第6話・父と娘、異世界の話を聞く

 テーブルに突っ伏すルミミエの反対側に座り、猛はごくっと唾をのむ。目の前の女性の顔は赤く、どう見ても酒に酔っていた。


「さっそくだけど何が知りたい? 質問に答えてよるよぉ~……うぃっく」

「あの、大丈夫ですか?」

「気にすんなって、あたしは魔女だぞぉ~?」

「魔女……あの、亜人という人種は、この世界では普通なのですか?」

「この世界とは、ははは、まるで別な世界があってそこから来たみたいな言い方だねぇ」

「っぐ……」


 ニヤニヤするルミミエは、にんまり笑う。猛は、どうにもこのルミミエが苦手だった。


「亜人っつーのはババロアやモーガンみたいなナリのやつを総称して言うのさ。あたしやあんたみたいな人間とは別の人、ってわけさ」

「なるほど。じゃあ、亜人はこの世界にたくさん存在してるんですか」

「そーやね。昔は人と亜人で戦争もあったようだけど、今じゃそんなの関係なし、仲良しこよしさ」

「ふむ……」


 亜人。まるで物語の世界だと猛は思う。

 でも、これが現実だ。むしろ、この世界の人たちからすれば、自分たちは異物ではないかと思う猛。


「あの、この世界の社会情勢……ええと、その、紛争とか戦争とか、どこかで起きていますか? 人が亜人が大勢死ぬような、戦いは……」

「ん~? はっはは、大丈夫大丈夫。魔獣はわんさか現れるけど、国家間の戦争なんてもう何千年も起きていないよ。旅をするには安全さ、じゃなきゃうちらだって旅の商人なんてやらずに、どっかい町で店を構えてるさ」

「……よかった」


 旅で大事なのは身の安全。猛はそう考えている。

 この世界の情勢が不安定なら、警戒をしなくてはいけない。ほんの些細なことで銃弾が飛び交うこともある地球から来たのだ。用心はする。


「あと、その……自衛の手段とか、みなさんはどのように?」

「んー、あたしは『法術ほうじゅつ』と『元素術げんそじゅつ』を使うけど、モーガンは斧を使うね。ほらあいつ、見ての通り筋肉野郎だからさ」

「なるほど……ほうじゅつ、げんそじゅつ……その、魔法とか、銃は」

「マホウ? ジュウ? なんじゃそりゃ?」

「鉄の弾を撃ち出す兵器とか、手から火を出したりとか」

「なーんじゃそりゃ? 鉄の弾って、弓矢とか? 手から火って、亜術のことかい?」

「…………」


 弓矢はあり銃はない。魔法は亜術と言われている。

 文明レベルはそう高くないようだ。バイクなど存在しなくて当然だろう。

 

「元素術、法術とは?」

「んー、元素術は万物の神に祈りを捧げて起こす奇跡で、法術は法の神に祈りを捧げて起こす奇跡のことさ。他にも、死の神に語り掛ける霊術や、亜獣の神に祈りを捧げて奇跡を起こす亜術とかあるよ」

