第49話・父と娘、愛の再会

 深雪と、再会した。

 立ち話もということで、深雪の経営する宿の中へ。

 

「ここ、私が生まれた場所でね……記憶を持ったまま赤ちゃんから始めて、新しいお父さんとお母さんに育てられて……いつか、ここを継ごうって思ってたの」


 綺麗な宿だった。

 深雪の趣味なのか、手作りの小物が多くある。一階は受付とこじんまりとした食堂になり、夜は酒場もやっているらしい。二階と三階は客室で、宿の裏には平屋があった。平屋は杏奈が暮らしている家らしい。

 冒険者の話では避難所になっていたらしいが、今は誰もいない。どうやら避難民は、自分の家に帰ったようだ。


「座って。お茶を淹れるわ。お互い、いろいろ話すことがあるでしょうし」

「ああ……」

「あ、あたしも手伝うよ。その……お、おかあさん」

「…………うん」


 お母さんというよりは、姉と妹にしか見えない。

 深雪はこの世界で26歳。杏奈は16歳なので、10歳で杏奈を出産したことになってしまう。うかつに『お母さん』とは呼べそうにないなと猛は苦笑した。

 だが、並んでお茶の支度をする姿は……。


「…………っ」


 猛は目頭をぬぐう。

 こんな日が来るとは……そう思い、深雪を見る。

 黒髪の美女。深雪が死ぬ少し前の姿にそっくり……いや、本人だ。

 それに対して、自分は38歳。しわも増え、身体も衰え始めた……そして、思う。


 こんなおっさんが、若い深雪のこれからに、どうこう言う資格があるのか、と。


 会えて嬉しい気持ちは本当だ。

 会えた後、どうなるか……具体的なことは棚に上げ、ここまで来た。

 望むなら、ここで一緒に─────。


「知ってる? この世界にもコーヒーがあるのよ? それと、私が作ったケーキ、けっこう評判なんだから」

「ほお……そういえばお前、お菓子作りが好きだったな」

「ええ。杏奈、小さい頃にお母さんが焼いたシフォンケーキ食べたの覚えてる?」

「……えーと」

「まぁ、小さかったからな。それに、お菓子だったらなんでも喜んだ」

「う、うっさいなー」

「うふふ、そういえばそうだったわね」


 深雪の作ったケーキは甘さ控えめ。コーヒーは苦く、猛の好みだ。

 思わず深雪を見ると、深雪は優しく微笑んだ。


「─────ああ、美味い」

「うん、よかった」


 昔と変わらない笑顔だ。

 猛は、目元が熱くなるのを感じていた。娘の前では泣くまいと堪える。

 杏奈は猛を見ずに、ケーキをパクパク食べていた。


「お母さん、あたしたちがここに来たこと、話すね」


 杏奈は、日本で死んでここに来たことを説明した。

 猛では泣き声になってしまうだろうと、ゆっくり確認しながら丁寧に説明する。

 生と死の神ルシドによって送られたこと、深雪がこの世界で生きていることを知り、猛と一緒に転移したことなど、コーヒーが冷める頃に説明が終わった。


「……そう、いろいろあったのね」

「うん! でもね、すっごい楽しかった! コボルトの集落でお祭りあったし、湖の町で大きな船に乗ったし、エルフの集落とか、ほかにも」

「杏奈……」

「え?」


 深雪は、杏奈の隣に座り、その頭を優しく抱いた。

 杏奈は、どこか懐かしい……母の匂いを感じる。

 そういえば昔、こんな風に抱きしめられたことが……。


「大きくなったわね……」

「ぁ……」


 優しい手つきで、頭を撫でられた。

 そして、少しずつ思い出す。

 お菓子を作ってくれたこと、手を繋いで公園に行ったこと、自転車の後ろに乗って買い物に出かけたこと……。


「ぉ、かぁ……さん」

「うん」

「お母さん……あたし」

「うん」

「やっと、会えた……」

「うん……」


 娘は、母の胸で泣きじゃくった。

 10年ぶりに感じる、母のぬくもりに包まれながら。


 ◇◇◇◇◇◇


 ようやく落ち着いた猛と杏奈。

 コーヒーもケーキも食べ終わり、しばし沈黙が流れる。


「あー……深雪、その」

「なに?」

「…………綺麗だな」

