第51話女剣士の名前

 女剣士と魔法使いが画面の外に出て行ったら、舞台が王宮の謁見の間っぽいところに切り替わった。画面の上の方の玉座に王様が座っていて、女剣士と魔法使いがその王様に謁見している。そのわきには兵隊が整列している。で、王様がメッセージウインドウで『よくぞスライムを倒した』なんて女剣士と魔法使いに話しかけている。


 俺がコントローラーを何も操作しないでいたら、『よくぞスライムを倒した』という王様のメッセージウインドウがテレビの画面に表示されたままでいる。それを見ていた女子高校生が俺をせきたててくる。


「ほら、おじさん。メッセージを進めなくちゃ。Aボタン。Aボタン」

「あ、ああ」


 そう女子高校生に言われてコントローラーのAボタンを押すと、王様のメッセージが続いていく。


『さすがは我が王国のほこる魔法使いじゃ。たいした回復魔法じゃったぞ』


 『回復魔法なんて使わなかったけどな』そう俺は心の中で『マジカルアタッカー』の世界の王様に毒づいた。そんなことはおかまいなしに、画面の王様はメッセージを進めていく。


『どうじゃ、この魔法使いはなかなかのものじゃろう。ほれ、魔法使いに自己紹介をしなさい、女剣士よ』

『よろしくおねがいします、魔法使い殿。わたくし、ソトと申します』


 女剣士がこんなメッセージウインドウを表示させた。それを見た女子高校生が俺にこう言ってくるのだ。


「よろしくおねがいしますね、おじさん。あたし、ソトって言うから」


 ”ソト”か。一週間たってやっと女剣士の名前がわかった。そして、女子高校生も自分のことを”ソト”と言った。どう考えてもこれが本名じゃないだろう。だが、そう女子高校生が俺に自己紹介したってことは、これからそう呼べってことなんだろうな。


 そう考えていると、その現実世界で俺の隣に座っている女子高校生のソトが俺をせかしてくる。


「ほら、おじさん、何ぼさっとしてるんですか。メッセージ進めてくださいよ。続きが気になるんですから」

「あ、そうだったな」


 そう言われて、俺がコントローラーのAボタンをを押すと、ゲームの中の女剣士のソトがこうメッセージウインドウで話してきた。


『それで、魔法使い殿。よろしければお名前を教えていただけませんか』


 そして、ゲーム画面が名前の入力画面になった。まず魔法使いの顔グラフィックが目に付く。さっき女子高校生のソトが言っていたように、フードを深くかぶっていてどんな顔をしているのかよくわからない。ステータス画面の全身グラフィックでは顔のあたりがどうなっているかよくわからなかったが、こうして顔の部分が具体的に表示されるとその正体不明っぷりがよくわかる。


 たしかにこれだったら、年齢どころか性別や種族すらわからないな。そう思いつつ俺が魔法使いの顔グラフィックを見ていると、女子高校生のソトが画面を指さしてくる。その指さした部分は、ひらがなの五十音が表示されている。


「ほら、おじさんが名前入力するんですよ。ひらがなじゃなくてカタカナでもできるみたいですね。でも、漢字は無理みたいですね。スペシャルファミコンの容量だったら無理もないですけど。それより、早くソトに魔法使いのおじさんの名前教えてあげてくださいよ」


 漢字入力はできないのか。となると、俺の本名は入力できないな。そんなことよりも……


「ねえ、女子高校生のソトさん」

「ほう、”女子高校生のソトさん”ですか、おじさん。たしかに”ソトさん”ではこのあたしのことなのか、『マジカルアタッカー』の世界の女剣士のことなのかはっきりしませんものねえ。まあ、『マジカルアタッカー』の世界の女剣士もあたしであることには変わりはないんですが……しかし、いちいち”女子高校生のソトさん”なんてながったらしいですねえ。それでもいままでの”そちらさん”呼びよりはましですけど。でも、”ソトさん”だとややこしいことはややこしいですし。そうですね、あたしを”ソトさん”で、『マジカルアタッカー』の世界の女剣士は”ソトちゃん”と呼ぶのはどうでしょうか、おじさん」

「女子高校生のソトさん、もうすでに、俺がなんと魔法使いの名前を入力するかは決まってるんじゃないのかなあ」


 ”ソトさん”と呼んでと言った女子高校生のソトの提案を無視して、俺は”女子高校生のソトさん”と呼びかけた。その俺の呼び方に女子高校生のソトは多少の不満な様子は見せたものの、そのあとの俺の質問内容のほうが気にかかったようだ。


「おじさん、あたしの呼び方はともかく、『もうすでになんと入力するかは決まってる』ってどういうことですか」

「女剣士のソトさんが、『マジカルアタッカー』の世界でスライムを倒したあとに王様との謁見イベントやらなにやらを終わらせたあと、この部屋に戻ってきたんじゃないの。だったら、すでに魔法使いに自己紹介されてるんだろうから、もう俺がどういう名前を入力するかは決まっちゃってると思うんだけど。だいたい、女子高校生のソトさんは俺の本名知ってるんだから、その女子高校生のソトさんの目の前でいまさら魔法使いの名前を入力するってのは気恥ずかしいというか何と言うか……」

「あたし、おじさんの本名知りませんよ」


 女子高校生のソトがそんなことを俺に言ってきた。

 

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