第二章・コボルト祭り

第9話・父と娘、冒険者の小屋へ

 マホガニー商店と別れた猛たちは、整備された広い街道をバイクで走っていた。

 整備といってもコンクリートで舗装されているわけじゃない。道を開拓して均しただけの道だが、人の手が加わった道というだけで安心できた。


 猛は運転、杏奈は猛の背に自分の背中を重ねる格好で、手には指揮棒のような魔法の杖を握っている。

 服装は、猛はジャケットにブーツ、サングラスというスタイル。杏奈は赤を基調とした、本人曰く「魔法使い」スタイルだ。バイクに乗るときはマントを外して乗っている。

 マホガニー商店と別れて数時間、そろそろお腹が減ってきた。


「杏奈、そろそろ昼にするか?」

「お、いいね! なに食べる?」

「ババロアさんが作った豆バー」

「えぇ~……」

「料理は夜に作るから、今は我慢しろ」


 街道沿いの大きな木の下にバイクを止める。

 バイクを収納し、猛は掌を上に向けて念じてみる。

 すると、猛の掌にクッキーのような、豆を潰して固めたバーが現れた。


「むっ……よし、出た」

「おお、豆バーじゃん。それとアイテムボックス!」

「ああ。ルミミエさんに習ったんだ。どうやら俺は『収納』持ちらしい」

「バイクを出したりしまったりしてるもんねー」


 ルミミエ曰く。この世界には自分だけの空間を持つ人が存在する。

 人種に関わらず、本人が想うだけで自分の空間に干渉できるそうだ。珍しいが突出した能力ではなく、大きな荷物や大量の荷物を運ぶのに重宝される程度だとか。


「人前で使うなと言っていたな」

「だね。収納持ちは調べてもわかんないって言ってた。だから、商人さんの金庫持ちとか、持ってると狙われるような危険なブツを運ぶのに重宝するって言ってたよ」

「物騒だな……まぁ、荷物が少ないのは助かるな」


 猛の収納には、マホガニー商店がこれでもかと旅の道具を詰め込んだ。

 各種調理道具に調味料、食材、テントや小道具、薬品などだ。

先ほど気付いたが、荷物の中に大きな袋があり、その中には札束が入っていた。猛は苦笑しつつも感謝する。いつか必ず返そうと誓う。


「はぁ~……豆バー、めっちゃパッサパサ」

「我慢しろ。ババロアさんの手作りだぞ?」

「わーってますー。お父さん、水ちょーだい」

「ああ」


 金属を加工して作ったタック特製の水筒を収納から出して渡すと、杏奈は一気に飲み干してしまった。気持ちはわかる、確かに豆バーはパッサパサだ。


「ババロアさんからレシピノートももらったし、夜は「あたしが作る」……え」


 杏奈は、猛から目を逸らして言う。


「あ、あたしが夜ごはん作る。べ、別にいいでしょ!」

「……どういう風の吹き回しだ?」

「べつに、あたしだって料理してみたいし……せっかくの異世界だから、いろんなことに挑戦してみたいだけ!」

「……わかった。期待してるぞ」

「ん」


 猛は知らない。

 杏奈とババロアの会話で「タケシ、あの鉄の乗り物の運転で疲れるだろうから、アンナが料理を作ってやんな」と言われたことを。そして、簡単な煮込み料理を習ったことを。

 杏奈も、言うつもりはない。これからはちゃんと料理をやろうなど、恥ずかしくて言えるわけがない。


「さて、地図地図。ここは……」

「最初の集落から全然進んでないみたい。ここの木、これでしょ?」

「……確かに。はは、世界は広いな」


 現在地を確認すると、全く進んでいないことがわかった。どうやら、この世界は思っていた以上に広い。

 地図を確認すると、100キロほど先に冒険者用の小屋があるようだ。今日はそこまで進み、泊まることにした。


「よし、行くか。乗れ」

「はーいっ。お父さん、安全運転でね」

「わかってる。こう見えて無事故無違反なんだからな?」

「ケーサツに捕まったことないだけでしょ? こーのボウソウゾクー」

「う、うるさいな。ふふ……」


 こんな風に、娘と話すのは何年ぶりだろうか……。


 ◇◇◇◇◇◇


