七日目
第45話二回目の本番に向けて
そろそろ夕方の六時だ。スマートフォンをスピーカーモードにし、117番を入力し時報を流し続けてある。『マジカルアタッカー』はタイトル画面にしておいて、いつでも『ニューゲーム』を選択できるようにしてある。今日は朝の六時に起きてラジオ体操で軽く体を動かした後にカロリーバーを食べて『マジカルアタッカー』の練習モードを始める。調子は悪くない。
一時間かそこら練習を続けては十分ほど休憩することを昼過ぎまで繰り返し、一時間ほど仮眠をとった。昨日俺が頼んだように女子高校生が来ることはなかった。メールくらい送ろうとも思ったが、これまでおやすみとおはようメールしかしていなかったのに、今日になってその習慣を変えると、せっかくいい感じになった『マジカルアタッカー』の腕前がにぶりそうでやめておいた。
仮眠の目覚ましは午後二時にセットしてあり、そのセットして目覚まし音で仮眠から目覚めるた。そして、ふたたびラジオ体操で軽く体を動かし『マジカルアタッカー』の練習モードをしては少し休むと言った手順を繰り返していると、夕方の五時半くらいになった。
で、時報をスピーカーモードで流し続けているわけだが、少し早すぎたかもしれない。しまった。あらかじめ決まった時間に『マジカルアタッカー」をプレイし始めるという練習はしていなかった。昨日、今日の夕方きっかり六時に『ニューゲーム』を選択すると女子高校生と確認したのに。それがどういうことかまるでわかってはいなかった。
何分くらい前から『ニューゲーム』を選択できるようにしておくのがベストなのか試しておくんだった。昨日の夜、いやせめて今日、午前十時とか午後三時とかにきっかり時間通りに『ニューゲーム』を選択する練習をしておくべきだった。
だが、もう遅い。すでに五時四十五分になっていると時報が知らせている。俺はあせってくる。落ち着け、一週間練習してきたじゃないか。
そういえば、あの女子高校生は今頃どうしているのだろうか。自宅のテレビの前で『マジカルアタッカー』の世界に召喚されるのを待っているなんて言っていたな。自宅か。俺の部屋から歩いて行ける距離なのだろうか。それとも、何か乗り物を使っていたのか。やっぱり本当に『マジカルアタッカー』の世界の神様にテレポートしてもらわないと、行ったり来たりできない距離なのか。
その自宅で、女子高校生はどんな気持ちで『マジカルアタッカー』の世界に召喚されるのを待っているのだろうか。あれはあれで緊張したりしているのかもしれない。夕方六時に召喚されるのを今か今かとスペシャルファミコンのコントローラーをにぎりながら待っていたりするのか。
あるいはいつも俺を相手しているときのように、余裕しゃくしゃくだったりするかもしれない。スマホでラインでもしながら、『おっ、そろそろ六時だな。ちょっと異世界に行ってくるか』みたいな感じなのかもしれない。さんざん俺に『寝落ちするな』とか言っておいて、当の女子高校生がきれいさっぱり今日の夕方六時に『マジカルアタッカー』の『ニューゲーム』を選択することを忘れていることだって十分考えられる。
そもそも、やっぱり女子高校生は『マジカルアタッカー』の世界に召喚されておらずに、すべてが俺をからかう大ウソと言うことだって否定できない。俺がこうして時報を鳴らしながら部屋をうろうろしているところを、隠しカメラでのぞきつつ、『時報? これだからおじさんは。電波で自動的に時刻合わせをするようになって何年たつと思ってんだろうねえ。スマホの画面を見ればいいだけなのに』なんて大笑いしてるかもしれない。
ビデオのタイマー録画がちゃんとできるように、時報を聞きながらビデオデッキの時計をセットしたことなんてないんだろうな、あの女子高校生は。ビデオデッキの時計を午後三時に合わせ、電話のピッ、ピッ、ピッ、ピーと言う時報のピーの音に合わせてビデオデッキの実行ボタンを押して、デッキの時計を午後三時から進ませるなんて経験は。
そんなことばかり頭に浮かんでくる。筋肉痛で苦しんでいるときにメンタルトレーニングの仕方ぐらい女子高校生に教わっておくんだった。
そうこうしているうちに時報が五時五十五分を知らせてくる。俺はテレビの前に座ると、スペシャルファミコンがきちんとコンセントでつながっているか確かめる。だいじょうぶ。しっかりテレビには『マジカルアタッカー』のタイトル画面が表示されているし、コントローラーで『ニューゲーム』や『プラクティス』、『リザルト』の選択肢も動かせる。ちゃんと『ニューゲーム』に選択肢を合わせておいて……あとはAボタンを押すだけだ。
時報のコールが五時五十六分と進んでいく。ピッ、ピッ、ピッ、ピーと音がして『午後、五時、五十六分、ちょうどをおしらせします』と言うコールだ。ピーの音がした瞬間が五時五十六分になった瞬間だ。ピーとなる瞬間が『ニューゲーム』を選択する瞬間である。もうすぐだ。俺は大きく深呼吸をひとつして気を落ち着かせる。
時報が五時五十七分、五時五十八分とコールして、いよいよ五時五十九分を知らせてくる。十秒、二十秒、三十秒、四十秒。そろそろだ。『午後、五時、五十九分、五十秒を知らせします』と時報がコールする。ピッ、ピッ、ピッ、ピー。そのピーの音と同時に俺はコントローラーのAボタンを押して『ニューゲーム』を選択する。スマートフォンからは『午後、六時、零分、ちょうどをおしらせします』と言うコールサインが聞こえてくる。俺は時報の回線を切り、スライムとの戦闘に備えるのだった。
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