第2話ヒロインは近所の女子高校生
「このへたくそ! にぶちん! だめだめゲームプレーヤー!」
そんな悪口を、俺の家の玄関口に立っていた女の子が、大声でまくしたてている。一体なんだと言うんだ。
「とりあえず、家の中に入れてもらえませんか」
と、俺の見知らぬ女の子がいきなりの要求をしてくる。怒りがおさまったのか、声のトーンは落ち着いたものになったようだが、その要求内容はむちゃくちゃもいいところである。俺は断ろうと思ったが、俺が返事をしようとするのをさえぎって、女の子が意味ありげな表情をしながら俺にささやいてくる。
「いいんですか、あたし、女子高校生なんですよ。お兄さん、と言うよりおじさんかな、の家の前で、女子高校生が騒ぎ立てるようなことになったら、おじさんはこの先どうなっちゃうんでしょうねえ」
くそっ。最近の女子高校生は自分がその気になれば、俺のようなおじさんの社会的立場を簡単に破滅させられることをよくご存じである。しかし、そんな女子高校生を家に入れてしまっては、女子高校生誘拐犯に仕立て上げられることも十分に考えられる。
だが、そんなことを考えながら俺が玄関で立ちつくしていると、その女子高校生が俺のスキをついて家の中に侵入していく。俺が文句を言う暇もなく、女子高校生はさっきまで俺がゲームをしていた部屋に入り込んでいった。
まあ、部屋と言っても、俺の家はワンルームのマンションだ。玄関からまっすぐ進んでいけば、そこが俺のゲーム部屋になっているのだが。
で、その俺のゲーム部屋で不法侵入してきた女子高校生が、テレビの画面をじっとにらんでいる。画面は、いつのまにかゲームオーバーの画面からタイトル画面に切り替わっており、『マジカルアタッカー』のタイトルが表示されている。
「おじさん、このゲーム、やったことあるんですか?」
そんな質問を俺にしてくる女子高校生だ。俺がうそを言っても何か意味があるとは思えないし、正直に答えてやることにする。
「ないよ。というか、タイトルも聞いたことがない。よくわからないけど、見慣れないゲームがあったからとりあえずやってみたんだよ」
「説明書とか読んだりしましたか?」
俺が答えると、女子高校生は続けざまに質問をしてくる。何が目的なんだ、この女の子は。
「いいや、そんなものなかったからね。やりながらで操作の仕方もわかっていくだろうと思っていたんだけど、すぐにゲームオーバーになっちゃったよ。それが、そちらさんに何か関係があるのかな」
「おおいに関係あるんです」
そう言って、女子高校生が俺にぐいっと顔を近づけて問いただしてくる。
「この顔に、見覚えありませんか、おじさん」
と聞かれても、三十代のおじさんである俺に、リアルで女子高校生の知り合いなんていない。それに、テレビやネットで見るようなアイドルに似ていると言うわけでもなさそうだ。と言っても、最近のやたらと数だけは多いアイドルの顔なんて、もはや全部同じに見えるのだが……
「ほら、この顔ですよ。ほら、もっとよく見てください、おじさん」
そんな感じでますます俺に顔を近づけてくる女子高校生なのだが、どうにもピンとこない。ピンとこな……ああ、そう言えば。
「ああそうだ、このゲームに出てくる女剣士に雰囲気が似てるねえ」
気がついてみれば、いきなり俺の部屋に押しかけてきたこの女子高校生は、さっきまで俺がやっていた『マジカルアタッカー』に出てきた女剣士みたいだ。俺の操作する魔法使いが不甲斐ないばかりに、最初のモンスターであるスライムにやられるがままになっていたあの女剣士だ。
長いストレートの黒髪もそうだし、スタイルの良さもそうだ。さすがにビキニアーマーを着用しているわけではなく制服姿だが、パッと見た印象はよく似ている。さっきから俺に近づけているその顔は、ゲームはドット絵で俺の部屋にいる女子高校生の彼女は三次元だからそっくりと言うわけにはいかないが、とりたててかけ離れていると言うこともない。
そんな結論に至った俺に、その女子高校生は訴えかけてくる。
「それ、あたしです。おじさんがやっていたそのゲームに出てくる女剣士は、そのゲームの世界に召喚されたあたしなんです」
なるほど、そうきたか。ゲームの世界に召喚されてどうのこうのというのは、いまどき女子高校生でも考えつくだろう。と言うか女子高校生でも『もう少しひねったもの考えろよ』と批判されるレベルだろうが、ここまでのことを実際にやってしまうその行動力はたいしたものだ。
どうせこの様子をどこかに仕込んだ隠しカメラで撮影しておいて、『近所のキモいおっさんをからかってみた』なんてタイトルをつけて、動画配信する気なのだろう。俺の部屋に仕込んでおいたゲームソフトを、俺がやり始めるタイミングを見計らっていたのは、若い人間の有り余るエネルギーのなせる技か。
となると、へたにああだこうだ言うのも手間がかかるし、適当につきあってやるのが手っ取り早いだろう。
「ええと、『そうなんだ! びっくりしちゃったなあ』とでも言えばいいのかな。でも、俺の顔にはモザイクなりなんなりかけといてね。そちらさんも個人情報だのなんだので炎上騒ぎになったら困るでしょ。たくさんの人が見てくれるといいね。それにしてもすごい時代になったねえ。君みたいな女の子がドッキリ番組作れちゃうんだから」
「違います。ドッキリとかそんなのじゃあありません」
俺はほどよくこの女子高校生のお遊びにつきあうつもりだったのだが、彼女はそれでは満足してくれないようだ。
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