくよ。必ず取りにおいで」

「あたしも、アンナにマホウを教わりたいからねぇ。また会おうね」

「はいっ!」


 杏奈は、ルミミエとババロアと抱擁し合う。たった数日だが、猛と杏奈はマホガニー商店の仲間だった。いや、これからも仲間だろう。

 そして、マホガニーは集落へ到着。到着するなり、住人たちが集まって歓迎していた。どうやら、辺境の集落や村からは、移動商店マホガニーはありがたい存在らしい。


「…………いない、か」


 集落は、大した規模ではない。マホガニー商店の到着で全住人が集まったが……濡羽色の髪を持つ人はいなかった。

 猛と杏奈は、マホガニー商店到着と同時に家から出た。すると、住人たちが一気に家の中へ入り、商品を物色したり買い物をしたり、壊れた鍬や斧をタックに修理してもらおうと殺到している。

 その様子を、猛と杏奈は遠くから眺めていた。


「マホガニー商店、か」

「お父さん、どう?」

「ん? 何がだ?」

「異世界。楽しめそう?」

「…………そうだな」

「お母さんを探すのもいいけどさ、もっと楽しもうよ。お母さんに会ったとき、いろんなお話できるといいでしょ?」

「……はは、そうかもな」


 異世界。

 物語のような世界。住人たちは人間だけじゃない。岩のようなミミズ、気球のような綿毛、ダンプカーのようなラクダと、猛が知らないことばかり。たった数日でそれを深く実感した。

 深雪は、この世界に生きている。

 猛と杏奈は、この世界で深雪を探しに来た。

 でも、寄り道くらいしてもいいだろう。それに……深雪も、きっとそう言う。


「杏奈、お父さんと一緒に、異世界を見て回ろう。深雪に……お母さんに会ったとき、いろんな話ができるように」

「うん! まぁ、お父さんと一緒ってのはアレだけどねー」

「おいおい、傷付くぞ……」


 猛と杏奈、父と娘の、妻と母を探す旅が始まった。




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