第11話女子高校生に置いて行かれる俺

 俺は机の上に置かれた数枚の一万円札をじっと見つめている。


「言っておきますがね、おじさん。別にやましいお金じゃないですよ。すくなくともおじさんの手が後ろに回ることはないはずです。それこそ、『マジカルアタッカー』の世界の神様のおめぐみだと思っておけばいいんじゃあないですか」


 そんな女子高校生の言葉もほとんど俺の耳に入らない。


 仕事を首になり、ただ通帳の預金残高が減っていく毎日。だが、かと言って何か対策をするでもない俺。そんな俺の部屋に、突然やってきた女子高校生が何枚かの一万円札を置いていく。


 しばらく俺も女子高校生も何も言わないまま時が過ぎていく。すると、女子高校生がふうとため息をついてなにやら俺に言ってくる。


「それじゃあ、とりあえず保留って言うことでいいですよ、おじさん。気が向いたら返してくださいね。では、明日の六時にまた来ますからね、おじさん。部屋にいてくださいよ。しっかりおじさんの特訓を見守っててあげますからね。別にあたしがいるときだけ『マジカルアタッカー』の練習をすればいいということではありませんからね。ちゃんと自主練習もしておくんですよ」


 そう言いながら俺の部屋を出ていく女子高校生である。あとには『リトライ?』の文字が画面に映し出されているテレビと、机の上の数枚の一万円札、そして仕事を首になり現実から目をそむけている俺が部屋に残されている。


 いったいあの女子高校生はなんなんだろう。あの女子高校生が言うように、俺がこの部屋で初めて『マジカルアタッカー』をスペシャルファミコンの実機でプレイしている間、『マジカルアタッカー』の世界に召喚されて実際にスライムと戦っていたのだろうか。


 それとも、やはりあの女子高校生は俺をからかっているのだろうか。別にあの女子高校生は『マジカルアタッカー』の世界に召喚されてなんていない。それどころかこの『マジカルアタッカー』のソフトはあの女子高校生が用意したもので、俺が操作方法を練習しているところを隠しカメラか何かで見物しながらゲラゲラ笑っていたりするのだろうか。


 そういえば、あの女子高校生は『絶対にあたしについてきちゃあいけませんからね』なんて言っていたな。いろんなことがいっぺんに起こったものだから、そんなことをする気にもならなかった。俺はのそのそと立ち上がり玄関に向かう。そして玄関のドアを開ける。


 ドアを開けた玄関口から顔だけ出して俺はあたりを見渡すが、誰も見当たらない。女子高校生が俺の部屋を去ってからしばらく時間もたっていたみたいだし、ここからは見えないだけで帰り道を歩いているのだろうか。それとも今頃は『マジカルアタッカー』の世界の神様と、俺がどれだけ『マジカルアタッカー』のゲームのコントローラー操作がへたくそだったかについて話しているのだろうか。


 今すぐこの部屋を飛び出して近所を走り回ればあの女子高校生に会えるかもしれない。だがそんなことをすれば……あまりいい結果になる気がしない。


「言われた通り練習しないとな。俺、アクションゲーム苦手だし。お金返せなかったし」


 俺はそう独り言をつぶやくと、玄関のドアを閉める。そして、スペシャルファミコンの実機に『マジカルアタッカー』のゲームソフトがささっている部屋に戻るのだった。


「ええと、『リトライ?』ですか。しますよ、リトライしますよ」


 俺はそう言ってコントローラーのAボタンを押す。そしたらテレビの画面がスライムとの戦闘画面に切り替わる。そのとたんにスライムが攻撃を始めてくる。


「おお、本当に何度でも練習できるんだな。スタートボタンでメニュー画面になるんだっけ」


 コントローラーのスタートボタンを押すと、テレビの画面がメニュー画面になる。魔法使いの戦闘画面での三頭身ぐらいしかないちまちましたデフォルメされているグラフィックよりは、もっとリアル寄りに表現されたグラフィックがステータスとともに表示されている。レベル1 HP 20 MP 18 ちから 3 たいりょく 5 ちせい 7 せいしん 7 うん 5 と言った感じだ。


 そして、女剣士の輪郭のみが、これまたデフォルメ表現ではなくリアルな頭身で画面に表示されている。画面の右半分が魔法使いのグラフィックで、画面の左半分が女剣士の輪郭のグラフィックだ。女剣士のステータスも表示されている。レベル1 HP 28 MP 5 ちから 7 たいりょく 8 ちせい 3 せいしん 3 うん 5 となっている。


 一週間後の六時にあの女子高校生が『マジカルアタッカー』の世界に召喚されたら、この女剣士のグラフィックは輪郭だけでなく中身も表現されたものになるのだろうか。そう考えるとゲームの練習のモチベーションとなる。


「されと、説明書もないんだからいろいろ試してみて操作方法を覚えないとな。となると、この練習モードがチュートリアルみたいなものか」


 俺はそんなふうにぶつぶつひとりごとを言いながら、『マジカルアタッカー』の操作方法を覚えていこうとするのだった。

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