第44話・父と娘、大聖堂の修道女

 猛は反射的に修道女に手を伸ばし───その手がビシッと固まる。

 声も出なかった。動くこともできなかった。まるで石になったかのように動けない……ああそうか、これは杏奈の魔法だ。

 猛は杏奈の魔法で止められていた。杏奈を見る白い修道女は猛の伸ばした手に気付いていない。猛の手が杏奈の魔法によってゆっくり下がる。

 杏奈は白い修道女に近づき、首を傾げた。


「えっと、あの?」

「あ、ああ、ごめんなさい。あなたが私の知り合いにそっくりだったから」

「知り合いですか?」

「ええ。実は私、昔は冒険者だったの……ナイショよ?」

「へぇ~、修道女さんで元冒険者ですか。あの、あたしに似てるってどんな人ですか?」

「そうね……こうして見ると、本当に生き写し……ミユキそっくりねぇ。あなたのお母さんって、きっと美人なのね」

「あはは、照れますね……あの、その人ってどんな?」


 杏奈は、できる限り穏便に情報を引き出す。

 ミユキという言葉を聞き、猛の手が修道女に伸びた瞬間を見た。杏奈は一瞬で魔法を使い猛を拘束。自分が修道女の前に出たのだ。


「ふふ、ミユキのこと気になるのかしら」

「まぁ、あたしも冒険者ですし。先輩の意見を聞きたいなーって」

「あら嬉しい。でも、私なんかより、立派な冒険者はたくさんいるわよ」

「いえ! お姉さんのお話が聞きたいです! 元冒険者の修道女……いったいどんな過去があってここにいるのか……あ、もちろん無理にとは言いませんけど……駄目ですか?」

「んー……」


 白い修道女は、シルファを見た。

 見覚えがあるのだろう、口に手を当てて驚く。


「あら……高位冒険者のシルファウィンド様!?」

「修道女にまで名前を知られているとは。神も私のことを知っているのだろうか」

「も、もちろんです! やだ、私あなたに憧れて……」

「そうか。なら、一緒に食事でもどうだ? この子はあなたの話を聞きたいそうでな、よかったら話を聞かせてやってほしい」

「わ、私なんかでよければ……うふふ、こんな出会いがあるなんて」

「お姉さん、神に感謝ですね!」

「ええ、本当に」


 杏奈と修道女は、つの間にか意気投合していた。

 

 ◇◇◇◇◇◇


 食事の約束は四日後になった。

 外出と休日の申請に数日かかるということで、猛たちはひとまず宿に戻る。

 帰路の途中、猛はずっと黙っていた。

 宿の部屋に入るなり、猛……ではなく、杏奈が言う。


「お父さん、犯罪者になる手前で娘に救ってもらったお礼は?」

「……助かった」

「ん。ったく、ほんと見境ないよね……あそこで修道女のお姉さんに手を出してたら、間違いなく捕まってたよ」

「悪いが、私も同感だ。神聖な大聖堂で神に仕える修道女に触れることはあってはならない」

「……反省している」


 修道女は、深雪の昔の仲間で間違いない。

 だが、今の深雪は昔の深雪と違う。この世界の深雪に、杏奈という娘はいない。仮にあの場で猛が『深雪は俺の妻』など言っても、信じるどころかただの不審者にしか見えない。

 猛は、杏奈に救われたのだ。

 さらに、正式に会う機会まで作ってくれた。これは杏奈だけでなく、シルファの力もあってのことだろう。

 

「とにかく、これで一歩前進……お母さんの居場所、わかるかも」

「ああ……ついに、ここまで来た」


 異世界に来て数か月……深雪の情報を集め、ここまで来た。

 聖王国ホーリーに、深雪はいるかもしれない。

 そして、深雪の足下まで、猛と杏奈はやってきた。


「杏奈、ありがとう……お前には世話になりっぱなしだ」

「お父さん……」

「……よし!! 二日後だ、それまで町を観光するか。シルファ、いい飲み屋があれば教えてくれ。杏奈、お前の買い物にも付き合ってやる!」

「お父さん、元気出たじゃん! 買い物ならいっぱいできそうだから、一日付き合ってもらうからね!」

「飲み屋か……私もここに来るのは久しぶりだ。付き合ってもらおうか」

『あたしもお菓子食べたーい』

『ぴゅいーっ!』

「わかったわかった。お前たちも付き合ってくれ」


 白い修道女との面会まで、あと四日─────。

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