「は?」


 深雪は、「は?」という表情で猛を見た。

 こういうところは杏奈そっくり。いや、杏奈が深雪に似たのだ。

 猛は、自嘲気味に笑う。


「お前は、死んだときのまま綺麗だ……俺はもう38のおっさんだし、また家族をやりたいなんて虫のいい話をするつもりもない」

「…………で?」

「お前に会えてよかった。新しい人生を─────」


 ここまで言って顔を上げると、頭に衝撃があった。

 深雪が、ゲンコツを落としたのだ。


「いっでぇ!?……な、なんだ!?」

「はぁ~……猛、この宿の名前見てないの? 武内亭よ武内亭。あなたの苗字はなに?」

「へ? た、たけうち……」

「そうよ。それに、私は独身よ? 好きな人もいないし、冒険者時代にもいい人はいなかったわ」

「え? そうなの? お母さんの仲間とかは?」

「みーんな既婚者ばかりよ。結婚してないのは私くらいよ! 記憶を持って転生してるのよ? 結婚時の記憶も、猛との新婚生活も、杏奈の生まれたときのこともみーんな覚えてる。幼馴染もいるけど、赤ちゃんの頃から一緒に育った男なんて異性を感じないわ。やり直そうかと考えたこともあったけど……やっぱり、猛と出会ったこと、杏奈が生まれたことを考えると、他の誰かと結婚するなんて考えられなかった……」


 深雪は一気に喋ると、大きく息を吐いた。


「で、猛……猛って38歳なんだね」

「あ、ああ……お前が死んでから10年後の日本から来たからな」

「そっか。ねぇ……私ってどう? 綺麗?」

「当然だ。お前は最高の女だよ」

「なら、言うことあるんじゃない?」

「…………」


 敵わない。猛はそう思い苦笑した。

 立ち上がり、宿のロビー中央に移動すると、深雪も移動して猛の前に立つ。

 杏奈はずっとニヤニヤしたまま、二人を見守っていた。

 猛は、深雪を正面から見つめ─────。




「深雪──俺と、この世界で、もう一度結婚してくれ」

「はい──」




 最初から想いが変わらない二人は、この世界で再び夫婦になった。


 ◇◇◇◇◇◇


 猛と杏奈、そして深雪。

 三人は宿の外へ出ると、ちょうどシルファが到着したところだった。


「タケシ殿、アンナ……ああ、何も言わなくていい」

「シルファ……ありがとう。こちらは深雪、その……俺の妻だ」

「初めまして。夫が世話になったようで」

「っむ、お、夫……あはは」

「お父さん、照れるのキモイよ」

『う~ん、若いっていいわねー』


 猛が、杏奈そっくりの女性である深雪の肩を抱いているところを見て、全て察したようだ。プリマヴェーラが茶化すように猛たちの周りを飛び、クウガが猛の肩へ。


「わぁ~、グリフォン?」

「ああ、クウガだ。旅の仲間だよ」

『ぴゅうるるるる……』


 深雪はクウガを撫で、クウガは気持ちよさそうに鳴いた。

 仲間たちが、猛たちを祝福してくれている。

 猛は、バイクを……ここまで運んでくれた、自慢の足を召喚した。


「猛、これ……」

「深雪、ずっと伝えたかったことがあるんだ」


 猛は、ハーレーに跨る。

 杏奈の特等席だったタンデムシート。もう、ここは杏奈の特等席ではない。




「約束、果たさせてもらう─────乗れよ」




 いつか乗せる。学生時代にできなかったことだ。

 その約束は今、異世界にて果たされる。

 深雪がぽろぽろ涙をこぼし、杏奈が深雪の背中を押して座らせた。

 深雪は、猛の背中に身体を預け、抱き着くように腕を絡ませる。


「やっと言えた……はは、20年以上待たせた」

「もう、バカ……」


 杏奈はちゃっかり宿の扉に、『お出かけ中』の看板を掛けていた。

 シルファは腕を組み、優しく微笑んでいた。

 プリマヴェーラは、クウガと一緒に空を飛んでいた。


「じゃあ、行くか」

「うん」


 猛と深雪。異世界で再会を果たした夫婦は、風になる─────。

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