第33話俺の部屋で料理をし始める女子高校生

「そんなことはさておいてですね、おじさん。せっかく食材持ってきたんですから、ちゃっちゃと料理はじめちゃいますね。おじさんはそこで見ていてください。食べられないものとか嫌いなものとかがあったら遠慮なく言うんですよ。それをあたしが聞き入れるかどうかは置いといて。あたしが持ってきた食材はみんな食べたくないなんて言われても困りますもんね」


 そう言われて、俺は女子高校生が台所で料理するところを見ていることにする。女子高校生は手慣れた様子で、もともと俺の部屋の台所にあったフライパンを包み紙をはいでいくと洗い出したが、その様子を見る限り、女子高校生は料理の手際がいい。これなら昨日のサンドイッチの出来映えも納得できる。


 女子高校生が自分以外に作らせたサンドイッチを、さも自分が作ってきたように見せたというパターンを俺は考えなかったわけではない。だが、この女子高校生の料理の手際ならそんなことをする必要はなさそうだ。


 あんがい、『この料理はあたしが実際に作ったものなんですからね』と主張したくて、女子高校生は俺の部屋で料理しているのかもしれない。そう俺が考えていると、女子高校生は買い物バッグから食材を取り出し始めていった。


「包丁もまな板も持ってこれなかったから、包丁を使わなくてもできる料理ですからね、おじさん。文句言わないでくださいよ。ろくな調理器具もそろえていないおじさんが悪いんですからね」


 包丁を使う必要がない料理ねえ。最近はカット済みの野菜なんかも売られていているみたいだから、包丁を使わなくてもそれなりのものは作れそうだけど……そんなことを思っている俺に女子高校生がぴしゃりと言ってくる。


「おじさん、一応言っときますけども、カット済み野菜を使うなんて安直な考えをあたしはしていませんからね。仮にもあたしは女剣士なんですから、あらかじめ切ってある野菜なんて使ったら女剣士としてのこけんに関わりますから」


 すっかり俺の内心を見透かしている女子高校生である。では、どんな料理を作るつもりなんだろう。俺がそう思いながら女子高校生が買い物バッグから取り出す食材はこんな感じだった。


 袋詰めされたすでにゆであげてあるうどんが何玉か。それと数袋のもやしと一口サイズの厚揚げ。パックの納豆。調味料として小容量のしょうゆに同じく小容量のソースと粉末だし。さらにすりゴマとかつおぶしが一袋ずつ。お箸一膳。そう言えば昨日お箸がどうとかこうとか言っていたな。そして最後にキッチンバサミ。キッチンバサミねえ……


 女子高校生が最後に買い物袋から取り出したキッチンバサミをなんとなく俺が見ていると、女子高校生があわてて弁解しだす。


「な、なんですか、おじさん。これ、便利なんですよ。おじさんだって、食べ物が入っている密閉された袋を力一杯あけようとしたら、勢いあまって中身をぶちまけてしまった経験くらいあるでしょう。無理に力づくであけようとせずに、ちゃんとした道具を使うことがもしもの事故を防ぐ上で大切なんです。そんな、『キッチンバサミを武器にする女剣士と言うのはビジュアル的にどうかと 思うけども』と言いたげな目はやめてください」


 そんな被害妄想めいたことを女子高校生は言っている。だが、別に俺はそんなことは思っていない。俺はただ『そう言えば俺の部屋にはキッチンバサミすらなかったなあ。つくづく俺は料理をしてこなかった』と思っていただけだ。そもそも台所に包丁もまな板も置いていない俺が、キッチンバサミで女子高校生を笑うと言うのはそれこそビジュアル的問題がありそうな気がしてくる。


「いや、いいんじゃないかな、キッチンバサミ。女剣士と言ったって、料理でまで剣を振り回すことはないんだし」


 そう女子高校生に助け舟を出す俺だった。すると、女子高校生は気を取り直すのだった。


「そうです、おじさん。その通りです。わかっているならいいんです」


 満足げにしつつ女子高校生は、フライパンをガスコンロに置くと火をつける。そして、買い物バッグにまだ入っていた、ラップに包まれているなにか小さな一口サイズの白いかたまりをフライパンに放り込むのだった。


「なに、それ?」


 その白いかたまりの正体が気になって俺が尋ねると、女子高校生は当たり前のように答えてくる。


「なにって、牛脂ですよ、おじさん。ぎゅ・う・し。知らないんですか」

「うん、知らない」

「本当におじさんは料理をしないんですねえ。無知にもほどがあります」


 俺のものの知らなさを、火にかけたフライパンに上でその牛脂とやらを滑らせながら指摘する女子高校生だ。

 

「早い話が牛肉の脂身ですよ。すき焼き用に牛肉買うと、鍋にひくあぶらとしておまけにつけてくれるんです。今回は牛肉は買っていないんで、一個十円で買いましたが。あぶらひと瓶ってけっこう重たいですからね、今回はこの牛脂でフライパンにあぶらを引くことにしました。で、そうやってあぶらをひいておいて、牛肉を焼くんです」

「あいにくここ最近すき焼きなんてリッチなものは口にしていないんでね。それに俺はすき焼きは肉を焼いておく派じゃなくて、割り下で煮込む派だ。だからすき焼きしても牛脂なんて使わない。話には聞いたことはあるけど見るのは初めてだ」

「おや、そうきましたか、おじさん。でも、これはあたしとおじさんとの世代の差というより、関東と関西の風習の違いのようですね」

「本当にいろんなことをよくご存知で」


 たしかにすき焼きは関東だと割り下で『煮る』ものであり関西だと牛脂で『焼く』ものらしい。この女子高校生はよくものを知っているようだ。

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