第三章・エルフと妖精

第19話・父と娘、新たな出会い?

 目指すは商業都市。だが、その道のりは険しい。

 いくつかの山や森、町を経由してようやく辿り着く場所だ。日本で言えば、いくつかの県を横断するレベルの距離で、慣れない異世界の道路だと何日かかるかわからない。

 冒険者小屋もあるが、野宿も覚悟しなくては。


「杏奈、野宿もあるからな。今のうちに覚悟しておけ」

「大丈夫。この世界に来てから覚悟はしてるよ。お風呂とか入れないだろうなーとか、モンスターの肉を焼いて食べるとか」

「そ、そうか……たくましいな」

「それに、魔法でお湯出せるし、超強力な結界も張れるから心配しないでいいよ」

「あ、ああ……」


 杏奈は、とても頼りになる存在だ。父として嬉しいのやら悲しいのやら……。

 タンデムシートに背中合わせに座る杏奈は、目の前に取り付けた籠をパカッと開ける。そこには、白くふわふわまん丸な生物が入っていた。


『ぴゅいぴゅい、ぴゅいぴゅい!』

「んークウガは可愛いねぇ。お腹へったのかな?」

『ぴゅいぴゅい!』

「はいはい。ごはんあげますからねー」


 杏奈は、サイドバックからトカゲ肉を取り出し、クウガに食べさせた。

 グリフォンのヒナのクウガ。コボルトの集落で猛が助けた、ハヤブサのような生物だ。

 ヒナなのでよく食べる。数十分に一度はエサをやらないと暴れるのだ。なので、運転中の世話は杏奈に任せている。


「お父さん、どこに進んでるの?」

「地図を見ろ地図を。最初は山越えだ」

「山かぁ……危険な魔獣とか出ないといいね」

「不吉なことを言うな」


 商業都市へ向かう最初の難関は、山越えである。

 道は整備されているのでバイクで進めそうだが、危険な個所もあるだろう。旅の道具に登山道具もあるので、使用する機会が早くもやってきた。

 

「んん~っ! 風が気持ちいいねぇ~っ!」

「バイクの醍醐味だ」


 ハーレーの重低音エンジンと振動が身体に響き、柔らかな異世界の風が頬を撫でる。

 信号や交通ルールがない世界で走るのは素晴らしい。道路こそ整備されていないが、それがまたいい味を出している。

 異世界に来てよかった。

 もしこの世界に来なければ、再びバイクに乗ることもなかっただろう。

 それに、深雪がこの世界にいる……それだけで、猛は昔の自分を思い出すことができた。


「ねーお父さん、もっと飛ばしてよ!」

「ああ……行くぞ!」


 猛はアクセルを捻り、スピードを上げた。


 ◇◇◇◇◇◇


 どんな旅にも、ハプニングはある。


「お父さんお父さん、後ろ後ろ!」

「わかってる! 下噛むぞ!」


 猛たちは、小型の恐竜みたいな魔獣に追われていた。

 二足歩行に緑色の皮膚、見た目はラプトルのような魔獣だが、恐ろしいのはサーベルタイガーのような牙が生えていることだ。

 バイクで林を走行中、いきなり藪から飛び出して襲ってきたのである。


「どう見ても肉食だぞ!? 捕まったら不味い!!」

「飛ばせ飛ばせーっ!」

「おま、魔法でなんとかしろ!」

「あ、前からも来た!」

「何ぃ!?」


 ここは林。道沿いに藪はいくらでもある。

 どうやら、群れで待ち伏せして襲うタイプの魔獣だ。

 猛は少しスピードを緩め、ショットガンを取り出す。


「後ろは任せる!」

「おっけぇ! けつ!」


 後ろから来ていたラプトルが、見えない壁に思いきり激突した。

 それを確認することなく、猛はスピンコックでショットシェルを装填。いつの間にか並走しているラプトルめがけて引金を引いた。


『ギィッ!?』

「うわグロッ!?」


 猛は答える余裕がない。

 ラプトルの頭が吹き飛び、脳らしきものが飛び散る。再度スピンコックで装填。反対側のラプトルの胸に大穴が空く。

 

「ッチィ、数が多い……!!」


 二体倒したが、ラプトルは藪からまだまだ出てくる。

 このまま突っ切ろうとショットガンをしまい、アクセルを握った。


「任せて、睡眠スリプル!」

 

 杏奈の杖から、キラキラしたモヤが噴出し、雲のように周囲に広がっていく。すると、ラプトルたちがフラフラよろめきバタバタ倒れていく。


「おぉ……」

「まとめて吹っ飛ばすのは楽だけど、火事になっちゃうからね。平和的な解決!」

「さすがだ。杏奈」

「いぇい!」


 林を抜け、ラプトルの脅威からなんとか逃れることができた。


 ◇◇◇◇◇◇


 冒険者小屋が近くになかったため、川沿いで野営をすることにした。

 ちゃんとした道具があるなかでの野営は初めてかもしれない。


「テントは一つしかない。我慢しろよ」

「わかってるよ」


 タック特製の折り畳み式テント。金属製の骨組みを組み立て、魔獣の皮のシートをかぶせるだけ。冒険者にとって野営用テントは必需品。女性でも組み立てやすいようにをモットーに作ったらしい。

 テントを組み立て、収納から道具を取り出す。

 竈用の石、薪、着火剤、鍋。水は杏奈の魔術で出してもらう。


「お父さん、コボルト祭りで食べ物いっぱい買ったんじゃないの?」

「そうだが……せっかくだし、キャンプ道具を使いたくてな」

「ふーん。まぁいいや、どうせ料理はあたしがやるし」

「いや、別に無理しなくても「してないし!」……わ、わかった」


 杏奈に鉄鍋をひったくられた猛は、クウガに餌をやることにした。


『ぴゅいぴゅい! ぴゅいぴゅい!』

「わかったわかった……ん? あ」

『ぴゅいぴゅい! ぴゅいぴゅい!』


 なんと、クウガを入れているバスケットのクッションが汚れていた。どうやら粗相をしてしまったらしい。

 杏奈は調理中なので、クウガを連れて川へ。クウガとクッションを綺麗にしてやろうと川辺に座り、水の冷たさを確認しようと手を突っ込む。


「うん、けっこう温いな。これなら…………ん?」


 ふと、川上から何かが流れてきた。

 それは、猛の目の前まで流れてきた。猛はそれを何気なく掴み、広げ……。


「…………」


 それは、下着だった。

 しばし硬直していると────────。


「ま、待っ…………」

「え?」


 パシャパシャと、水辺を走る音だった。

 声も女性。しかも、かなり若い。

 声の主の方向へ顔を向け、後悔した。


「…………」

「…………」


 女性は、美しい銀髪だった。

 17歳ほどだろうか。彫刻のように整った容姿、均整の取れたボディライン、伸ばした手は下着に向かっている。どうやら、流されたのはこの少女の物らしい。

 問題は、少女が何も身に付けていないということだ。

 水浴び中、下着が流されてしまったのだろう。


「っひ」

「あ」


 少女の耳は、とても長かった。

 猛は知らない。彼女は、森の民エルフということを。


「ひゃぁぁぁぁぁぁ────────っ!!」


 川沿いに、エルフ少女の声が響き渡った。

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