第11話・父と娘、会話を楽しんで出発

 大人たちの宴会は深夜まで続き、酔い潰れるような形で猛とアランは眠ってしまった。

 そんな二人を介抱したのはドロミア。猛たちと同じくらい飲んでいたのに、全く酔いを感じさせずに、男二人を暖炉前に敷いた毛布の前に転がす。


「わぁ、ドロミアおばさん、すっごい力持ち」

「そうかい? それにしても、こんなに楽しく飲んだのは久しぶりだよ。アンナ、ありがとうね」

「いえいえ、お父さんも楽しんでたし、あたしも友達できましたし。ね、シェイニーちゃん」

「うん。旅行も楽しみだけど、アンナちゃんに会えたのはもっと嬉しい!」


 コボルト。

 犬を二足歩行させたような種族で、全身に体毛がある。人間と似た特徴として五指があり、指先も器用なのが特徴だ。

 男女の区別を見分けるのは難しいという特徴もあるが、声や雰囲気で何となくわかる。杏奈は、ファンタジー小説でそのことを知っていた。どうやらこの世界のコボルトも、似たような存在である。


「あの、お父さんも言ってましたけど、あたしとお父さん、ずっと山の中で暮らしてて、人に会うのが殆ど初めてなんです。知らないことたくさんあるので、よかったらいろいろ教えてください。その、コボルトのこととか」

「もちろんよ。でも、明日も早いし少しだけね」

「あ、わたしも一緒にお話するよ!」


 男二人はグースカ寝ているが、女の夜はもうしばらく続きそうだ。


 ◇◇◇◇◇◇


 翌日。スープの香りで目を覚ました猛。

 キッチンでは楽し気な声が聞こえる。どうやら、女性陣が朝食を作っているようだ。


「あ、起きた。この酔っ払い」

「朝から手厳しいな……」

「冗談だよ。アランおじさん起こして。もうすぐ朝ごはんできるからさ」

「わかった。……あれ、シェイニーちゃんは?」

「外。犬に餌あげてる?」

「犬?」

「うん。犬」


 犬なんていたか? と、首を傾げる猛。

 アランの肩を揺さぶって起こし、外の空気を吸おうと外に出ると……。


「あ、おはようございます。おじさん」

「…………お。おはよう。シェイニーちゃん」

「今日もいい天気です。ね、マックス」

『うぉん!』


 マックス。

 そう呼ばれたのは、水牛ほどのサイズの『犬』だった。

 犬種はゴールデンレトリバーなのか、クリーム色の毛色に長い毛、ゴールデンレトリバーによくあるダブルコート、鼻は黒く耳は垂れさがり、シェイニーの手から果物をもらって食べていた。


