第二章 生徒会長

第13話 凛々子

 水曜日。あたしは一週間ぶりに学校へ行った。一緒に登校すると余計な事を勘ぐる人がでてきて、変な噂が立ったりすると面倒だから、あたしは玲央さんより少し遅れて出ることにした。

 っていうか、玲央さん学校行くの早い。多分、教室に一番乗りで入るタイプだよ。誰も居ない教室でゆっくり株価の変動を見たいからとかなんとか言ってたけど。いずれにしろあたしは玲央さんが家を出てから掃除機をかけるから、ちょうど良かった。朝の生活サイクルもこれで定着しそう。


 教室に行くと、いつも一緒にいる友達が一斉にすっ飛んできて、「スミレが居なくて寂しかったよー!」って言ってくれた。些細なことだけど、とっても嬉しかった。クラスの他のみんなも気を遣いながらも普段通り接してくれて、その心遣いが凄くありがたかった。

 授業も、あたしが休んでいる間に進んでしまったところは、授業中に隣の席の吉本よしもと君がさりげなくフォローしてくれて、なんとか取り戻せそうな感じ。


 昼休みに凛々子りりこがうちのクラスに来た。凛々子っていうのは、隣のクラスにいるあたしの従姉妹。つまり、叔母さんの娘。

 姐御肌でお節介焼き、その上お人好し。あの叔母さんの遺伝子を受け継いでいるからそうなるんだろうけど、叔母さんと決定的に違うのは、凛々子は押し付けがましいことをしないのと、恩を売ろうとしないこと。だから叔母さんは好きじゃないけど、凛々子は好き。


 そして凛々子はやたらと目立つ。体も大きいし、髪もちょっと茶色っぽい。パーマはかけてないけど、毎朝ロングを巻いてきてるから目立つ目立つ。

 化粧もしてないのになんだか派手に見えるのは、その全身から漲るオーラと、僅かに自己主張している色付きリップのせい。だと思いたいけど、本当のところ言うと、凛々子はかなりの美人。

 かなり詰めて短くなったスカートからまっすぐ伸びる美脚、くびれたウエスト、大きめのバスト、何から何まであたしの持ち合わせていないものだ。

 その凛々子と一緒にいるとあたしの地味さ加減が一層際立って、この凸凹コンビは目立つことこの上ない。

 

「スミレ~。少しは落ち着いた?」

「ああ、うん、ありがと」

「ねえ、ママから聞いたんだけど、お葬式に手代木先輩来てたんだってね」

「あの人知ってるの?」

「当たり前じゃん、この学校で一番優秀なんだから。有名だよ」


 えっ、有名人だったの? 灯台下暗しとはこのことだ。


「そうなんだ。あたし、あの日に初めて会ったから。それまでこの学校にいることも知らなかったんだけど」

「やだー、ほんとスミレって男子の情報疎いよねー。そんなだから彼氏できないんだしー」

「ほっといてよ」


 凛々子だけが完全な通常運転だ。実際のところ、通常運転に見えて実はこれがこの子なりの精一杯の気遣いだってことはあたしにもわかる。変に気を遣われて腫れ物に触るような扱いをされるのも疲れるし、この方が気が楽だ。


「そんで、家はどうするの? もっと安いところに引っ越すんでしょ? 不動産屋さん、見てきた?」

「あ、それがね、もう引っ越したんだ。激安なところに」

「早っ!」


 とか言って、あたしの前の席の椅子に勝手に座るし。


「どこどこどこ? 今度遊びに行っていい?」

「だめー。住み込みで家政婦として雇って貰ったの。下宿させて貰ってる身だから、友達はさすがに呼べないかな」

「なーんだ、そうなんだ。残念」


 なんて喋りながら人差し指に髪の毛をくるくる巻き付けてる。こういう女の子らしい仕草って、あたし全然しないな。

 あれ……凛々子、エクステ付けてるんだ。すっごい睫毛。あれ、カラコンも入れてる? マニキュアも塗ってるんだ。あんまり目立たないけど淡いピンクでつやつやしてる。


「偉いね、スミレ。でもさ、家政婦くらいで学費賄えるの?」

「うん、学費全額出してくれるって雇い主さんが言ってたくれたから」

「え、すっごい良い人じゃん。何それ、神?」

「うん、もうほんと神みたいな人」


 って言ったら急に顔を寄せて来て、声のトーンを落とした。


「恩を売ってから、後でセクハラとかされたりしない?」

「凛々子ならともかく、あたしの幼児体型じゃセクハラのしようがないでしょ」

「それは言えてる」

「否定してよ」

「あはは、だってほんとのことだし」


 って言いながら、凛々子が立ち上がった。もう次の授業が始まる。


「まあ、よかったよ、スミレがもっと落ち込んでて、口もきけなくなってたらどうしようかって心配してたから」

「ありがと。まだ実感湧いてないんだ。二人ともいつも家に居なかったから、フラッと帰って来そうで」

「しんどくなったらいつでも言いなよ。吉本君に会いに飛んでくるから」

「あたしに会いに来るんじゃないの?」

「あんたは口実!」


 頭をぎゅーっと抱きしめられた。凛々子の優しさが胸にしみて、なんだか切ない。


「じゃーね。また来るよ」


 彼女はあたしに小さく手を振ると、クラスの友達にも声をかけたりしながら台風のように去ってしまった。

 だけど、凛々子のお陰でとんでもない事実が発覚した。

 玲央さんって本当に本物の天才なんだ。

 学校で一番優秀ってどういうこと? あの人、家で学校の勉強なんか全然してないよ。仕事ばっかりしてるよ。なんでそれで校内一優秀なの? なんか世の中いろいろ不平等だなって、あたしは思った。

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