第21話・父と娘、エルフと妖精の護衛
妖精は、契約者としか意思疎通できない。
自然の化身である妖精は、その属性に応じた力を契約者に与える。契約者は契約の対価を支払う。シルファとプリマヴェーラの場合、シルファがプリマヴェーラの世話を全面的にするという対価だった。
「タケシ、アンナ。もう一度聞く……プリマヴェーラの声が聞こえるのか?」
「ええ。聞こえます」
『うっそ……ほんとに聞こえるの?』
「うん! プリマヴェーラちゃん可愛い~……ねぇねぇ、あたしの手にも座る?」
『い、いいけど……』
プリマヴェーラはふわっと浮き上がり、杏奈の差し出した手に座った。
杏奈は嬉しいのか、プリマヴェーラを顔に近付け、キラキラした瞳で見つめている。
『ちょっと、あんまりジロジロ見ないでよ』
「だって妖精って初めてみたんだもん。いいなぁ……あたしも妖精と契約したい」
『むりむり。できないわよ』
杏奈とプリマヴェーラのやり取りを聞くシルファは驚愕していた。
「まさか、本当に意思疎通できるとは……あなたたちは一体」
「え、ええと。旅の者です。ずっと山暮らしでしたので、そのせいかな~……なんて」
猛は適当にごまかすが、シルファは納得していない。
生と死の神ルシドの搭載した翻訳機が高性能だったからなど、信用してもらえるはずがない。それに、異世界転移したなど言えるはずもない。
「あ、ええと……そうだ、シルファさんに聞きたいんですが、冒険者ということは、いろいろな町や村に出向くこともあるということでしょうか?」
「ああ。私はソロだから比較的好きな場所に行ける」
「お聞きしたいんですが、こちらの杏奈に似た、黒髪の女性を見たことはありませんか? 心当たりでもいいんです。黒髪ということだけでも」
「黒髪の女性……ふむ」
シルファは少し考える。
「確か以前、エルフの集落に数人の冒険者が遺跡調査にやってきた。その時に若い黒髪の女性がいたはずだ」
「えっ……そ、それはいつ頃の話ですか!?」
「五年ほど前の話だ。長い黒髪で、僧侶のジョブを習得していた」
「五年……」
深雪がこの世界に転移して何年経過したかはわからない。だが、人生をやり直したのなら、冒険者になっている可能性もあるのではないか。
猛はしばし考え、杏奈を見た。
「見てみて、この子はクウガ! めっちゃモッフモフでしょ!?」
『ぐ、グリフォンのヒナじゃない。なんでここに……』
「親に捨てられたのをお父さんが助けたの。立派に育てて最強のグリフォンにしてやるんだから!」
『捨てられたグリフォンって……物好きなのねぇ』
杏奈は、プリマヴェーラを連れてクウガの元へ。
お腹いっぱいで寝てるのか、クウガの背中にプリマヴェーラを載せてもスヤスヤ眠っている。
『これ、いいベッドになるわね』
「食べられないようにねー?」
『ふふ、可愛い。もふもふ最高~』
どうやら和んでいるようなので、猛はシルファに視線を戻す。
「シルファさん、その時の状況を詳しく」
「構わんぞ。私はたまたま帰省していてな、集落に若い四人組の冒険者がやってきたんだ。エルフの集落の奥にある遺跡を調査させてほしいとな。我々エルフにとって遺跡などただの石の塊だったから、自然を破壊しないことを条件に許可を出した。冒険者たちは普通に調査をして戻ってきたな」
「それで、黒髪の女性は?」
「ふむ、あの活発な少女か。森や遺跡にえらく興奮していたな」
「…………!!」
深雪かもしれない。
深雪にも、知らない場所や物で興奮する癖があった。深雪を驚かせようと、デートの場所を探すのに苦労したことが何度もある。
「長老なら当時のことを知っているぞ。二百年前に食べた朝食の内容ですら鮮明に覚えている頭脳の持ち主だからな」
「エルフの集落の場所を! もしかしたら、俺の探している人かもしれない!」
「構わんが……ここからだと、かなりの距離になるぞ」
「構いません。少しでも情報があるなら、どこにでも行きます」
「……いいだろう」
猛は、収納から地図を出し、タック特製の折り畳みテーブルの上に広げた。
「ほぉ、収納持ちか」
「現在位置はここ、コボルトの集落がここ、商業都市がここです」
