第22話・父と娘、エルフと妖精を驚かせる
風エルフのシルファと、風妖精のプリマヴェーラ。
シルファは杏奈と同年代くらいだが、喋り方や佇まいが成人女性を感じさせる。表情も引き締まり、姿勢もピシッとしていた。
プリマヴェーラは、三十センチくらいの妖精だ。外見も可愛らしく、シルファと並ぶとまさに妖精の姉妹にしか見えなかった。
シルファを雇うことが決定し、お互いの話をする。
ちなみに、シルファは自分のテントを猛と杏奈のテントの隣に設置した。どうやら護衛依頼はもう始まっているらしい。
焚火を囲い、収納から出したカップに果実水を注いで杏奈とシルファへ。このカップも果実水も、コボルトの集落で買ったものだ。
「正式な手続きはこれからだが、今夜から私が貴方たちを護衛しよう。夜の見張りは任せ、ゆっくりと休むがいい」
「えー!! シルファさんシルファさん、あたし、シルファさんのテントにお邪魔していっぱいお話聞かせてもらいたいのにー!!」
「こら杏奈、シルファさんを困らせるな。と言いたいが……護衛とはいえ、女の子一人で夜通し護衛をしてもらうのは、大人としてはちょっと」
「女の子? ははは、こう見えて私は2300歳だ。エルフとしてはすでに成人している」
「ぶっ」
「あ、やっぱり。エルフって長寿なんだねー」
「成人しているが、エルフの集落では子ども扱いだがね」
2300年。噓……をつく理由はない。
外見は17歳くらいにしか見えないのに、これには本当に驚いた猛。
「あ、野営なら大丈夫。あたしが結界を張りますから」
「結界? 杏奈は法術師なのか?」
「いいえ、あたしは魔法使いです!
杏奈は杖を抜き、シンプルな掛け声で魔法を発動させる。
猛にはよくわからないが、どうやら周囲に結界を張ったらしい。
「なっ……」
『うっそ!?』
「さ、これで安心。悪意ある人や魔獣は絶対に入れない結界の完成です!」
「ば、バカな……触媒も祝詞も法術陣もなしに結界を発動させただと!? しかもこの強度……法王級の結界に匹敵する!!」
『び、微精霊たちが喜んでる……周囲を拒絶する結界なのに、拒絶どころか精霊を受け入れて悪意だけを拒絶する結界……こんなの、四大精霊でも使えないよ!!』
「おい、杏奈……」
「あ、あれ? なんかヤバかったかな?」
どうやら、シルファやプリマヴェーラにとって、杏奈が張った結界は相当なレベルらしい。
杏奈本人は、『自分たちを守る結界』と念じて、好きな漫画のイメージをしながら結界を張っただけなのだが。
「アンナ、君はいったい……」
「え、えーと、あたしは魔法使いです!」
「マホウ、ツカイ……」
『あたし、知らない……』
「あ、あはは……」
結局、この日は微妙な空気で夜が更けていった。
杏奈は予告通りシルファのテントに入ったが、どんな話をしているか猛にはわからない。
もしかしたら、魔法のことを話しているかもしれない。生と死の神ルシドのことは言わないようにと言っているから大丈夫だと思うが……。
この世界では、あまり目立たないことに越したことはない。猛と杏奈はこの世界では異物に近い。何が原因で迫害されるかわからないのだ。
猛は、自分で建てたテントに一人で入る。クウガは杏奈が連れて行ってしまったので、本当に一人だ。
「エルフの集落……深雪なのか?」
女僧侶のジョブを持った、黒髪の女性。
深雪本人かもしれない。深雪じゃないかもしれない。それとも…………深雪が生んだ深雪の娘、という可能性もある。
確認せねばならない。
「深雪……」
今更だが、猛は思った。
深雪の写真一枚でも、持ってくればよかったな、と。
◇◇◇◇◇◇
翌日。食事の世話は猛たちの仕事なので、シルファとプリマヴェーラの食事も合わせて準備する。
杏奈は起きてこなかった。たぶん、シルファといろいろ話したのだろう。なので、猛は簡単な朝食を作った。
