第46話・父と娘、走る

 恰幅のいい男がカフェに怒鳴り込み、エミリーの話は中断された。

 オシャレな音楽が奏でられるカフェに不釣り合いな大声に、店内の客はもちろん、杏奈もシルファも、珍しく猛も不機嫌そうな顔になる。

 シルファは大きくため息を吐いて立ち上がり、怒鳴り込んできた男を睨んだ。


「私がシルファだが……どんな要件があるにしろ、この穏やかな空気を壊す大声はいただけないな。喧嘩を売ってるなら容赦なく買わせてもらうし、用事があるなら他を当たれと言っておく」


 不機嫌丸出しでシルファは言い、怒鳴り込んできた男は店内が険悪な空気になっていることに気づき、頭を下げた。


「す、すまねぇ! でもそれどころじゃねぇんだ! あんたがこの国に来てるって聞いて急いできた。頼む、力を貸してくれ! 大至急だ!!」

「だから騒ぐな……口を閉じろ」

「近くの、ええと、この近くにあるディプノウの町! あそこが大量のゴブリンに襲われてる!! スタンピードだ!! 頼む、力をむっぐ!?」

「……うるさいっての」


 杏奈が杖を男に突き付けていた。

 男の口はピッタリ閉じられ、手でガリガリと搔くが開かない。すると、シルファが険しい顔をしていた。


「スタンピードだと……? ッチ、ここじゃ不味いな。アンナ、申し訳ないが席を外す、仕事の時間だ」

「うん……お父さん、いいよね」

「…………」


 完全に、空気が変わっていた。

 スタンピード、という単語は猛も知っている。集団的暴走、つまり……ゴブリンのスタンピードとは、大量のゴブリンが町で暴れているということだ。

 元冒険者のエミリーはもちろん知っているだろう。口を押さえて蒼くなっていた。

 こんな状態のエミリーに『ミユキは結婚していますか?』など聞けるはずがない。

 

「シルファ、あたしも冒険者だし協力するよ。エミリーさん、今日はお話ありがとうございます!」

「…………」

「エミリーさん?」

「え、ああ……うそ、そんな」


 エミリーの様子がおかしい。

 猛も杏奈も怪訝に思っていると、エミリーがポツリと言った。


「ディプノウの町…………ミユキのいる、町が……スタンピードに」

「……え」


 聞き間違い、ではなかった。


 ◇◇◇◇◇◇

  

 猛たちは、冒険者組合にやって来た。

 シルファの登場で一気にざわつくが、シルファはそれを無視、組合長に話を聞く。

 組合の中は騒がしい。スタンピードの件なのは間違いなかった。


「おお、シルファ殿!!」

「久しぶりだなダイウス、状況を」

「はい!!」


 ダイウスと呼ばれた冒険者組合長は、シルファに頭を下げた。

 外見は若いがシルファは2300歳。60代のダイウスと比べれば孫のように見えるが、実際はダイウスのが後輩だ。駆け出しのころから世話になった恩人である。

 ダイウスは、スタンピードの件について話し始めた。


「数時間前、ディプノウの町郊外の森でゴブリンのスタンピードが発生し、ディプノウの町の冒険者が対処に当たっております。ですが、数が多く援軍の要請があり……シルファ様がこの町にいると聞いて、協力を仰いだのです」

「……数時間前か」

「はい。連絡が来たのはつい先程です。恐らく今も戦闘中……手の空いている冒険者はすでに向かわせましたが、シルファ様なら誰よりも速く到着できるかと……どうか、手をお貸し下さい!」

「わかった。ディプノウの町だな……急げば数十分で付く。すぐに出発する」


 シルファは踵を返すと……猛と杏奈がいた。

 猛は、今まで見たことがないような表情で立っていた。


「ディプノウの町には深雪がいる……俺も行くぞ」

「あたしも。悪いけどシルファ、絶対に付いていくから」

「ふっ……最初からそのつもりだ。行こう」

「案内を頼む。全力で行く」

「わかった」


 建物の外に出ると、冒険者たちや住人がざわついていた。先程、カフェで大声で話したせいで、スタンピードの件が伝わってしまったようだ。

 猛は、そんなのお構いなしにバイクを収納から出した。


「ちょ、お父さん!?」

「乗れ。それと杏奈、今回はお前も好きに暴れていいぞ」

「……うん!!」


 精巧な作りのバイク、収納持ち、有名人のシルファ。

 猛たちに一気に注目が集まるが、猛は全て無視。エンジンをかけ、ショットガンに弾を込め、ハンドガンにマガジンを装填した。

 クウガが飛んできて、猛の肩へ止まる。猛はサングラスをかけ、アクセルを吹かした。


「おい、なんだあれ……」「すっごい金属……」

「な、なんじゃありゃ……駆動術か?」「うわっ、うるせぇっ!?」


 シルファが空を飛び、プリマヴェーラが猛の肩に座る。


『タケシ、シルファに付いていって。ディプノウの町まで飛ばすから!』

「ああ。シルファに伝えてくれ。遅れるなと」

『わぉ、かっこいい!!』

「お父さん、あたしのこと気にしないで飛ばしていいから!」

『ぴゅいぴゅい!』

「ああ……行くぞ!!」


 ハーレーは、唸り声を上げて走り出した。

 住人が仰天して道を譲り、見たことのない技術に度肝を抜かれる。

 猛は全てを無視し、町の外へ向かって走り出す。


 全ては、深雪を救うため――――。

 

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