第20話・父と娘、エルフと妖精に出会う
猛は、裸の少女から目を逸らす。少女は蹲ったままプルプル震え、クウガはぴゅいぴゅい鳴いていた。
当然、叫び声を聞いた杏奈が、杖を持って駆けつける。
「お父さんどうしっ…………うわ、最低」
「ち、違うんだ!」
「じゃあその手に持ってるのは?」
「…………」
猛の手には、少女の物と思われる下着が握られたままだ。
慌てて手を離すと、水にぬれた下着はクウガの頭の上にパサリと落ちる。
杏奈は、蹲る女性に声をかけた。
「あ、あの、ごめんなさい。うちのお父さんが失礼を」
「…………」
「お父さん!! さっさとあっちに行ってよ!!」
「す、すまない!!」
猛は、クウガを抱えてその場から離れた。
水浴びをしていないクウガは不満そうにぴゅいぴゅい鳴くが、それどころではない。
猛は、呼吸を整える。
「ふぅ……」
女性の裸を見たのは何年ぶりだろうか。
若く、美しいラインが猛の脳に焼き付き、なんとか忘れようと頭をブンブン振る。
おそらく、あの女性は水浴びと洗濯をしていたのだろう。下着が流され追いかけたところで、猛に遭遇したのだ。
「はぁ……ちゃんと謝らないと」
『ぴゅいぴゅい! ぴゅいぴゅい!』
「なんだ、腹が減ったのか?」
猛は、クウガを抱えてキャンプに戻った。
◇◇◇◇◇◇
杏奈は戻っていなかったので、夕食の支度を猛が引き継ぐ。
カットした野菜に肉、フライパンがあり、カットした食パンもある。今日のメニューはパンに肉野菜炒めを挟んだものだ。シンプルで料理初心者の杏奈でも造れる、お手軽メニューだ。
クウガにトカゲ肉を食べさせ、猛は調理を開始した。
パンの表面を軽く炙り、肉野菜を手早く炒めて挟み込む。
杏奈はまだ戻らないので、簡単な卵スープも作った。すると、杏奈と、先程の銀髪の女性が一緒に戻ってきた。
「あーっ!! あたしが料理したかったのにーっ!!」
「はいはい。そんなことより……」
猛は、杏奈と一緒に来た女性に頭を下げた。
「申し訳ございませんでした!」
銀髪の女性は、ふるふると首を振る。
「謝るのはこちらだ。あなたに非はない、私の招いた事故に巻き込まれただけ……こちらからも非礼を詫びよう」
「いえ、そんなことはありません。どんな形だろうと、女性の肌を見た男の私に非があるあのは当然だ。頭を下げても足りないくらいです」
「やめてくれ。殿方がそう簡単に頭を下げるものではない」
「いいえ、下げるべきに下げない頭に価値はない。私はあなたに謝罪したいのです」
「しかし「あーもう!! 二人ともいい加減にしてよ!!」
杏奈がビシッと言うと、猛と銀髪の女性は杏奈を見た。
「お父さんはシルファさんの裸を見て謝った、シルファさんは下着を流されて裸でお父さんの前に出たことを謝った、それでおしまい!! さ、ごはんにしよ!!」
「「……あ、ああ」」
無理やりまとめ、夕食の時間になった。
◇◇◇◇◇◇
「私の名はシルファウィンド、言いにくいのでシルファでいい。見ての通り、『風エルフ』だ」
「え、エルフキターッ!! お父さんお父さん、シルファさんってエルフなんだよ!!」
「え、エルフ……」
「……もういい。どうせわかってないみたいだし」
「す、すまん」
長い銀髪に長耳の少女・シルファウィンドことシルファ。
杏奈と一緒に荷物を運んできたのか、カバンや武器を持っている。
胸当てに籠手、膝下まであるブーツにマントを装備し、武器は短剣と弓だ。弓の大きさはシルファと同じくらいで、かなり頑丈そうな木製だった。
せめてもの詫びにと夕食に誘うと、シルファは応じてくれた。
「ところで、シルファさんはここで何してたんですか?」
「ああ。近くの村で依頼を受けてな、ここら一帯を縄張りにする『グリーンラプトル』の討伐にきたんだ」
「グリーンラプトル……」
「そうだ。単体では大したことはないが、奴らは群れで獲物を狩る習性がある。繁殖しているのか、この辺りで爆発的に増えてな。近隣の村や集落の作物や家畜に被害が出たので、冒険者の私が討伐に来たんだ」
ものすごく心当たりのある魔獣だった。
杏奈はどうでもいいのか興奮している。
「ぼ、冒険者っ!」
「なるほど……ですがシルファさん、おひとりでですか?」
「ああ。こう見えて高位冒険者なのでな。それに『妖精術』も使える」
「妖精術?」
杏奈が首を傾げると、シルファは驚く。
「妖精術を知らないのか? 珍しいな」
「あ、えっと……あたしとお父さん、山暮らしで、いろいろ知らないことだらけなんです」
「……失礼した。では教えよう。妖精術とは、大自然の化身である『妖精』と契約して発揮する力のことだ。私は風の精霊と契約している」
「精霊キターッ!!」
「せいれい……ふむ、幽霊みたいなもんか」
「お父さんぶち壊し。黙ってて」
「……はい」
杏奈に睨まれ、猛はスープを啜る。
塩味の利いた卵スープはなかなかの味だった。
すると、シルファが手を持ち上げる。そこにエメラルドグリーンのキラキラした光が舞い、小さな羽の生えた人間が現れ、シルファの持ち上げた手の上に座ったのだ。
『見てたわよ。シルファ、人間に裸見られたのね~』
『だ、黙れプリマヴェーラ! とにかく、お前の説明をしたから紹介してやろう。タケシ殿とアンナ殿だ』
『女の子は可愛いけど、男はちょっと冴えない感じねぇ』
妖精は、緑色の髪をツインテールにして、蝶のような透き通った羽をパタパタさせる。
猛は驚き、杏奈は目をキラキラさせる。
「妖精可愛いぃ~♪ プリマヴェーラちゃんっていうのね、よろしく!」
「驚いた……異世界はすごいな。それと、冴えない男で悪かったな」
「『え……?』」
シルファとプリマヴェーラは驚愕していた。
猛と杏奈を交互に見つめ、シルファとプリマヴェーラは顔を合わせる。
そして、シルファは言った。
「ふ、二人とも……プリマヴェーラの声が、聞こえるのか!?」
「「え?」」
どうやら、猛と杏奈に搭載された異世界語翻訳機は、かなり高性能らしかった。
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