第34話俺の部屋で料理を仕上げる女子高校生
「すき焼きと言えばあたしは関西風でおじさんは関東風。これはこのおじさんの部屋は関東にあってあたしの自宅関西にある、つまりこの部屋とあたしの自宅は距離が離れていることの証明になりませんかねえ」
ああ。それが言いたかったのか、この女子高校生は。話の流れがこうなるだろうと思って前もって関東風と関西風のすき焼きについて調べておいたんだろう。と言うよりも、話の流れをこうするためにわざわざ牛脂なんて買ってきたのかもしれない。たしかにここ俺の部屋は関東、それも東京周辺だが……
「どうして自宅が関西にあるあたしが、こう毎日毎日おじさんの部屋にこれるんだと思いますか」
「すき焼きの作り方だけでそちらさんの自宅がこの部屋から離れた関西にあるとは言い切れないじゃないか。引っ越しとか、あるいは親御さんの出身が関西なだけで、自宅が俺の部屋の近くにある可能性だって否定できないよ。だいたい、いちいちそんなそちらさんの自宅から離れた俺の部屋に毎日行けるのは、ゲームの世界とこの現実世界を行ったり来たりしてるからだなんてことを言わなくたっていいよ。そんなことをしなくても、そちらさんが『マジカルアタッカー』の世界に召喚されたことを俺は疑ったりしないからさ」
「おや、そうですか。てっきりおじさんは、あたしが『マジカルアタッカー』の世界に召喚されているというのは全くのデタラメで、本当のところはあたしがなんらかの方法で用意したその『マジカルアタッカー』のソフトで、おじさんがゲームしているところを隠しカメラか何かで見物しているんじゃないのと思っているかと」
自分から『マジカルアタッカー』の世界に召喚されてるなんて嘘っぱちという可能性もあるとこの女子高校生は言い出した。女子高校生は『マジカルアタッカー』の世界に召喚されて女剣士としてスライムと戦い、それを俺がこの部屋にいながらスペシャルファミコンで『マジカルアタッカー』のゲームをプレイしながらアシストするという設定でいくんじゃあなかったのか。
そんな前提を根本からひっくり返すようなことを言い出して、この女子高校生はなにがしたいんだ。そんなふうに考え込んでいる俺を横目で面白そうに見ながら、女子高校生は牛脂をひいて熱したフライパンに、もやしと厚揚げをキッチンバサミで袋を切って直接入れていく。
「そう言えばおじさん、牛脂で思い出しましたけど、お肉があった方が良かったですか。昨日ステーキは遠慮したいなんて言ってましたから。おじさんみたいな年寄りの好みはよくわからないです」
「いやあ、別にかまわないよ。むしろそっちのほうがいい。最近肉が胃にもたれるようになってきてね」
「そうですか、それならいいんですけど」
そして、もやしがしんなりしてきたら女子高校生はうどんをフライパンに入れて、さらに鍋に少量いれた水をフライパンに注ぎ込む。
「水を入れないとうどんがほぐれませんからね、おじさん。でも、もやしからけっこうたくさん水分が出てきますから、あまり水は入れすぎちゃあだめなんですよ」
「手慣れたもんだねえ」
「それはどうも、おじさん。で、しょうゆ味とソース味どちらがいいですか。おじさんの好みがわからないから両方買ってきましたけど」
「じゃあ、しょうゆ味がいい」
「了解ですよっと」
そう言うと女子高校生はフライパンにしょうゆと粉末だしを投入していく。そうしてフライパンの中身を箸でかき混ぜると、コンロの火を弱めた。そのあとに台所に置きっ放しにしてあったおにぎりケースの容器を茶碗がわりにして、フライパンの中の焼うどんを少しよそって味見を始める。
「ふむ、とりあえずはこんなところですかねえ。おじさんも味見してくださいよ。薄味にしてありますけどね。薄味から少しずつ濃くしていくのが味付けの基本ですから。それとトッピング用にすりゴマとかつお節がありますから、そこのところも気に留めておいてくださいね」
そうやって女子高校生は自分が味見したおにぎりケースの容器に入っている焼うどんを俺に差し出してくる。てっきり間接キスだのなんだのと俺をからかっているのかと思ったが、女子高校生の表情を見るといたずら心を起こしているようではない。どうも、一つの容器に入っている料理を一緒に食べると言うことにそこまで特別な感情を抱いていないようだ。女子高校生にしてみれば、たいしたことではない普通のことなのかもしれない。
だが、おじさんの俺にしてみればたいしたことだし特別なことなのである。だから、俺は部屋に戻ると押入れから割り箸を引っ張り出し、台所に戻るとその割り箸でおにぎりケースのふたのほうを茶碗がわりにして女子高校生が作ってくれた焼うどんを味見する。
「うん、これくらいがちょうどいいな。たいして汗もかいてないから塩分の取り過ぎも良くないしね。やっぱり俺も年だからそのあたりも考えておかないと」
そう言って俺は女子高校生が作ってくれた焼うどんをほめた。だが、女子高校生はお気に召さないようで俺をじろりとにらんでくる。
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