第3話・父と娘、草原をゆく

 お父さんの運転するバイク、最悪です!

 異世界の大草原は広くて気持ちいいけど……どうせなら車とかのがよかった。

 草原の途中に大きな木があったので、休憩がてら停車すると、あたしの不満がぼろぼろ零れます。


「いったたたた……このバイク、お尻痛い……最悪」

「ははは、そう言うな。この振動がたまらないんじゃないか」

「あたしはそう思わない~……ったく、なんでチートな能力をもらえるはずだったのに、こんなバイクにしちゃうかなぁ~」

「いいだろ、異世界のことは知らんが、車が走ってることはないだろう。バイクなんて出てきたら驚かれるぞ!」

「そうかもだけど~」

「それに……美幸も、お前の母さんも、バイクが好きだった」

「……」


 遠い目で話すお父さんは、あたしの知らないお父さんだ。

 毎日疲れた顔で家事をして、もう10年以上経つのに慣れない手で料理して、家事をしないあたしに文句の一つも言わないで……。

 でも、バイクではしゃぐお父さん、ショットガンを持って構えるお父さんは、どこか子供っぽく見えた。

 あたしは知ってる。

 お父さんは、未だにお母さんの死が吹っ切れていない。今でもたまに、仏壇の前で涙を流すことがある。


「カッコいいなぁ……見ろ杏奈、このショットガンを。ウィンチェスターと呼ばれる歴史ある名銃だ!」

「はぁ……それ、本物?」

「ああ。映画ではな、バイクに乗ったまま装填するんだ。スピンコックと言って、当時はモデルガンを買って真似したもんだ」

「ふーん」

「こうして、こうっ!」


 お父さんは、ショットガンの持ち手にあるレバーを摑んで、くるっと回転させる……が、ショットガンは手からすっぽ抜け、情けなく転がった。


「で、スピン……なんだっけ?」

「い、今のは練習だ。えーと、おかしいな、当時は完璧にできたんだが……」


 お父さんは、同じようにクルクルと回転させるが、どうもうまくいってない。

 あたしの白けた目に気づいたのか、こほんと咳ばらいをした。


「あー、とにかく、こいつはいいショットガンだ。ショットシェルがあればいいんだが」

「ショットシェル?」

「弾丸だ弾丸。参ったな、銃だけじゃ……あれ?」


 お父さんがジャケットのポケットを探ると、口紅みたいな筒が何個か出てきた。


「お、ジャケットにあったのか。よかったよかった」

「撃つの? あたしには魔法使うなって言ってたくせに」

「うっ……え、ええと、そうだな。もちろん撃たない。いざという時のために装填しておくだけだ」

「…………」


 お父さんは、ポケットから四発の銃弾を取り出し、ショットガンに詰めていく。

 そして、「んんっ?」と怪訝な顔をした。


「お、おかしいな……」

「どったの?」

「いや、弾がなくならん」

「はぁ?」

「ほ、ほら、見ろ」


 お父さんは、ポケットから弾を出し地面に落とす。弾を出し地面に落とす……を、何度も繰り返す。すると地面には、ショットガンの弾が何十発も転がった。

 どうやらこのジャケット、いくらでも弾丸が取り出せるみたい。


「お、おいおい。このジャケットから弾が生まれるのか? これじゃ弾切れは期待できんぞ」

「……なんでにやけてんの?」

「いや、まぁな……」


 なんだかなぁ……子供みたい。

 こういう異世界系って、同級生だとか、クラスの日陰者とかと一緒に転移するのがセオリーだと思ったのに、なんでお父さんと一緒なのかなぁ……。


 この時点で、あたしとお父さんは気付いていなかった。


 ◇◇◇◇◇◇


「まずいな……水と食料がない」

「……おなかへったぁ~」


 バイクを止め、周りを見ると……な~んもない。

 草原だけ、川もないし水気がない。おなかへった……ごはんたべたい。


「参ったな……」

「どうするの? このまま餓死~?」

「そんなことにはならない。鳥とかウサギとか捕まえて……」

「さばいて焼くの? 包丁とかあるの? というかどうやって捕まえるの? そもそもさばけるの?」

「……なら、魚」

「草原しかないじゃん」

「…………」


 た、頼りにならな~い……マジでどうしよ。

 お風呂も入れないし髪も洗えない。というか着替えもないし……あの白い神様、少しは気を遣えってばぁ……さいあくぅ。


「大丈夫。まだ日も高い、どこかに人でもいないか探してみよう」

「望み薄……それに、ここ異世界だよ? 言葉通じる~?」

「いいから行くぞ。乗れ」

「はぁ~い……」




 ◇◇◇◇◇◇


 ◇◇◇◇


 ◇◇




「あのぉ~……なーんもないんですけどぉ~」

「…………」


 バイクは平原を進む。

 どうも、人の手が加えられた形跡のない平原だ。人工物の気配がまるで感じられない草原を、ただひたすらバイクは進む。

 風は温かく、杏奈と猛の身体を優しく包み込む。

 

「ん……おい杏奈、あれ」

「んん~?……あ!!」


 大草原の先に、何かが歩いている。あれは……ラクダだろうか?

 大きな荷車を引いた、巨大なゾウみたいなラクダが、のっしのっしと歩いていた。

 間違いなく、人の手による乗り物だ。


「やった! ねぇねぇ、水とか食料もらおう!」

「そうしたいが……大丈夫なのか? 強盗とか、いきなり撃たれるとか」

「そのショットガンは飾り? 拳銃もあるじゃん!」

「いや、殺人はできないぞ!?」

「とにかく行こう!」

「む、うぅ……」

「もう! ビビりなんだから!」


 猛と杏奈のバイクは、巨大ラクダの元へ向かった。

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