「…………なる、ほど」


 猛は、さっぱり理解できなかった。

 ファンタジー世界ということはわかったが、普段から読書などしない猛にはわからない。物語など、童話くらいしか知らないのである。


「あっははは、難しいかい? まぁ、神に祈りを捧げて起こす奇跡と思えばいい。さっき言った炎は、元素術に分類されるね」

「ふむ……では、武器とかはどのようなものが?」

「はぁい? 武器って、剣とか斧とかだろ? 槍も投石も弓矢も、そんなことはドワーフのタックにでも聞きな」

「わかりました……では「じゃじゃーん!」


 ここで、二階で服を選んでいた杏奈が戻ってきた。


「ふふふ、ザ・魔法使い! テンション上がってキター!」

「こら、騒ぐな杏奈」

「へいへーい。ねぇ、どう?」

「ん?……ほぉ」


 杏奈の服は、動き易さをメインにしたものだった。赤を基調としたデザインで、短いスカートにブーツを履いている。そして、妙に長いマントを付けていた。


「そのマントは?」

「カッコいいっしょ? 魔法使いといったらマントよ!」

「……バイクに乗るときは外せよ。タイヤに絡まったら首が締まるぞ」

「わかってますー。それと、魔法の杖!」

「杖って、指揮棒じゃないか」

「ちっがう! ああもう、これだからセンスのない親父は……」

「おい、さすがに傷つくぞ」

「ふん! それとこれ、財布も買った。服の代金を抜いて半分ずつにしたから持ってて。それと、ドナだっけ? 日本円とそんなに変わらないよ。靴下は300ドナだったし」


 杏奈は、折り畳みの財布を猛に差し出す。

 中を確認すると、札が二十枚ほど入っていた。どうやら硬貨ではなく札もあるようだ。

 猛はジャケットの胸ポケットに財布をしまう。


「ふふ、似合ってるわよ、お嬢ちゃん」

「杏奈でいいですよ! それより、魔女のお姉さん。あたしに魔法のこと教えてください! それと、この世界のこともたくさん知りたいでっす!」

「あらあら、好奇心旺盛ねぇ。マホウは知らんけど、それ以外なら答えてあげる」

「やたっ!」


 猛はルミミエに頭を下げ、タックの元へ向かった。

 たぶん、あの二人の会話は長引くだろう。好奇心旺盛というか、異世界にきて杏奈のテンションは絶好調だ。


 ◇◇◇◇◇◇


 タックは、工具片手にバイクをジッと見ていた。

 まさか分解する気かと思い、猛は声をかける。


「どうですか?」

「むぅ……さっぱりわからん、ということがわかった。なんじゃこりゃ、分解しようにもできん。この複雑な塊で一つの部品というか……ああもう、オレの手には負えねぇ」


 猛はホッとした。

 走ってみてわかったが、このバイクは燃料が減らない。

 燃料タンクに燃料は入っているが、まるで減る気配がないのである。しかも、一度収納して出したせいか、タイヤの汚れや細かい汚れ、傷なども消えている。

 ショットガンの弾と同じく、燃料はなくならないし、絶対に壊れないような気がした。

 それと、猛は確信している。

 このバイクは、自分にしか運転できないであろうと。たとえキーを回しても、ギアを変えてクラッチで繋ぎ、アクセルを回して発進させることは自分にしかできないと。

 

「お手上げだ。ったく、なんだこれは」

「はは……あの、もういいですか?」

「ああ、わからないことがわかった。けっこう長く生きてるが、こんなこともあるんだな。いい刺激になったぜ」


 猛はバイクを消し、タックに頭を下げた。


「っと、そういやぁ、おめーたちこれからどうする? オレたちは近くの集落で商売して、いくつか村や町を回りながら進む予定だが、近くの集落までだったら乗せてやるぜ」

「集落……どんな場所ですか?」

「なんてことのねぇ小さな集落よ。旅人がたまーに立ち寄るような、大したモンのねぇ場所で農業を生業としている。農業をするなら鉄製品は売れるし、薬師がいないなら薬は売れる、農作業で服は汚れるだろうし、オレらにとっちゃいい稼ぎ場だ」


 農業なら、鍛冶屋のタックが作った金属製の鍬が売れるだろうし、鍋や包丁の修理もできる。魔女のルミミエが作った薬は住人に重宝されるだろうし、ババロアの作った服や下着も必要になる。


