第20話中年の俺の体を気づかう女子高校生
「それで、どんなフィジカルトレーニングをさせられるのかな、俺は」
「フィジカルトレーニングときましたか、おじさん。ずいぶん張り切っていますねえ」
部屋の掃除が一通り終わり、俺は女子高校生にトレーニング内容を質問する。で、女子高校生が答えるのだが……
「とりあえず、今日のところはこんなものでいいんじゃないですか、おじさん。部屋の掃除と言ったって、中年のおじさんにはけっこうな重労働でしょうからねえ。あしたのおじさんの筋肉痛と相談しながら今後のメニューを決めるとしましょう」
『部屋の掃除くらいで筋肉痛になったりするもんか。俺だってまだまだ若いんだ』と言いたいところだが、俺の体はすでに色々なところが悲鳴を上げている。俺の体はこんなにもおとろえていたのか。あしたになったら俺の体はどうなっているんだろう。
「それにしても……」
俺が自分の体の悲鳴に苦しんでいると、女子高校生は部屋の掃除で出た、俺の食べ終わったコンビニ弁当のケースやカップラーメンの空き容器でパンパンになったいくつものゴミぶくろをながめながらため息をついている。
「いくらなんでも、これはひどいですよ、おじさん。こんな食生活じゃあ、残り寿命があと数年ということになりかねないですよ。『マジカルアタッカー』の世界でおじさんの操作する魔法使いが死ななくても、リアルの世界でおじさんが一足先に死んでしまいますね。そうなったら、さっきまでのおじさん心配はする必要がありませんでしたね」
女子高校生が俺の健康状態までとやかく言ってきた。『マジカルアタッカー』の世界では脳みそ筋肉の女剣士だった女子高校生が、現実世界ではゲームのトレーナーだけでなく俺の回復役にまでなってしまった。そういやスポンサーでもあったな。俺は机の上の数枚の一万円札を見ながらそうも思った。そんな俺に女子高校生がまだまだ口やかましく言ってくる。
「おじさんはあたしに、『俺が死んだらなんとしても生き返らせてほしい』なんて言ってましたね。ですけど、『マジカルアタッカー』の世界の中でならともかく、この現実世界でおじさんに死なれたら、あたしにはどうしようもありませんよ」
たしかにそうだ。『マジカルアタッカー』の世界で死ぬ心配ばっかりしてたけど、自分の健康にむとんちゃくな俺のことだ。いつ突然死したっておかしくない。そう考えて青ざめている俺を見て、女子高校生が真面目な表情で俺のことを心配してくる。
「というわけで、おじさん。これからは自分の健康にも注意をはらってくださいね。おじさんが死んじゃったら、『マジカルアタッカー』の世界でおじさんの操作する魔法使いだっていなくなっちゃいます。そうなったら、『マジカルアタッカー』の女剣士、つまりあたしは一人で戦うはめになっちゃいますからね。そうなったら困っちゃいますもん」
なんだ、女子高校生が俺を心配したのは、結局自分のことを心配したからか。俺がそうがっかりしていると、女子高校生はいいことを思いついたようで急に笑顔になった。
「でも、おじさんがこの世界で死んだら『マジカルアタッカー』の世界の魔法使いとして転生する可能性もありますね。それならそれで問題ないか。むしろそっちの方がいいかもしれませんね。現実世界でおじさんの面倒みずにすみますし。おじさん、肉体から解放されてコンピューター世界の電子の存在になる気はありませんか」
なんとおそろしいことを笑顔で言ってくるんだ、この女子高校生は。
「いやです。死にたくありません。だいたい、死んだからってゲーム世界に転生できるとは限らないじゃないか」
「またまたあ、おじさんともあろうものがなに言ってるんですか。これまでいったい何人おじさんみたいなのが異世界転生したと思ってるんですか」
「それはフィクションの話だろう。それに仮に、死んだら異世界転生できるとしても、『マジカルアタッカー』の世界に転生できるとは決まってないぞ」
「それもそうか」
俺の苦しまぎれに言った言葉に女子高校生は納得したようだ。よかった。これでこれ以上女子高校生に自殺をすすめられずにすむ。
「だけど、『マジカルアタッカー』の世界におじさんの操作する魔法使いがいなくなっても、あたらしく仲間をみつくろえばいいだけの話ですしね。おじさんがあんまりあたしの命令を聞かないようだったら、見捨てるという選択肢もありかもしれませんね」
そんなひどいことを言わないでほしい。俺がそう絶望した表情をしていると、女子高校生はいきなりにこやかに笑い出して俺の肩をぽんぽんたたいてくる。
「心配しないでくださいよ、おじさん。とりあえず、次にあたしが『マジカルアタッカー』の世界に召喚される一週間後、じゃなくてもう六日後か、までは面倒見てあげますから。そのあとのことは、スライムとの戦いでのおじさんの操作する魔法使いのはたらき次第ですね。ですから、しっかり特訓しないといけませんよ、おじさん」
女子高校生にいいようにあやつられる俺である。そんなことを言われては、『マジカルアタッカー』の特訓に打ち込むしかないではないか。
「じゃあ、今日はこのくらいにしときますね、おじさん。サボっちゃダメですよ。リザルト画面の数字を見ればおじさんがサボったかどうかははっきりわかるんですからね。言っときますけど、255からオーバーフローしてゼロに戻るようなことはありませんからね。そんな言い訳しないでくださいよ。それと、昨日も言いましたけどお見送りはいりませんからね。それではおじさん、またあした」
言いたいことを言いたいだけ言うと、女子高校生は俺の部屋から出て行った。部屋には俺一人取り残されている。
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