卵と異世界ベーコンを焼き、サラダを盛り、食パンを炙り、卵と異世界ベーコンを乗せる。スープは野菜をたっぷり入れ、四人で食べきれる量を作った。
すると、眠そうな顔の杏奈とシルファが起きてきた。
「あー……、またお父さんにやられたぁ」
「起きないお前が悪い。ほら、川の水で顔を洗って来い」
「うー……」
「アンナ、しっかりしろ。顔を洗いに行くぞ」
「ふぁ~い」
「タケシ殿、アンナは任せてくれ」
「ああ」
シルファは杏奈の背中を支え、一緒に川へ向かった。
すると、風妖精のプリマヴェーラが猛の肩に止まる。
『アンナ、昨日はすっごく興奮してお話してたわ。あたしたちもアンナのマホウのこと聞いて驚いたけど……あの笑顔、眩しかったわ』
「ははは。あいつはこの世界に来てから楽しいことだらけのようだ」
『この世界?』
「あっ、いや、山暮らしだったからな。下界のことだよ。それより、妖精って肉は平気か?」
『大好物!』
猛も、彼女たちとうまくやれそうな気がした。
◇◇◇◇◇◇
杏奈の魔法もだが、猛はすっかり忘れていた。
食事の片付けをして、テントも火の始末も終える。そして出発……。
「あ、バイク」
ハーレーは二人乗り。三人は無理だ。
杏奈とシルファはずっとお喋りしている。さて、どうしようかと悩んでいると。
「あ、お父さん。シルファさんは空飛ぶから大丈夫だって!」
「え?……と、飛ぶ?」
「うん! あたしたちはバイクで、シルファさんはあの後を追いかけるってさ」
「…………」
首を傾げると、シルファが猛の元へ。
「タケシ殿。なにやら移動手段があるそうだが、アンナと二人しか乗れないと聞いてな。だが問題ない、風妖精のプリマヴェーラの力があれば、空を飛ぶことはたやすいからな」
「そ、そうですか」
「だから、安心して進んで欲しい。道中の護衛は任せてくれ」
「……わかりました」
猛は収納からバイクを。ハーレーダビッドソンを召喚し、シルファとプリマヴェーラの度肝を抜いた。
「な、なんだこの鉄の塊は!?」
『すっご……アンナもだけど、タケシもすごいの?』
「俺と杏奈は、これで移動していたんです。では」
猛はキーを差し、ハーレーダビッドソン特有のエンジン始動の手順を踏む。
キックペダルを踏み、いつもの重低音の唸り声と振動が猛の心を震わせる。
「よし、今日も元気だな。よろしく頼む」
「て、鉄の魔獣……タケシ殿は魔獣使い……テイマーなのか!?」
「ち、違います。これはこういう乗り物です」
「…………そう、か」
たぶん、シルファは納得していない。だが、説明のしようがないので、諦めた。
クウガの籠を再び取り付け、杏奈が背中合わせでタンデムシートに座る。
猛はサングラスを掛け、ショットガンに弾を込め、ハンドガンの具合を確かめる。
「お父さん、護衛に任せようよ」
「い、いいだろ別に……」
「まぁいいけどー。シルファさん、やる気満々みたいだよ、ほら」
「ん?」
シルファを見ると、目を閉じて何かブツブツ呟いていた。
すると、シルファの周りに風が舞う。
『風の精霊プリマヴェーラよ。我に力を与えたもう!』
『我が契約者シルフィウィンドよ、風精霊の力をここに!』
おそらく、精霊にしか聞こえない呪文なのだろうが、猛と杏奈にはしっかり聞こえた。すると、シルファの周りの風がエメラルドグリーンに輝き、シルファの身体がふわりと浮き上がったではないか。
「お、おお……」
「カッコいいーーーーーッ!!」
「では、町まで案内しよう。私についてきてくれ」
「わかった」
「……お父さん、上見ちゃダメだからね」
「は?」
「いいから!」
「あ、ああ」
空を飛ぶシルファは……下着が丸見えだった。
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