第25話・父と娘、準備完了と出発

 シルファに案内されてやって来たのは、大きな木の下に立つ一軒のログハウス風の建物だ。看板に『森の香り亭』と書かれている。

 町のはずれにある静かな場所で、風の音や小鳥のさえずりが聞こえてきた。


「ここは知り合いのエルフが800年ほど前に営業を始めた店でな。依頼後にはよく顔を出している」

「は、はっぴゃくねん……シルファさん、スケールでっか」


 杏奈も驚いている。

 800年ほど前にオープンした店という割にはかなり綺麗だ。恐らく、何度も建て替えたのだろう。

 シルファは、店の隣に立つ巨木を眺めた。


「店を建てた時に植えた木が、こんなに立派に育っている。これを見ると昔を思い出す……」

『シルファ、ババ臭いこと言ってないで、お昼にしましょ!』

「ば、ババ!? プリマヴェーラ、いまなんと!?」

「ま、まぁまぁ。シルファさん、杏奈、行きましょう」


 プリマヴェーラを怒鳴ろうとするシルファをなだめ、猛たちは『森の香り亭』のドアを開けた。

 チリーン、とベルが鳴り、中から一人の女性エルフがパタパタやってきた。


「いらっしゃ~い。あら、シルファちゃん」

「邪魔をするぞ、ナージャ。今日は依頼人も一緒だ」

「あらあら珍しい……いつもは一人で来るのに、依頼人を連れて来るなんて何十年ぶりかしら?」

「茶化すな。それより席に案内してくれ」

「は~い。三名様ごあんな~い」


 ナージャと呼ばれたエルフは、シルファと同じ髪の色をしていた。

 ゆるいフワフワなウェーブの髪を揺らし、豊満な胸も一緒に揺れる。

 年齢は二十代前半くらいにしか見えないが、少なくともシルファと同年代か上なのは間違いない。

 案内された席は、切り株みたいな椅子と円卓だった。

 店内は自然の物で溢れている。地面から直接植物が生え、壁や天井を緑に染め、木で作った小物やインテリアが飾られていた。


「すっっごい綺麗な雰囲気の店~……スマホあればなぁ」

「ああ。写真に収めたいな」

「さ、ここは私のオゴリだ。遅くなったが、出会いに乾杯しよう」


 シルファは、木枠のメニュー表を開き、猛と杏奈に見せる。

 

