第26話女子高校生に生活習慣を改善される俺

 俺がメールを送信すると、女子高校生のスマートフォンから着信音がなる。そのスマートフォンを操作するなり、とつぜん女子高校生が笑い出した。笑いながら、自分のスマートフォンの画面を俺に見せてくる女子高校生である。


「いやあ、おじさん。ひさしぶりのメール、よくできましたねえ。『違う』ですか。たったのふた文字ですか。文字数制限を気にしちゃたりしたんですか」


 そんなふうに俺のメール表現のとぼしさをひとしきり笑い飛ばしたあとで、女子高校生は落ち着きを取り戻して俺に話しかけてきた。


「それで、おじさんのメールアドレスにあたし以外から何か送信されてきたらそれは間違いなく詐欺か何かですからね。絶対に開いちゃだめですよ。おじさんとメールする人間なんて、あたしくらいしかいないんですからね」


 言われなくてもそのつもりだ。正直なところ、メールの確認すら面倒くさい。覚えのないアドレスからのメールを開くなんて、考えただけでもげんなりしてくる。俺はもう、ゲームばかりして人生を過ごしたい。


「とりあえず、今日のところはひと段落つきましたか、おじさん。それじゃあ、あたしが料理作ってきましたから、もうコンビビ弁当とかカップラーメンとかばかり食べてちゃあだめですからね」


 そう言うと、女子高校生はかばんから何かを取り出し出した。


「はい、おにぎりです。何せ昨日の今日ですからね。このくらいしかできませんでした。あたしだって、おじさんの世話ばかりやいているわけにはいかないんですからね。あたしにもいろいろ都合があるんですから」


 そう言って女子高校生は机にケースに入ったおにぎりをおいていく。


「ちゃんと食べてくださいね、おじさん。『マジカルアタッカー』に熱中しすぎて食事を忘れちゃあだめですよ。ああ、それから今日はなんだかんだあっておじさんのフィジカルトレーニングまで気を配れませんでしたが、ラジオ体操くらいはしておいたほうがいいですよ。ゲームのしすぎで突然死なんて、前にも言いましたがあたしには手の打ちようがありませんからね」


 さらに、女子高校生は俺にリザルト画面の数字を示したノートを渡してくる。


「それから、このノートもおじさんに渡しておきますね。スコアブックみたいなものと思ってください。毎日の練習の結果を数字で確認できるようにしておいてください。『マジカルアタッカー』のリザルト画面には、トータルの合計数しか表示されないみたいですから」

「ノートにねえ。えらくアナログだなあ。またタイトル画面で隠しコマンド入力して、詳しいデータを見やすく表示させることはできないの」


 俺の都合のいい質問に、女子高校生はピシャリと否定してくる。


「できません。少なくとも、最初にあたしがスライムにやられて神様に『マジカルアタッカー』について説明されたときは、そんな機能は教えてもらえませんでした。でも、ノートにペンでアナログに記録していくと言うのも、それはそれで味があるじゃありませんか、おじさん」

「たしかに。これはこれで楽しそうだけど……」

「それに、スペシャルファミコンのカセットだと、セーブデータが消えやすかったりするでしょう、おじさん。そんなときも、紙に記録していたら安全じゃないですか」

「それもそうか。だったら、ラジオ体操やら何やらをしている時に『マジカルアタッカー』のカセットに衝撃を与えないようにしないとな」


 そう言う俺の脳裏によぎるのは、うかつにもスペシャルファミコンのゲームカセットを落っことしてセーブデータを根こそぎ消滅させてしまった、小学生の頃のいまわしい思い出である。あんな悲劇を繰り返してはならない。


「そうですね、一日あたりのトライ数、クリア数、ミス数はメモしておいてほしいですね。おじさんの『マジカルアタッカー』の操作の上達と、あたしがこれ以上スライムに変なことをされないために」

「そのくらいなら、まあ」


 俺が言いつけを聞いたことを確認すると、女子高校生はバタバタと帰り支度を始める。


「じゃあ、おじさん。あまりこんを詰めすぎちゃあいけませんよ。夜の十時になったらあたしにメールして、ちゃんと寝てくださいね。で、朝の六時になったらきちんと起きるんですよ。そのときにもあたしへのメールを忘れないように」

「わかりました。規則正しい早寝早起きを心がけます」


 そんな小学生みたいな返事をする俺に、女子高校生が帰りぎわに質問してくる。


「それでは、あしたの夕方六時にまた来ます。ああそうだ、何か食べたいものありますか、おじさん。ある程度のリクエストには答えますよ」


 その女子高校生の質問に、俺は少し考えてから返事をするのだった。

 

「それじゃあ、サンドイッチがいい。玉子とかツナとかトマトが入ってるやつ」

「そのくらいなら、リクエストに答えてあげましょうかね。じゃあ、ちゃんとおにぎり食べておくんですよ」


 そう言いながら、俺の部屋を出ていく女子高校生であった。

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