第49話一万円札を返さなかった俺

「おじさんはあたしの一万円札で非常用バッテリーを購入した。『これは停電に備えての必要経費』だなんて自分に言い聞かせて。ところがそれだと机の上の一万円札がなくなっていることをあたしになんだかんだ言われると考えて、自分の一万円札を代わりに机の上に置いておいたってところでしょうかねえ」

「いつ一万円札の紙幣番号が違うのに気づいたの」


 俺がそう尋ねると、女子高校生はたいしたことなさそうに答えてきた。


「あたしが『マジカルアタッカー』の世界に召喚されてスライムと戦っているときに、おじさんがこの部屋でスペシャルファミコンのリセットボタンを押しちゃったらどうなるのか、なんて話していた日の次の日ですね。『今日も一万円札置きっぱなしだな』なんて思いましたけど、よく見たら紙幣番号が違うなって。なるほど、非常用バッテリーに使ったんですか。言ってくれたらよかったのに」

「紙幣番号いちいち覚えているんだね」


 俺が感心するやら呆れるやらでそう言うと、女子高校生はこう言った。


「あたし、数字関係好きですから。おじさんとトライとかクリアとかミスの数字についてああだこうだ話すの楽しかったですよ。それに一万円札を差し出すなんて、めったにないことですから」

「そうなんだ。トライ、クリア、ミスの数字はともかく、一万円札をめったにあつかわないなんて意外だなあ。すき焼きの材料を用意してくるあたり、そちらさんはお金持ちなんじゃないかと思っていたのに」


 そう言えば、俺にミスがゼロ回と言うことはどうのとか、クリアとミスを足し合わせるとどうのとか言っていた時の女子高校生は変にはしゃいでいた。あれくらい数字をどうこうするのが好きなのなら、紙幣番号くらいは覚えているものかもしれない。


「でも、あたしが一万円札をめったに使わないからって、あたしがお金持ちじゃないとは限りませんよ、おじさん」

「お付きの執事に何もかも任せているレベルのお金持ちとか?」

「そう言うことじゃなくてですね、おじさん」


 俺の想像力の貧困さをあわれむような女子高校生だ。お金持ちなら一万円札をじゃんじゃんばらまいていそうだが違うのだろうか。


「今のご時世、電子マネーやスマホで大抵の支払いはすませらますからね。現金を手にすること自体がほとんどないんです。だからおじさんに一万円札を差し出すなんて印象的でした。ひょっとしたら、おじさんへの一万円札の進呈もキャッシュレス決済の方が良かったですか。それならおじさんも抵抗なく受け取ってくれたかもしれませんね。データ上の数字だからと言って節操なしにむだ使いして、あとで請求書を見て青くなるなんておじさんみたいなゲーム世代にはありそうな話じゃないですか」

「俺はそちらさんみたいなデジタル世代じゃないからね。キャッシュレス決済なんてこの部屋ではやりたくてもできないよ」


 俺みたいな年寄りはやはり現金でないと実感がない。おじさんへのおめぐみをスマホ決済ですますなんて。今の高校生はカツアゲ対策のために靴下に千円札を忍ばせるなんてことはしないのだろうか。


「それで、おじさん、どうします。このおじさんが用意したであろう机の上の一万円札。あたしは受け取る気ありませんけど」

「……」


 女子高校生にそう言われて、俺は無言で自分が机の上に置いた数枚の一万円札を、自分で自分の財布に戻すのだった。その様子を満足そうに見ていた女子高校生が『マジカルアタッカー』のゲーム画面に目を戻す。


「そんなことよりもおじさん。せっかくスライム倒したんだから、いっしょに続き見ましょうよ。きっとストーリーが進むはずですから」


 女子高校生にせかされる俺だったが、気になることを質問してみる。


「ねえ、そちらさんが『マジカルアタッカー』の世界でスライムを倒したあとどうなったの。最初の時は、俺がテレビの画面では見ていない王様とのお話しイベントがあったみたいじゃない。だったら、そちらさんが『マジカルアタッカー』の世界でスライムを倒した後に何かイベントがあったんじゃないの。それを俺がそちらさんとテレビ画面でいっしょに見ると言うことは、なにかこう、タイムパラドックス的な何かが……」

「ごちゃごちゃ言ってないで、ちゃっちゃとストーリー進めちゃってください、おじさん。王様がさっきからお待ちですよ」

「やっぱりもうなにかイベントが『マジカルアタッカー』の世界で起きたみたいじゃないか」

「まあまあ、細かいことは気にせずに、おじさん。そういえば、女剣士の輪郭でないグラフィックを見たのは、あたしこれが初めてです。初回プレイの時は『マジカルアタッカー』の世界に召喚されていたし、そのあとは輪郭女剣士ばっかり。で、さっきの二回目の本番の時も『マジカルアタッカー』の世界の召喚されていたわけですからね。それにしても、こうして見るとくりくりデフォルメされて可愛らしい感じじゃないですか。なんだかぴょこぴょこしてますよ」


 そう自画自賛する女子高校生が、俺に強引にスペシャルファミコンのコントローラーを握らせてくる。しかたなくコントローラーを握りしめ、真っ暗な部屋で唯一光っているテレビの画面を見ると、画面上でドット絵の魔法使いと女剣士が飛び跳ねている。


 スライムを倒したあとコントローラーに何も入力しなかったので、戦闘勝利の演出として魔法使いと女剣士がずっと飛び跳ね続けていたようだ。魔法使いはともかくとして、女子高校生がこの部屋にいるのに、テレビ画面に輪郭でなくしっかりグラフィック表示された女剣士が飛び跳ね続けているのはどうかと思うが。

  

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