 小屋を目指して走る間、猛はスピンコックの練習をしていた。

 ショットガンを右手で持ち、スピンコックリロード、引き金を引く。を、何度も繰り返す。

 弾は入っていないので、引き金を引くとポシュっと軽い音がした。


「ねー……それ、楽しい?」

「カッコいいだろ?」

「まぁ……バイクじゃ両手使えないもんね」

「ふふ、感覚を取り戻してきたぞ」


 ショットガンのスピンコック。昔は必至に練習してモノにした。その感覚が蘇り、猛は片手でスピンコックさせることを思い出した。


「くくっ、いいな」

「はぁ~……お父さん、子供っぽい」

「ははは……」


 そして、日が沈み始め、空がオレンジ色になる頃、ようやく猛と杏奈は小屋にたどり着く。

 ロッジのようなしっかりした造りで、中は意外と広い。

 棚には毛布がたくさんあり、丸太の椅子とテーブル、薪で火を熾す昔ながらの竈、キッチンや暖炉もあった。外には井戸もあるし、かなり充実している。


「誰もいないようだな」

「冒険者の小屋は利用が自由、ただし、使ったらちゃんと掃除するのがマナー! だっけ?」

「ああ。ルミミエさんはそう言ってたな」


 猛と杏奈は、ルミミエからこの世界の常識を習っていた。

 冒険者の小屋は世界の各地にあり、旅人や冒険者が利用する山小屋のようなものだ。

 

「さて、さっそく夕飯の支度をするか」

「あ、あたしがやるから、お父さんは薪をよろしく」

「……本当に大丈夫なのか?」

「だいじょーぶだって! いいから薪! 竈の火!」

「あ、ああ」


 猛は、外にあった薪小屋から薪を持ってきた。

 竈に薪をくべ、着火用に藁を薪の間に詰める。


「杏奈、火を」

「はいはーい」


 杏奈は、杖から小さな火球を生み出し、猛が差し出した布を巻いた棒の上に落とす。すると棒が燃え、その棒を竈の中に入れた。


「よし、火は付いた」

「じゃ、あっち行ってて」

「……本当に、だ「大丈夫だっての! ほら行って!」 あ、ああ」


 猛はキッチンから追い出されてしまった。

 仕方ないので、椅子に座ってもう一つの武器を弄る。


「ハンドガン……ふふ、これもいいな」


 М1911。これも映画で使われた銃だ。

 ガンベルトではなく、ズボンに挟むのが真のスタイルだと猛は思っている。なので、猛も同じように、ズボンのポケットに挟む。

 マガジンは……尻ポケットから出てきた。

まさかと思い試すと、ショットシェルと同じく無限に出てくる。ポケットに手を入れ出す。そして再び手を入れると復活している。

このジャケットとズボンは手放せない。猛はそう思った。


「ふふ……コルトガバメント」


 ニヤニヤしながら拳銃を弄る猛。杏奈が見たら「うわっ……」と言うのは間違いない。

 だが、猛のニヤニヤ顔はすぐに引き締まる。


「ん?」


 外に、誰かいる。

 同時に、キッチンからふわりといい香りがしてきた。

 そして、ドアがノックされる。


「…………」


 猛は、ルミミエの授業を思い出す。


『冒険者の小屋は皆平等に使う。来客があれば紳士的に対応しなよ』

『でも、強盗とか……』

『心配ないよ。冒険者の小屋はみんな、法術の結界が敷かれている。悪さなんてしたら天罰が下るさね』


 猛は立ち上がり、ドアへ向かう。

 集落では住人たちと話さず出たので、タックたち以外との接触はこれで二度目だ。やや緊張しつつドアノブを摑む。すると、再びドアがノックされた。

 そして、猛は意を決してドアを少しだけ開ける。そこにいたのは……。


「すまんな、私らもここを利用させとくれ」

「あ……は、はい」


 外にいたのは、人間ではなかった。

 一言で表すなら犬。犬の獣人が二名と、子供の犬獣人が一名。

 茶色い毛並みを持つ犬の獣人……コボルトだった。


「お父さん、ご飯でき……」


 杏奈の作った料理の香りが、小屋の中に充満していた。





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