「なるほど、移動商店に相応しい人たちの集まりなんですね」

「かっかっか! そうだな」


 タックはゲラゲラ笑い、猛も笑った。

 最初に出会った異世界の人たちが、タックたちでよかったと猛は思う。

 そして────────。


「ん、どうしたモーガン? メシはまだだぞ」


 二階の階段から、牛人の護衛モーガンがヌッと現れた。


「…………違う。緊急事態だ」

「……どうした?」

「血吸い綿毛が飛んできた。マホガニーを守らないと」

「なんだとぉ!?」


 タックの叫びにギョッとする猛。タックは慌てて近くの窓を開け、大きく舌打ちをした。


「っちぃぃっ!! モーガン、マホガニーの背に乗って綿毛を打ち落とせ!!」

「ああ。でも、それだけじゃない。地面を見ろ」

「なに……おい、噓だろ!? まさか岩ミミズか!!」

「ああ。まずいぞ、まさか重なるとは」


 何を言っているのか猛にはわからない。でも、緊急事態なのはわかった。

 タックは、こちらを見ているルミミエに言う。


「ルミミエ、岩ミミズと血吸い綿毛が同時に来た! 岩ミミズの対処を頼めるか!?」

「冗談きついぞ……あたしの元素術は護身用程度の威力しか出ない。岩ミミズを殺すのは無理だ」

「っちきしょう!! どうする、マホガニーだけ逃がすか!?」

「無理だ。血吸い綿毛がいる……触れたら、一滴残らず血を吸われるぞ」


 猛と杏奈は顔を見合わせ、タックの開けた窓から外を見る。

 するとそこには────────。


「な、なんだあれは。綿毛か?」

「サイズやっば!? なにあれ、気球みたいじゃん!!」

「おい、地面を見ろ。あそこ……何かいるぞ」

「うっわ……きっもい!!」


 気球のようなサイズの綿毛が上空からふわふわ舞い、後ろから巨大な岩のミミズが追いかけてきた。

 血吸い綿毛、岩ミミズ。

 名前だけでやばいというのがわかる。


「…………」

「どうする? 逃げるの?」

「杏奈、お前はここにいなさい」

「どうするの?」

「っくく、なぁに、逃げるのは慣れている」

「はぁ?」

「お父さんな、昔……暴走族の下っ端だったんだ」

「え、マジ? 暴走族とかウケる」

「暴走族の抗争では『特攻隊』でな、抗争相手の暴走族に突っ込んで喧嘩を売って、何十台ものバイクに追われては……逃げ切ったもんだ」

「…………」


 猛は、胸ポケットのサングラスをかける。

 そして、杏奈が見たことのないような笑みを浮かべた。


「ミミズの化け物を引き付ける。なぁに、逃げ切ってみせるさ」


 猛は、怒鳴るように指示を出すタックに言った。


「タックさん」

「なんだ!? わりーが「あのミミズは、俺に任せて下さい」……あぁ!?」

「あの綿毛だけならなんとかなりますよね? ミミズは俺が引き付けます。その間に綿毛をなんとかして逃げてください」

「……おめー、マジか?」

「はい。俺のバイクなら大丈夫です。まぁ見ててください、運転には自信があります」

「…………」


 タックの返事を待たず、猛はバイクを、ハーレーダビッドソン・ファットボーイを召喚して跨る。

 エンジンをかけ、ギアを入れる。


「タックさん、入口を開けてください」

「…………バカ野郎が!!」


 入口のドアが開くと同時に、猛はアクセルを吹かして飛び出した!!




 一瞬の重量感────────杏奈が、タンデムシートに飛び乗った。




「なっ、あ、杏奈!?」

「ほら前見て!! バランスとって!!」


 着地と同時に車体のバランスが崩れるが、この程度の揺れなら問題なく立て直せる。

 猛はマホガニーと並走しつつ、杏奈を怒鳴る。


「バカ!! 何をしてるんだ、危険だ!!」

「もう遅い!! それに、それに……危険なのはお父さんだって同じでしょ!!」

「っ!!」

「お父さんが死んだら、あたし一人なんだからね!! それに、あたしは『大魔導士』、白い神様お墨付きの、最強魔法使いなんだからーーーーーッ!!」

「……っくはは」


 猛は、なぜか笑った。

 そのままブレーキをかけ、マッドターン。車体の向きを変えてアクセルを捻る。


「しっかり掴まってろ!!」

「うん!! お父さん!!」


 猛は数年ぶりに、『頼れるお父さん』の顔になった。



**********


30歳オーバー主人公コンテスト週間1位作品です!


まだまだ頑張ります!

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