「ああ」
シルファの目の前で収納を使ったが、猛はどうでもいいのか無視した。
少し気が流行っていると自覚し、深呼吸する。
「エルフの集落は、この先にある村を抜けて北上し、大森林を抜けて山越えするルート……ここだ」
「……遠いな」
日本で例えるなら、本州横断ほどの距離がある。
一月ほどかかる道のりだ。バイクだけで進むのは難しい。途中、大きな湖を超えるルートも含まれている。
「道中は危険が伴う。大森林は魔獣の住処となっているし、山越えも危険な個所がいくつもある。エルフの集落に向かうのはたやすいことではないぞ」
「…………」
猛は、地図を見る。
確かに、道なき道もあり、地図を見ただけではわからない箇所も多くある。走らなければ地形もわからないし、魔獣の集団が出ることもあるだろう。
道中も、いくつか村や町を経由しなくてはたどり着かない。それに、商業都市から大きく外れるルートだ。
「……よし。杏奈、ちょっと来なさい」
「ん、はいはーい」
クウガを抱っこし、プリマヴェーラを肩に乗せた杏奈が来た。
いつの間にかクウガは起き、プリマヴェーラと仲良くなっている。
「杏奈、深雪の手がかりを見つけた。場所はここ、エルフの集落だ」
「おお! って、遠いね」
「ああ。お父さんは行きたいが……」
「もちろん行く! ってか、エルフの集落なんて面白そうじゃん! ね、クウガ」
『ぴゅいぴゅい! ぴゅいぴゅい!』
「はは、ありがとう。よし、商業都市のルートからは外れるが、エルフの集落へ向かおう」
ルート変更。
商業都市ポワレ→エルフの集落。
深雪の断片的な情報をゲット。
猛は、シルファに頭を下げる。
「ありがとうございます。少し希望が見えてきました」
「そうか。それはよかった『はいはーい、提案しまーす!』……なんだ、プリマヴェーラ」
風の妖精プリマヴェーラは、杏奈の肩からシルファの肩に止り、猛に提案する。
『あのさ、提案なんだけど。エルフの集落に向かうなら、シルファを雇わない?』
「え?」
「お、おい、プリマヴェーラ?」
『こういう機会でもないと、この子は里帰りしないのよねー……それに、あたしも久しぶりにエルフの集落の風を浴びたいし』
「雇うとは……護衛、ですか?」
『ええ。この子は強いわよ? この辺の魔獣なんか片手で蹴散らしちゃうんだから!』
「雇います! エルフのおねーさん、パーティーイン!」
「杏奈、静かにしなさい」
『もちろん、もらうものはもらうわ。食事はそっち持ちで、報酬は後払いで。シルファもそれでいいよね?』
「む……」
『おじさんおじさん、ちょっと来て来て、依頼料の相談しましょ!』
「あ、ああ」
猛はプリマヴェーラに引っ張られ移動し、報酬の相談をする。
「護衛など雇ったことがないから相場がわからない。一日いくらだ?」
『シルファは高位冒険者だから、一日五万ドナはするわね』
「ご、ごまん?」
『で・も、食事代を出してくれるなら、一日二万ドナにしてあげる! どうどう、かなり破格の値段よ?』
「二万……三十日で六十万ドナか」
ぶっちゃけ、払おうと思えば払える。
マホガニー商店から
だが、護衛以上に、この世界のことをもっと知りたかった。一か月の道中、シルファからいろいろな話が聞けるのではないか。情報量を含めて一日二万は安い。
「よし、交渉成立だ」
『まいどっ!』
猛は、お金がある証拠として、収納から札束を出してプリマヴェーラに見せた。するとプリマヴェーラは興奮して羽をパタパタさせている。
今気づいたが、プリマヴェーラはお金にシビアな性格のようだ。
『よーしシルファ! 新しい仕事よ!』
「全く、仕方ない……では、正式に依頼を受けよう。その前に、近くの町に寄って、グリーンラプトル討伐の報告をさせてくれ。その後、タケシとアンナの護衛依頼を受ける」
「やった! エルフのおねーさんパーティーイン!」
「お前、さっきも言ったぞ、それ」
『ぴゅいぴゅい!』
こうして、猛の杏奈の旅に、風エルフのシルファと風の妖精プリマヴェーラが加わった。
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