「お、大きいね……」

「そうですか? ビッグレトリバーでは小さいほうですけど」

「そ、そうなんだ……いやはや、すごい」

「ふふ、触ってみます? マックスは大人しいし、触られるの好きなんですよ」

「……で、では、せっかくだし」


 猛はマックスに恐る恐る近づく。すると、大きな顔がジロッと猛を見た。

 息を呑むが、マックスは目を眠そうにシパシパ開けたり閉じたりしている。猛は意を決して手を伸ばし、マックスの頬をなでた。


『うぉん……』

「あ、気持ちいいって言ってます」

「そうなのかい? はは、可愛いな」

『おぅぅん』

「おじさん、なかなかのテクニシャンじゃねぇか。だそうです」

「そ、そうか……」


 けっこうワイルドなオス犬だと猛は思う。

 近くには荷物の乗った荷車があった。どうやらマックスは馬の代わりらしい。馬車ならぬ犬車ということだ。


「馬は使わないのかい?」

「ええ。コボルトや犬獣人は大型犬を使います。言葉もわかるし、コボルトや獣人の集落では、一家に一匹いますよ」

「へぇ~」


 猛の知る『大型犬』と、異世界の『大型犬』は全く意味が異なるようだ。


「おーい二人とも、ごはん冷めちゃうよー」


 杏奈の呼ぶ声で、二人は家の中に戻った。


 ◇◇◇◇◇◇


 朝食は、ドロミアが腕を振るった。

 昨晩の酒の礼らしく、食材も全てコボルトのものだ。

 ふかし芋、トカゲを挟みチーズと一緒に焼いたパン、乾燥させたミミズ?で出汁を取った野菜スープだ。

 どれも美味しそうだ。だが、猛は気になった。

 アランに質問する。


「これは、ミミズですか?」

「ええ。畑ミミズのスープです。生きたまま干せば長持ちするし、水で戻せばいい出汁が出ます。食べるとコリコリの歯ごたえがたまらんのですよ」


 見た目は冷麺みたいだが、ミミズと聞くと少し抵抗があった。

 だが、杏奈はお構いなしにズルズル啜っている。


「うんまっ! お父さんこれ美味しいっ!」

「こら、もっと行儀よく食べなさい」


 怖い物知らずなのは深雪に似たのか……ミミズと聞いても抵抗なく食べている。

 猛はパンに手を伸ばす。焼きたてでアツアツ、かじるとクリーミーなチーズと、ほどよい塩気のあるトカゲ肉が口の中に広がる。


「うん、おいしい」

「トカゲ肉はカリカリでも美味いですが、程よく焼いても煮ても美味しいのですよ」

「うん、素晴らしい」


 猛は、ドロミアに感謝しつつ、料理に舌鼓を打つ。

 杏奈も幸せそうにがっつき、気が付くと完食していた。


「ごちそうさまでした。美味しかったです」

「ほんと、ドロミアおばさんの料理さいっこう!」

「ありがとうね。ふふ、嬉しいわ」


 食事を終え、出発の支度をする。

 毛布をたたみ、キッチンの掃除をして、ゴミは備え付けの土嚢袋に入れておく。こうすれば、冒険者組合が派遣した職員が回収してくれるそうだ。

 掃除を終え、荷物は全て収納へ入れる。


「タケシ殿の収納はどのくらい入るのですかな?」

「え?」

「私は木箱一つ程度ですな。商談用の書類と貴重品だけしまって、あとは全て荷車に乗せています。いやはや、もっと大きければ言うことないのですがねぇ」

「…………」


 そういえば、ルミミエが言っていた。『ったく、この収納、どんだけ入るのよ……』と。

 深く考えてはいないが、バイク一台以上は間違いなくある。猛のイメージとしてはガレージ一つ分といったところだ。

 実際はそれ以上あるのだが……猛がそのことに気付くのはまだまだ先のことだ。

 猛は外に出て、バイクを召喚する。


「む? それは何ですかな?」

「これは私どもの足でして……」

「むむ?」


 猛はポケットからキーを取り出し、鍵穴へ。

 旧車なのでキックスターター式だ。ティクラーポンプも硬くない、何度か押して燃料を送る。キックペダルを何度か軽く踏み、最後に勢いよく上から踏む。すると、エンジンが低い唸りを上げた。


「昔は手入れが大変だったが、今は出し入れするだけで新品同様だし、マシントラブルもない……ありがたいが、物足りない。なんて言うのは、さすがに我儘かな」


 エンジンが掛からないなんて頻繁にあった。ティクラーポンプから燃料は漏れるし、キックペダルが折れたこともあった。

 そのたびに修理しては、バイクに愛着を持っていった……。


「お、おぉぉ!? それは、鉄の魔獣ですかな!?」

「いえ、これはバイク。ハーレーダビッドソンです」

「はーれ、だびっど? おお……鉄の馬、というわけですか」

「はは……まぁ、そんなもんです」


 エンジン音で、ドロミアとシェイニーも様子を見に来ては驚いた。なぜか杏奈は胸を張るし、猛は苦笑しっぱなしだ。

 マックスはバイクを見てもぬぼーっとしてる。しかも、猛を見てフフンと口を歪めたのだ。まるで、『オレの方が上だ』と言わんばかりに。

 アランは、マックスに馬具……犬具を取りつけ、荷車と連結させる。


「あ、あたしシェイニーちゃんと一緒に乗るから」

「そ、そうか?」


 杏奈はバイクに乗らず、アランの犬車に乗ってしまった。 

 出発の支度は終わり、いよいよ出発だ。


「では、コボルトの集落へ行きましょう。案内はお任せを」

「よろしくお願いします!」


 猛はサングラスをかけ、ハーレーに跨る。

 一人乗りはこの世界に来て初めてだ。ワクワクが止まらない。


「では、出発!」


 マックスが走り出し、猛も後に続く。

 目指すは、コボルトの集落だ。



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