第10話女子高校生にお金をめぐまれる俺

「じゃあ、とりあえずあたしは帰りますから。あたしがいないからって練習さぼっちゃダメですからね、おじさん」


 そう言って帰り支度を始める女子高校生である。そういえば……


「ねえ、そちらさんの名前なんて言うの?」

「女剣士の名前ですか? 教えてあげませんよ、おじさん。『マジカルアタッカー』のストーリーが進めばそのうちわかるんじゃあないですか」

「いやいや、そうじゃなくて、リアルと言うか、実際のそちらさんの名前を知りたいだけど……」

「もっと教えてあげませんよ、おじさん。個人情報ですよ。何考えているんですか、気持ち悪い」


 確かに、女子高校生の個人情報をあれこれ尋ねる三十代のおじさんが気持ち悪いというのはたいへんもっともなご意見だが……


「言っておきますがね、おじさん。後をつけてあたしの自宅の住所を突き止めようなんて考えないでくださいね。そんなことしたらストーカーで警察に突き出しますからね。あたしが出て行っても、おじさんはこの部屋から出て行っちゃあだめですからね。おじさんにはあたしの個人情報を知る権利なんてないんです」

「でも、大丈夫なの? もう暗くなっちゃって来てるよ。一人で平気なの? ああでも、一人で帰れるって言うことは、この近くに住んでいるのかな、そちらさんは」

「好奇心は身を滅ぼしますよ、おじさん。探偵のまねごとはそのへんにしておいてください」


 女子高校生は、偶然殺人現場を目撃された犯人のようなことを言ってくる。となると俺は、たまたま通りすがりに殺人が行われているところに出会ってしまい、すぐに逃げればいいものを何が起きているのだろうと気になって、もっとよく見ようと近づいていく目撃者といったところか。このままでは口封じに殺されかねない。


「そうですね、おじさん。あたしはこの部屋を出たら、また『マジカルアタッカー』の神様に呼び出されます。そして、おじさんにゲームの操作方法をどう仕込んだかを神様に説明して、そのあとにどこにあるかはわからないあたしの自宅に瞬間移動で戻される、とでも思っておいてください。いいですか、おじさん、くれぐれもあたしのことを調べようと考えちゃあいけませんからね」


 そう俺にしっかりとくぎを刺してくる女子高校生である。


「おじさんは、あたしのことをゲームの世界から飛び出した非現実的な存在とでも思っていればいいんです。本当のところはあたしはこの現実世界から『マジカルアタッカー』の世界に召喚されていて、そしてことあるごとに現実世界に戻ってきておじさんを教育するんですが、ま、おじさんに教えられるのはこのくらいですね」


 たしかに。この女子高校生は、『あたしは現実世界の女子高校生でゲームの世界に召喚された』なんて言っている。しかし、別に俺はこの女子高校生が現実世界に生きているところを目撃したわけではないのだ。


 俺のふがいないゲームプレイに怒った、あくまでゲーム内の存在であるゲームキャラクターがこの世界に実体化して、俺にゲームの操作方法を仕込んでいるとも考えられる。まあ、それならわざわざ玄関の呼び鈴を鳴らさなくても、直接俺の部屋のテレビの画面からはい出してくればいい話だが。


「とはいうものの、あたしはおじさんのことをそれはもうたくさん知っていますけど」


 そんなことは、言われなくても俺はよくわかっている。


「そりゃあ、そちらさんは自宅の住所も把握していることだしね」

「いえいえ、おじさん。あたしがおじさんについて知っていることと言うのはそんなものではなくてですね」

「じゃあ、どんなことを知っているの」

「先日仕事を首になり、やけくそになって押し入れから自分が子供のころに遊んでいたゲームを引っ張り出してそのゲームばっかりやりながら、ほとんどない貯金を食いつぶしているということですね。このままではこの先まずいと心のどこかで思いつつも、とりあえず現実逃避してコントローラーをいじくりまわしているんですね、おじさんは」

「よくそこまでおしりになっていることですねえ……」


 この女子高校生は、自分でおっしゃる通り俺のことをたいそうごぞんじみたいだ。実際この女子高校生が言っていることは本当である。俺は少し前に仕事を首になり、かといって新たに職探しをするわけでもなく、ひたすらゲームばっかりやっていやなことは考えないようにしていたのだから。


「そういうわけですからね、おじさん。毎日がひまでひまで仕方がないでしょう。その有り余る時間を、『マジカルアタッカー』の練習についやしてくださいね。これ、これからさき一週間分のおじさんの生活費です」


 そう言って女子高校生は、俺の部屋の机に財布から取り出した何枚かの一万円札を置いていく。


「ど、どういうことなの、生活費って?」

「言葉通りの意味ですよ、おじさん。お金がないとおじさんは生きていけないでしょう。おじさんに死なれるとあたしだって困っちゃうんですよねえ。『マジカルアタッカー』の世界でスライムになぶりごろされちゃう。というわけで、おじさんの生活費はあたしが出してあげます。おじさんはお金の心配することなく、『マジカルアタッカー』の練習に精を出してください」

「し、しかしそうは言われても……」

「いらないんですか、お金? それならそれでいいですけど。だったら、おじさんがおじさんの手であたしにその一万円札を返してくださいね。あたしは一度出した一万円札を、自分でひっこめる気はありませんから」

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