「どれどれ……では、『森の香草炒め』とパンセットで」

「じゃああたしも同じの!」

「では私も。飲み物はグリンティでいいかな?」

「ぐりん?」

「エルフの飲み物と思ってくれればいい。きっと気に入るさ」

「じゃあそれで。すみません、ご注文を」

「はいは~い」


 おっとりした足取りで、ナージャがやってきた。

 三人とも『森の香草炒め』とパンセットを注文し、飲み物にグリンティというエルフの飲み物を注文する。

 最初に、グリンティが運ばれてきた。


「お待たせしました~」

「おお? これは……」


 猛は、木のカップに入った緑色の液体を見て、匂いを嗅ぐ。

 杏奈も同じようにして顔をしかめたが、猛は笑みを浮かべた。


「これがグリンティだ。最初は苦いが、慣れると病みつきだぞ」

「なるほど……杏奈、これは青汁だ。うん、なるほどな」

「あ、あおじる……マジで?」

「では、乾杯しよう。出会いに……乾杯」

「乾杯」「か、かんぱい……」


 猛とシルファは青汁を一気に飲む。


「っぷは、美味い! 今みたいな甘かったり化学調味料っぽい味じゃない。ひと昔前の、本当の青汁だ!」

「お、お父さん……よく飲めるね」

「ああ。青汁は好きでな、昔は毎日飲んでいた」

「そ、そっか……あたしの飲む?」

「なんだ、いらないのか?」

「うー……ちょっと無理」

「ふふ、無理するなアンナ、果実水を頼もう」

「うー、ごめんなさい」


 杏奈に果実水を注文し、森の香草炒めとパンセットが運ばれてきた。

 パンは焼きたての切れ目が入ったパンで、香草炒めは山菜やキノコを炒めた料理だ。パンに挟んでもよし、そのまま食べてもよしの料理らしい。

 猛と杏奈はパンに香草炒めを挟み、サンドイッチのように食べた。


「うんまっ、うまいよシルファさん! あたし気に入った!」

「うん、美味しい……なんというか、自然の味だ」

「ははは、気に入ってもらえてよかったよ」


 すると、足元に置いたバスケットから、プリマヴェーラが飛び出してきた。


「プリマヴェーラ……どうやらそこが気に入ったようだな」

『うん。だってクウガ、めっちゃフワフワして気持ちいいんだもん! それよりシルファ、あたしにも頂戴よ』

「わかったわかった。ほら」

『ありがとっ!』


 シルファは、パンを千切ってプリマヴェーラへ。シルファにとっては指先のサイズでも、プリマヴェーラにとってはバレーボール並の大きさだ。


『ん~おいしい。ところで、食事が終わったら買い物よね。旅の準備はしっかりしていきなさいよ。タケシ、収納持ちなら、食料が尽きたとかアレがないコレがないとか、絶対ダメだからね。お金はあるんだからしっかり買い物しなさい。なんなら、あたしがアドバイスしてあげる。もちろん……別料金でね!』

「お、おお」

「こらプリマヴェーラ、あまり余計な事を言うな!」

『余計なことじゃないもん! 旅の準備は大事だもん!』


 食事を終え、一行は町へ買い出しに出ることに。

 

 ◇◇◇◇◇◇


『森の香り亭』で食事を終え、猛たちは町に買い物へ出た。


『いーい? 生きる上で大事なことはなに?』

「えっと……」

『簡単よ。食料と水がなければ死んじゃうわ。ってことで、食料をたくさん買い込んでおきなさい。タケシの収納の規模はどのくらい?』

「……わ、わからん。かなり広いとは思うが」

『ふーん。まぁいいわ。とにかく、甘い物、お肉、お魚、野菜とバランス良く。それと、調理道具はもちろん、食料と同じくらい大事なのは調味料よ』

「わかった。じゃあさっそく店に案内してくれ」

『いいわ。付いてきなさい』


 猛、プリマヴェーラは買い出しに出ていた。

 杏奈とシルファ、そしてクウガは、シルファの案内で町の雑貨屋巡りと、今日泊まる宿の確保へ向かった。

 最初は仲間全員で買い出しに行こうとしたのだが、プリマヴェーラが分担しようと言い出したのだ。

 何故分担したのか。その理由が少しだけわかった……。


『ねぇタケシ、あそこに美味しそうな屋台があるわ!』

「ん? おお」


 どうやら、ドーナツのような揚げ物の屋台だ。

 プリマヴェーラにせかされ一つ買い、半分こにして食べる。

 なかなか甘ったるいが、揚げたては美味い。


『あ、あそこ! 美味しそうな飲み物があるわ!』

「お、いいな」


 ドリンクバーのような屋台だ。好きな飲み物を注文できるらしく、猛は冷えたエール、プリマヴェーラには果実水を買った。もちろん猛が。

 プリマヴェーラはドリンクカップを持てないので、猛が持つ。そして、少しずつ果実水をゴクゴク飲んだ。


『はぁ~美味しい~……あ、あそこ! なんだかいい匂いがするわ』

「おいおい、買い食いばかりじゃなくて雑貨屋に……」

『はいはい。あそこの屋台を見たら案内するから!』


 結局、プリマヴェーラは、猛のオゴリで屋台を豪遊した。

 普段からしっかりしているシルファは、なかなか買い食いさせてくれない。なので、猛なら好きなだけ奢ってもらえると踏んだようだ……。


 買い物を済ませ、宿に戻った猛がポロっとこぼし、プリマヴェーラがシルファに説教されるのは、もう少し後の事だった。

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