五日目

第32話俺の部屋に食材を持ってくる女子高校生

「おじさん、おじさん。玄関開けてください」


 そんな女子高校生の声が玄関のドアの向こうから聞こえてくる。これまでは家主の俺に断りもせずにずかずかと上がりこんできたのに、一体どういう風の吹き回しなんだろう。


 そう思いながら俺は『マジカルアタッカー』の戦闘画面をステータス画面にして練習を中断すると、玄関のドアを開けに行く。別に鍵なんてかけていないし、勝手に入ってくればいいのに。


 がちゃ


「どうもありがとうございます、おじさん。少しドアを開けたままにしておいてくださいね」


 俺が玄関のドアを部屋の中から開けると、女子高校生が俺に玄関のドアを開けたままでいるよう言いながら部屋に入ってきた。玄関のドアを支えている俺の右手の下をくぐりぬけてだ。その俺の右手の下をくぐりぬける女子高校生を見おろすと、いつも持ってきていたかばんではなく、荷物がたくさん入った大きな買い物バッグを一つ両手で持っている。


 買い物バッグといってもスーパーのビニール袋ではなく、エコに気をつかったマイバッグである。よくはわからないがおしゃれで高価そうだということはわかる買い物バッグだ。昨日の夕方、食材やら調理道具やらを持ってくると言われた時は色々詰め込んだスーパーのビニール袋を両手にひとつずつぶら下げた女子高校生の姿をなんとなくイメージしていたのだが、もうそんなイメージは古いらしい。


「すいませんね、おじさん。もう玄関閉めちゃっていいですよ」

「あ、ああ、わかったよ」


 そう言われて玄関のドアを閉めると、俺は女子高校生が何を持ってきたんだろうと買い物バッグの中身をのぞきこむ。そんな俺を女子高校生がからかってくる。


「おや、おじさん。そんなにあたしが今日どんな料理を作るか楽しみだったんですか。あせらなくても今作ってあげますからね。おとなしく待っていてくださいね。台所のあかりつけますよ。おじさんの部屋はどうします。そろそろ暗くなってきましたが」


 そんな女子高校生の言葉を俺はあわてて否定するのだった。たしかに女子高校生が今日俺の部屋の台所で何を作るかは気になるが、それ以外にも気になることはあるのだ。


「い、いや、そうじゃなくてね。ほら、この買い物バッグ、中にいっぱい入ってるじゃない。これ、重かったんじゃない。どこから運んできたの。結構な距離だったんじゃないの」


 買い物バッグの中身を見ると、コンビニエンスストアでは買いそろえられなさそうな食材がたくさん入っている。俺の部屋の近くでこれだけの食材を買い込める店となるとそんなに近くにはないはずだ。となるとこれだけの荷物を女子高校生がえっちらおっちら運んできたということになるのだが……


「ええ、重かったですよ、おじさん。昨日おじさんの部屋からでてったあとに食材を買い込みにいったんですがね、これは結構な量になるなってことで今日包丁とかまな板とかの調理器具を持ってくることは諦めたんです。そう言うことでおじさん、昨日のうちに包丁やらまな板やら炊飯器やらここに配達してもらうようにしておきましたから。明日配達されることになってます。だから明日はずっとこの部屋にいてくださいね。あたしの見る限り、あたしがこの部屋に来てからおじさんは外出する機会はほとんどなかったでしょうが」

「大きなお世話だ……そうじゃなくてね、調理器具がないにしてもこの買い物バッグに入っている食材だけでかなりの重さになるはずだよ。これだけの荷物、どこから持ってきたのさ。かなりの重労働だったんじゃないの」


 俺の質問に女子高校生はニヤリと笑って返答してくる。


「たしか、あたしが初めてこの部屋に来た時にあたし言いましたよね。『夜道を一人で帰るのは危ないかもしれないが、おじさんの部屋を出たらすぐにゲームの世界に召喚されて、そのあとすぐにあたしの自宅に転送されるから大丈夫 』って」

「そういえばそんなこと言っていたね。『マジカルアタッカー』の世界の神様に、俺の『マジカルアタッカー』の操作の下手くそさ具合を報告しなければならないからとかなんとかかんとか言っていたような……」


 初めてこの部屋に女子高校生が来た時のことを俺は思い出す。すると、女子高校生がこんなことを言ってきた。


「じゃあそういうことです、おじさん。今日もあたしは自分の家から、この食材でいっぱいになった買い物バッグを持って『マジカルアタッカー』の世界の神様のところに召喚されました。そしておじさんの愚痴を神様としばらく言い合ってから、おじさんの部屋の前に戻されたんです。だからあたしは重たい買い物バッグを持って長い距離を歩いていたわけではないんです。おじさんが気にする必要は全然ないんです」

「そういえば、俺の部屋とそちらさんの部屋で同時に、『マジカルアタッカー』のカセットがささったスペシャルファミコンの電源をオンにしないと、そちらさんは『マジカルアタッカー』の世界に召喚されないんじゃあなかったっけ」

「そういえばそんなことを言ったかもしれませんね。でも、なにせあたしも『マジカルアタッカー』の世界に召喚されたばかりですからね。召喚システムのことを全部把握しているわけじゃあありません。あとになって、あたしは好きに『マジカルアタッカー』の世界とこの現実世界とを行ったり来たりできると気づいたのかもしれませんよ、おじさん。最初たまたまおじさんがスペシャルファミコンの電源をオンにすると同時にあたしが『マジカルアタッカー』の世界に召喚されたから誤解しちゃっただけで」


 そんなことをいけしゃあしゃあと言ってくる女子高校生である。

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