第48話一万円札を返そうとする俺
「でも、アウトドアに縁のなさそうなおじさんがバッテリーなんてよく思いつきましたねえ。あたしがおじさんに停電に備えさせるようにするつもりだったかどうかはひとまずおいておくとして、おじさんはどうしてバッテリーを用意しておくなんて発想ができたんですか」
「どうしても見たいテレビ番組を録画しそこねたことってある?」
女子高校生の質問に質問で返す俺だった。すると、女子高校生はきょとんとした様子で返事をする。
「録画しそこねたことですか、おじさん。そもそもどうしても見たいテレビ番組と言うものがあたしにはあんまり……ネットに面白いものがいっぱいありますから。ドッキリやってみた動画とか」
俺が『マジカルアタッカー』にあたふたしている姿も動画にしたらいい見世物になるだろうな。女子高校生が『ドッキリ』なんて言うからそんなことを俺は考えてしまう。しかし、今の女子高校生はテレビ自体にそこまで興味ないのか。俺は聞いてみる。
「すごく見たいテレビ番組があって、ビデオでタイマー予約しておいたらその時間にちょうど停電が起こって録画できていなかった時の気持ちってわかるかな。ネットでいつでも再放送なんて俺が高校生の頃はなかったよ。今みたいにバラエティ番組がDVD化されるなんてこともなかったんだよ」
「アニメは、おじさん?」
「え?」
女子高校生の返事に俺はとまどってしまう。
「レンタルビデオくらいはあたしも知ってますけど、リアルタイムでアニメの放送を見逃しても、二、三ヶ月待てばビデオになってたんじゃないですか、アニメの場合は。おじさんが高校生の頃でも」
「なんでアニメだと決めつけることができるのかな」
「違うんですか、おじさん」
女子高校生の追求は実にするどい。
「その二、三ヶ月が待てなかったから、停電でもビデオの録画が中断されないように非常用バッテリーを用意してあったの。アニメをきちんと録画しておきたかったから。どう、これで満足ですか」
「おじさんが非常用バッテリーなんてものを知っていた理由はわかりましたけど……」
女子高校生は俺が非常用バッテリーを知っていた理由には納得したようだったが、まだ何か気になっているようだ。
「そのおじさんが高校生の時の非常用バッテリーが今テレビとスペシャルファミコンの電気を流しているこのバッテリーなんですか。高校生の時からおじさんはこの部屋に住んでいるわけじゃないですよね。実家から非常用バッテリーを、引っ越しの時に持ってきていたんですか。それともあたしがこの部屋に来てから実家に取りに戻ったんですか。となるとおじさんは毎日夕方六時にはこの部屋にいましたから、日帰りということになりますが……」
「あたらしく買ったんだよ」
俺はそう答えるたが、女子高校生はさほど驚いた様子を見せない。
「そんなところでしょうね。でも、おじさん。これ、結構な値段がしそうですが、おじさんが自分のお金で買ったんですか」
「そちらさんが机の上で置いていった一万円札で購入しました。言っておくけど、これは正当な使い道だからね。そちらさんが『マジカルアタッカー』の世界に召喚されているときにスペシャルファミコンの電源が切れたケースに備えるのは当たり前だし、そのための非常用バッテリーは必需品じゃないか」
俺は女子高校生が出した一万円札で非常用バッテリーを購入したこと、それがむだ使いでないことをまくしたてた。すると、女子高校生は俺を落ち着かせようとするのだった。
「だいじょうぶですってば、おじさん。非常用バッテリーをあたしの一万円札で買ったことは問題ないですよ。おじさんのいう通りに必要なものでしょうから。でも、だったらどうして、机の上にはいまだに一万円札が置かれたままになっているんでしょうか。ちょっと失礼してと、見たところ、枚数も変わりないようですし」
女子高校生はテレビ画面のあかりだけを頼りに暗い部屋の中で机に近づくと、そこに置いてある一万円札の枚数を数えるのだった。
「文句あるなら、持って帰ればいいじゃないか。もともとそちらさんのお金なんだし」
「ですから、おじさん。あたしの一万円札で非常用バッテリーを買ったことはあたしは気にしていませんってば。もし、非常用バッテリーをおじさんが買ったことをあたしが気にいらなくても、この一万円札を持ち帰ろうとは思いませんが」
「なんでだよ、気にいらなかったら持ち帰ったっていいじゃないか」
俺は机の上の一万円札を持ち帰ろうとしない女子高校生に反論した。だが、女子高校生はあっさりと言ってのけた。
「だって、この一万円札はあたしがこの部屋に置いていった一万円札じゃありませんもの。紙幣番号が違います。仮に、おじさんがあたしに一万円札を返したいというのなら、あたしがこの部屋に置いていった一万円札で返してください」
「紙幣番号が違うんだ……」
俺はぐうの音も出なかった。
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